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マーケティング・チャネルにおける対立に関する研究:再検討
石井 隆太
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2018 年 2 巻 1 号 p. 29-38

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Abstract

マーケティング・チャネルにおける対立,すなわち,チャネル・コンフリクトは,古くから数多くの研究者たちが関心を寄せてきたトピックである。既存研究は,今日に至るまで,チャネル・コンフリクトの原因,解決策,および,結果に焦点を合わせながら,新たな知見を産出し続けてきた。しかしながら,近年,これらの研究知見を展望した論文は刊行されていない。そこで本論は,チャネル・コンフリクトに関する2つの研究潮流,すなわち,チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究潮流,および,チャネル・コンフリクトの結果に関する研究潮流について概観する。そして,それぞれの研究潮流に対応して,(1)デュアル・チャネルにおける対立に着目するということ,および,(2)組織能力を考慮に入れるということを,今後の研究が進むべき方向性として提示する。

1  はじめに

垂直的な取引関係を有する売手と買手は,機能的に相互依存関係にあるため,互いの活動を調整する必要がある一方,所有権的には独立した組織であるため,自身の自律性を維持しようと試みる。それゆえ,垂直的な取引関係を有する両組織間において,チャネル・コンフリクトが発生してしまうことは避けられない(Reve & Stern, 1979)。ここで,チャネル・コンフリクトとは,一般的に,「あるチャネル・メンバーが,自身の目標を達成するのを阻止・妨害するような行動を他のチャネル・メンバーが採っていると知覚している状況」(Stern & El-Ansary, 1988, p. 306)と定義される1)。このようなチャネル・メンバー間の対立に関して,既存研究は,ある程度の対立が発生することによって,組織間における資源配分や活動の効率性が高まる一方(Duarte & Davies, 2003),対立が激しくなると,相手組織を邪魔・妨害するような破壊的行動が採られるようになってしまう(Brown & Day, 1981; Sa Vinhas & Anderson, 2005)と指摘してきた。そして,それゆえに,チャネル・コンフリクトを如何に管理するのかという問題を,マーケティング・チャネル論における最も大きな関心事項の一つとして見なしてきた。

実際,これまでに数多くの研究者たちが,チャネル・コンフリクトに焦点を合わせてきた。古くは1960年代後半に,チャネル・コンフリクトに関する記述的研究が盛んに行われた(e.g., Assael, 1968; Stern & Gorman, 1969; Stern & Heskett, 1969)。その後,1970年~1990年代には,数多くの経験的研究が展開された。その焦点は,例えば,チャネル・コンフリクトの原因(e.g., Rosenberg & Stern, 1971; Etgar, 1979),チャネル・コンフリクトの解決策(e.g., Dant & Schul, 1992; Ganesan, 1993),あるいは,チャネル・コンフリクトの結果(e.g., Lusch, 1976b; Brown, Lusch, & Smith, 1991)のように多岐に亘り,経験的方法も,質問紙調査,インタビュー,および,実験室実験のように多様であった。1990年代後半には,協調関係論が台頭したことによって,チャネル・コンフリクトに関する研究は注目を浴びなくなってしまうものの(Frazier, 1999),2000年以降には,かつての知見の混乱を解消したり,知見を統合したりするような研究(e.g., Duarte & Davies, 2003; Koza & Dant, 2007)や,それまで注目を浴びてこなかった組織能力という概念を新たに取り上げる研究(Chang & Gotcher, 2010; Tang, Fu, & Xie, 2017)が行われている。

現実世界において,製販同盟や製販パートナーシップのような協調関係が構築されるようになり,製造業者-流通業者の対立よりも協調が重要視されるようになったにもかかわらず,未だに対立に関する研究が行われるのは,協調関係を構築・維持することができるか否かは,如何に対立を管理することができるかに依存しているからである。例えば,尾崎(1998)によると,大手小売業者であるWalmartは,1990年代に米国の製造業者と相次いでパートナーシップを形成したものの,関係性が緊密になるにつれて,製品開発や流通システムへの投資に関して製造業者に過度な要求を行うようになってしまい,それが製造業者との対立を発生させたため,P&Gとの関係悪化に代表されるように,製造業者各社との協調関係が停滞・崩壊したという。このように,製造業者-流通業者の緊密な協調関係は,かえって対立を生みやすくしてしまったり,あるいは,ひとたび対立が発生してしまうと即座に崩壊してしまったりする(崔・石井,2009)。そのため,チャネル・コンフリクトは,協調関係の暗黒面(Anderson & Jap, 2005),あるいは,協調関係の破壊要因(Samaha, Palmatier, & Dant, 2011)と呼ばれている。協調関係の構築・維持が重要視される今日であるからこそ,その実現を左右する鍵たるチャネル・コンフリクトの管理が,マーケターにとっての最重要課業の一つであると見なされており,それゆえに,それに関する研究が展開されているのである。

このように,チャネル・コンフリクトに関する研究は,古くから近年に至るまで,マーケティング・チャネル論において重要視され,新たな知見を提供し続けてきた。しかしながら,著者の知りうる限り,チャネル・コンフリクトに関する研究知見を包括的に展望した論文は,1970年代と1980年代に刊行されただけであり(Reve & Stern, 1979; Gaski, 1984),1990年代以降,四半世紀以上に亘って刊行されていない。チャネル・コンフリクトに関する研究が,その後も,新たな知見を提供し続けてきたことを考慮すると,今日に至るまでの研究を含めて改めて展望することは,チャネル・コンフリクトに関する理解を深化させ,今後の研究の方向性を示すために必要不可欠な試みであると言えるだろう。そこで本論は,チャネル・コンフリクトに関する2つの研究潮流,すなわち,チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究潮流,および,チャネル・コンフリクトの結果に関する研究潮流について概観する2)。そして,それぞれの研究潮流に対応して,(1)デュアル・チャネルにおける対立に着目するということ,および,(2)組織能力を考慮に入れるということを,今後の研究が進むべき方向性として提示する。

2  チャネル交渉論とチャネル・システム論におけるチャネル・コンフリクトの捉え方

個別的な研究を概観するのに先立って,チャネル・コンフリクトという概念が,チャネル交渉論およびチャネル・システム論という,マーケティング・チャネル論における代表的なパラダイムにおいて,如何にして捉えられてきたのかを把握しておきたい。一方のチャネル交渉論は,商業経済論に基づく風呂(1968)の議論を中心に据えて,日本独自の発展を遂げてきた研究群である。風呂(1968)は,製造業者は流通業者に対して自社製品の差別的取扱を要求するものの,それは,そもそもの流通業者の存在意義,すなわち,そうした個別企業の要求にとらわれずに独自で社会的品揃え形成を行うということを否定してしまうことになると指摘する。そして,彼は,そうした矛盾を踏まえると,製造業者にとって重要なことは,市場取引を前提としつつも,自身の意向に沿うように流通業者の行動自由度を制限するために,継続的な交渉を行うことであると主張する。崔(1993)によると,こうしたチャネル交渉論において,チャネル・コンフリクトとは,「商品の社会的性格を個別化しようとする製造業者のチャネル政策に対する抵抗」(p. 51)のことであり,それゆえ,歴史性・社会性を帯びた概念として捉えられうるという。

他方のチャネル・システム論は,チャネル全体を一つの社会システムとして捉えて,各チャネル・メンバーを共通目的の達成のために相互に依存するサブシステムとして捉える研究群である(石井,1983)。そして,パワーや役割というシステムの構造変数が,システムの成果変数を規定すると主張する。崔(1993)によると,こうしたチャネル・システム論において,チャネル・コンフリクトとは,「自律性のための緊張」(p. 52)のことであり,それゆえ,現代性・個別性を帯びた概念として捉えられうるという。

したがって,チャネル交渉論とチャネル・システム論において,チャネル・コンフリクトの捉え方は,歴史性や社会性を強調しているか否かという点において大きく異なるものの,独立した主体間の対立として捉えているという点においては,類似していると言える(崔,1993)。両パラダイムのうち,対立水準の高低を明示的に取り扱っているのは,チャネル・システム論である。なぜなら,対立の管理を首尾よく行うことができるか否かは,「組織間の交渉関係をそもそも規定している構造的要因に依存」(石井,1983,p. 33)しており,そうした構造的要因を取り扱っているのはチャネル・システム論だからである。したがって,本論は,次章以降において,チャネル・システム論における既存研究を概観したい。

3  チャネル・コンフリクトのプロセスに関する2つの研究潮流

Pondy(1967)によると,対立は,一時的な感情や特定の行動として捉えるのではなく,一連の出来事のプロセスとして捉えるのが適切であるという。彼に従って,Rosenberg and Stern(1971)Etgar(1979)のようなマーケティング・チャネル研究者たちは,チャネル・コンフリクトをプロセスとして捉えている。彼らの知見を要約すると,図1のように示すことができるであろう。まず,種々の原因が,認知的・感情的対立を発生させて,それが,目に見える行動を伴った顕在的対立に変化する。一方,組織は,チャネル・コンフリクトの解決策を講じることによって,そうした原因や対立を緩和することができる。そして最終的に,チャネル・コンフリクトは,行動的・経済的成果の向上や低下といった結果を生じさせる。

図1 

チャネル・コンフリクトのプロセス

Rosenberg and Stern(1971)およびEtgar(1979)を参考に著者作成。

チャネル・コンフリクトに関する研究は,以上のようなプロセスに対応して,2つの研究潮流に分類しうると考えられる。すなわち,研究潮流I:チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究群,および,研究潮流II:チャネル・コンフリクトの結果に関する研究群である。第1に,チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究群は,チャネル・コンフリクトの原因に着目した研究群,および,チャネル・コンフリクトの解決策に着目した研究群から構成される。チャネル・コンフリクトの原因と解決策はいずれも,チャネル・コンフリクトの規定要因であるが,前者の原因は,チャネル・コンフリクトに正の影響を及ぼすような,チャネル・コンフリクトが生じる源泉のことを指し,後者の解決策は,その原因を解消することによってチャネル・コンフリクトに負の影響を及ぼすような,企業が採りうる方策や技法のことを指す。チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究は,チャネル・コンフリクトの原因や解決策を同定し,それらがチャネル・コンフリクトに及ぼす影響を探究している。第2に,チャネル・コンフリクトの結果に関する研究群は,チャネル・コンフリクトがチャネル・メンバーの組織成果や組織能力に及ぼす影響を探究している。次章以降においては,これらの研究潮流ごとに既存研究を概観したい3)

4  研究潮流I:チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究群

4.1  チャネル・コンフリクトの原因に関する研究群

チャネル・コンフリクトの重要な規定要因の一つは,それに正の影響を及ぼすような原因である。チャネル・コンフリクトの原因に関する初期の既存研究は,どのような種類の原因が存在するのかということに焦点を合わせてきた。代表的な実証研究として挙げられるのが,Rosenberg and Stern(1971)Etgar(1979)である。これらの2つの研究はチャネル・コンフリクトの原因を互いに異なる方法で分類している。一方のRosenberg and Stern(1971)は,Stern and Heskett(1969)を踏まえて,チャネル・コンフリクトの原因を,目標の不一致,領域の非合意,および,現状認識の不一致という3種類の不一致に分類した。彼らは,耐久消費財を取り扱う製造業者と流通業者から収集されたデータを分析した結果,これらの3種類に分類される問題事項については製造業者と流通業者の間で不一致が生じやすいため,3種類の要因がチャネル・コンフリクトの主たる発生原因であるということを見出した。

他方のEtgar(1979)は,チャネル・コンフリクトの原因を,態度的原因と構造的原因の2種類に分類した。態度的原因とは,役割の非合意や期待の不一致のような,情報のやり取りにかかわる原因を指し,構造的原因とは,目標の不一致や資源の欠乏のような,利害の衝突にかかわる原因を指す。彼は,消費財を取り扱う流通業者から収集されたデータを分析した結果,態度的原因は感情的対立に,構造的原因は顕在的対立に,それぞれ大きな影響を及ぼすということを見出した。

彼らの後続研究は,彼らによって提唱された複数種類の原因のうちの特定の原因に焦点を合わせたり,その原因が生じやすい状況の同定を試みたりしてきた。例えば,Eliashberg and Michie(1984)は,Rosenberg and Stern(1971)が取り上げた3種類の原因のうち,目標の不一致および認識の不一致に着目した。産業用設備を取り扱う製造業者と流通業者のフランチャイズ関係を対象にして収集されたダイアドデータを分析した結果,彼らは,目標の重視度が組織間において異なる程度(目標の不一致)と,重視されるべき目標に関して互いの認識が異なる程度(認識の不一致)は,チャネル・コンフリクトを引き起こすということを見出した。

チャネル・コンフリクトの原因を発生させやすい特定の状況に焦点を合わせたのは,Brown and Fern(1992)である。彼らは,デュアル・チャネルが採用されている状況,すなわち,製造業者の所有する統合チャネルと流通業者の所有する独立チャネルがどちらも採用されており,両チャネルが同一顧客を標的にしてしまう可能性が存在する状況に着目した。彼らによると,デュアル・チャネルが採用されている状況において,流通業者は,統合チャネルに有利になるように製造業者がマーケティング戦略を実行しているのではないかと疑ってかかるという。そのため,両組織間では,そうした疑いに起因した認識の不一致が生じやすく,ひいては,対立も発生しやすいという。Brown and Fern(1992)は,学部生を対象にしてシミュレーションゲームを実施した結果,デュアル・チャネル採用時の方がシングル・チャネル採用時に比して,製造業者-流通業者間における対立水準が高いということを見出した。インターネットが普及した今日,製造業者がオンライン・チャネルの所有に乗り出し,それに対して,流通業者が所有する既存のオフライン・チャネルが反発するケースが頻繁に観察されるが(Hibbard, Kumar, & Stern, 2001),そうしたケースも,デュアル・チャネルが採用されている状況であると言える。そのため,今日においても,デュアル・チャネルの採用は,チャネル・コンフリクトを発生させやすい状況として注目に値するであろう。

最後に,一部の既存研究においては,パワーがチャネル・コンフリクトの発生原因の一つとして捉えられてきた‍4)(cf. Gaski, 1984)。例えば,Lusch(1976a)は,制裁のような強制的パワーと支援のような非強制的パワーの2種類のパワーが,チャネル・コンフリクトに及ぼす影響を探究した。彼は,自動車ディーラーから収集されたデータを分析した結果,強制的パワーはチャネル・コンフリクトに正の影響を及ぼす一方,非強制的パワーは負の影響を及ぼすということを見出した。後続研究も,同様の知見を見出している(e.g., Wilkinson, 1981; Zhuang, Xi, & Tsang, 2010)。

4.2  チャネル・コンフリクトの解決策に関する研究群

Stern and El-Ansary(1988)によると,図2に示されるように,チャネル・コンフリクトの解決策には,行動的方策と制度的方策の2種類が存在するという。行動的方策とは,対境担当者による交渉や仲裁のような,対人間の行動プロセスを指し,制度的方策とは,合同研修や役員派遣のような,構造変化を引き起こすようなルールを指す。これらの2種類の方策のうち,既存研究の大半は,行動的方策に着目してきた(e.g., Dant & Schul, 1992; Ganesan, 1993)。

図2 

解決策の分類

Stern and El-Ansary(1988)Dant and Schul(1992),および,Ganesan(1993)を参考に著者作成。

Dant and Schul(1992)は,2種類の行動的方策の規定要因を探究した。それらはすなわち,第1に,相手を出し抜くことによって,決められたパイのうちの自身の獲得割合を増大させよう試みる配分的行動であり,第2に,情報を交換し,互いに協力することによって,パイを増大させてから配分しようと試みる統合的行動である。彼らは,ファストフード産業におけるフランチャイジーから収集されたインタビューデータを分析した結果,解決されるべき問題の前例が無く,複雑であり,組織間関係が相互依存的である場合には,統合的行動が採用される一方,そうでない場合には,配分的行動が採用されるということを見出した。

彼らの後続研究も,これらの2種類の解決策に着目している(e.g., Ganesan, 1993; Mohr & Spekman, 1994)。例えば,Ganesan(1993)は,解決策の規定要因として,長期志向と問題の重要性を新たに取り上げており,さらに,解決策が満足に及ぼす影響を探究した。彼は,アパレル産業における小売業者から収集されたデータを分析した結果,第1に,小売業者が長期志向を有しており,かつ,焦点の問題が重要であれば統合的行動が採用されるものの,小売業者が短期志向を有していれば,配分的行動が採用されるということ,第2に,統合的行動は満足という行動的成果を高めるということを見出した。さらに,Koza and Dant(2007)は,解決策が経済的成果に及ぼす影響を探究した。彼らは,カタログ代理店から2か年に亘って収集されたデータを分析した結果,統合的行動は経済的成果を高めるものの,配分的行動は経済的成果を低めるということを見出した。

以上に概観された研究とは異なり,デュアル・チャネルが採用されている状況に着目した研究も存在する。古くから,Moriarty and Moran(1990)Cespedes and Corey(1990)が記述的研究を行っていたものの,理論的・経験的な研究はSa Vinhas and Anderson(2005)およびSa Vinhas and Anderson(2008)のみである。Sa Vinhas and Anderson(2005)は,デュアル・チャネル採用企業が用いうる3種類の解決策を同定している。3種類の解決策とは,第1に,製品差別化であり,チャネル間で,製品のブランドネームや顧客との取引条件などを差別化することを指す。第2の解決策は,顧客獲得ルールであり,両チャネルでそれぞれが獲得可能な顧客について,事前にルールを明確化しておくことを指す。第3の解決策は,二重報酬であり,一方のチャネルが,他方のチャネルによって利益を脅かされた場合や,他のチャネルの売上に貢献した場合に,その損失・功績に対して報酬を与えるような制度を指す。これらの3種類の解決策は,製造業者が所有する統合チャネルと,流通業者が所有する独立チャネルにおけるチャネル間対立を緩和することによって,製造業者-流通業者のチャネル・コンフリクトを解決することを狙っている。多様な産業における製造業者から収集されたデータを分析した結果,彼らは,これらの3種類の解決策がチャネル間の破壊的行動を抑制するということを見出した。

他方,Sa Vinhas and Anderson(2005)の後続研究であるSa Vinhas and Anderson(2008)は,上述した3種類の解決策のうちの二重報酬に着目して,それが用いられる条件を探究した。多様な産業における製造業者から収集されたデータを分析した結果,彼らは,行動の不確実性が高い場合,顧客の規模が大きい場合,顧客が統合的な供給契約を採用している場合,市場が競争的である場合,顧客数が少ない場合,および,顧客の購買行動の変動性が高い場合に,製造業者は二重報酬を用いるということを見出した。

5  研究潮流II:チャネル・コンフリクトの結果に関する研究群

チャネル・コンフリクトの結果に関する研究は,チャネル・コンフリクトが,一方ないし双方の組織に対して,如何なる結果を生じさせるのかということに焦点を合わせてきた。大半の既存研究が,チャネル・コンフリクトは組織成果に対して負の影響を及ぼすと主張している。例えば,Lush(1976b)は,自動車ディーラーから収集されたデータを分析した結果,チャネル・コンフリクトは経済的成果に対して負の影響を及ぼす傾向にあるということを見出した。同様に,Brown et al.(1991)は,航空原動機を取り扱う流通業者から2か年に亘って収集されたデータを分析した結果,チャネル・コンフリクトは満足という行動的成果にも負の影響を及ぼすということを見出した。他方,Rosenbloom(1973)に代表されるように,一部の研究者たちは,チャネル・コンフリクトが組織成果に対して,負の影響ではなく逆U字型の影響を及ぼすと主張してきた。これを踏まえて,Duarte and Davies(2003)は,チャネル・コンフリクトが組織成果に対して負の影響を及ぼすのか,それとも,逆U字型の影響を及ぼすのかということを探究した。金融サービス企業から収集されたダイアドデータを分析した結果,彼らは,チャネル・コンフリクトは,売上のような経済的有効性には負の影響を及ぼす一方,失敗率低下のような経済的効率性には,逆U字型ではなくS字型の影響を及ぼすということを見出した。このことから,彼らは,チャネル・コンフリクトが大きくなるほど有効性は低下する一方,少しでもチャネル・コンフリクトが発生すれば,効率性はかなり落ちてしまうと結論付けた。

以上の既存研究が,チャネル・コンフリクトの結果指標として,満足や譲歩のような行動的成果,あるいは,売上や利益のような経済的成果に着目してきたのに対して,近年の研究は,組織能力に着目している(e.g., Chang & Gotcher, 2010; Tang et al., 2017)。これらの研究は,チャネル・コンフリクトの結果として,組織能力が向上するということや,それを通じて経済的成果が向上するということを主張している。例えば,Chang and Gotcher(2010)は,製造業者-流通業者のチャネル・コンフリクトが,互いに関する理解を深めて関係性を強化し,最終的には経済的成果を高めるということを探究した。彼らは,食品産業における流通業者から収集されたデータを分析した結果,製造業者と流通業者が彼我の対立に対して肯定的な態度・行動を示していると,チャネル・コンフリクトを通じて互いについての理解を深めやすく,ひいては,共同戦略の質や共創価値が向上しやすいということを見出した5)。彼らと同様に,Tang et al.(2017)も,チャネル・コンフリクトと組織能力の関係に着目した。彼らは,中小規模の製造業者と流通業者から収集されたデータを分析した結果,機能的対立は,製造業者-流通業者における知識共有を促し,ひいては,製造業者の市場対応能力およびイノベーション能力を高めうるということを見出した。

以上,チャネル・コンフリクトに関する代表的な研究を概観した。これらの研究は,表1に要約されるとおりである。次章においては,本章までのレビューを踏まえつつ,本論の締め括りとして,今後の研究が進むべき2つの方向性を提示したい。

表1  チャネル・コンフリクトに関する代表的な実証研究
研究 被説明変数 説明変数[分析結果] 調査対象(国,サンプル数,業種)
Rosenberg & Stern(1971) ・目標に関する知覚
・領域に関する知覚
・現状に関する知覚
・主体(製造業者/流通業者) 製造業者ないし流通業者
(米国,100,耐久消費財)
Lusch(1976a) ・対立 ・強制的パワー[+]
・非強制的パワー[-]
小売業者
(米国,567,自動車)
Lusch(1976b) ・操業成果 ・対立[-] 小売業者
(米国,159,自動車)
Etgar(1979) ・感情的対立
・顕在的対立
・態度的原因[+]
・構造的原因[+]
流通業者
(米国,138,消費財)
Wilkinson(1981) ・対立 ・強制的パワー[n.s]
・非強制的パワー[-]
サービス企業(ホテル)
(豪州,75,ビール)
Eliashberg & Michie(1984) ・対立 ・目標の不一致[+]
・認識の不一致[+]
製造業者-卸売業者のダイアド
(米国,73,産業用設備)
Dant & Schul(1992) ・解決策
(統合的行動:問題解決・説得,
配分的行動:交渉・政策)
・問題の特性
(前例有無・投資性・複雑性)
・依存
・関係的規範
フランチャイジー
(米国,176,ファストフード)
Ganesan(1993) ・解決策
(統合的行動:問題解決・妥協,
配分的行動:攻撃・受動的攻撃)
・長期志向
・重要/非重要な問題の対立
・相対的パワー
小売業者(デパート)
(米国,150,服飾・食器)
・譲歩
・満足
・解決策
Mohr & Spekman(1994) ・満足
・売上
・解決策
(統合的行動:問題解決・説得,
配分的行動:鎮静化・仲裁・制圧)
卸売業者
(米国,124,PC)
Duarte & Davies(2003) ・経済的有効性
・経済的効率性
・対立[-/S] サービス企業
(英国,633,金融)
Sa Vinhas & Anderson(2005) ・破壊的行動 ・製品差別化[-]
・顧客獲得ルール[-]
・二重報酬[-]
製造業者
(米国,54,多様な産業)
Koza & Dant(2007) ・解決策
(統合的行動,配分的行動)
・コミュニケーション
(一方的,双方的)
カタログ代理店
(米国,282,小売業)
・関係的規範
・財務成果
・解決策
Sa Vinhas & Anderson(2008) ・二重報酬 ・行動の不確実性[+]
・顧客の規模[+]
・統合的な供給契約[+]
・市場の競争性[+]
・顧客数[-]
・購買行動の変動性[+]
製造業者
(米国,54,多様な産業)
Chang & Gotcher(2010) ・対立調整による学習 ・対立への肯定的態度[+]
・対立への回避的行動[-]
流通業者
(台湾,101,食品産業)
・共同戦略の質
・共創価値
・対立調整による学習[+]
Tang et al.(2017) ・知識共有 ・機能的対立[+] 製造業者ないし流通業者
(中国,152,不明)
・市場対応能力
・イノベーション能力
・知識共有[+]

ただし,[+]…正の影響,[-]…負の影響,[S]…S字型の影響,[n.s]…非有意を表す。著者作成。

6  今後の方向性

6.1  研究潮流Iの方向性:デュアル・チャネルにおける対立への着目

研究潮流Iに位置付けられる研究,すなわち,チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究が今後進むべき方向性として,デュアル・チャネルにおける対立に着目するということが指摘されうる。その意義は,2つ存在すると考えられる。第1に,製造業者-流通業者の対立が発生しやすい最たるケースの一つが,デュアル・チャネルが採用されているケースだからである(Brown & Fern, 1992)。第2に,現実世界において,顧客ニーズの多様化への対応策として,デュアル・チャネルを採用する企業が増加しているからである(Kabadayi, 2011)。それゆえ,デュアル・チャネルにおける対立に着目し,それを研究対象として取り扱うことは,今後ますます重要視されると考えられる。

第3章において先述したように,チャネル・コンフリクトの規定要因に関する研究は既に,このトピックに取り組んできた(Brown & Fern, 1992; Sa Vinhas & Anderson, 2005; Sa Vinhas & Anderson, 2008)。しかしながら,その取り組みは始まったばかりであり,その数は極めて少ない。こうした現状に鑑みて,近年,数多くのマーケティング・チャネル研究者たちが,デュアル・チャネルを研究対象として取り扱う必要性を強く主張している(Sa Vinhas et al., 2010; Krafft, Goetz, Mantrala, Sotgiu, & Tillmanns, 2015)。実際,デュアル・チャネルにおける対立というトピックについて,研究潮流Iだけに留まらず,研究潮流IIにも関連するような,数多くの取り組むべき研究課題が残されていると考えられるであろう。具体的には,デュアル・チャネルの採用が如何なる原因に影響を及ぼすのだろうか,3種類の解決策(製品差別化,顧客獲得ルール,二重報酬)は如何なる条件で使い分けられるのだろうか,これらの解決策の効果を促進・抑制する条件は何であろうか,あるいは,これらの解決策は行動的・経済的成果に対して如何なる影響を及ぼすのだろうか,といった研究課題が残されていると指摘しうるであろう。

6.2  研究潮流IIの方向性:組織能力の考慮

研究潮流IIに位置付けられる研究,すなわち,チャネル・コンフリクトの結果に関する研究が今後進むべき方向性として,組織能力を考慮に入れるということが指摘されうる。マーケティング・チャネル研究は,伝統的に,チャネル・コンフリクトが組織成果に対して負の影響を及ぼすと主張してきた(e.g., Lush, 1976b; Brown et al., 1991)。それに対して,組織能力に着目した既存研究は,チャネル・コンフリクトが組織能力を発展させ,それを通じて組織成果に正の影響を及ぼすということを見出してきた(e.g., Chang & Gotcher, 2010; Tang et al., 2017)。これらの研究は,組織能力という概念を取り入れることによって,これまでとは異なる新たな知見を産出することに成功したという点において,高く評価しうるであろう。

第4章において先述したように,チャネル・コンフリクトの結果に関する研究は既に,組織能力を考慮に入れてきた(e.g., Chang & Gotcher, 2010; Tang et al., 2017)。しかしながら,こうした取り組みは始まったばかりであり,現在は発展途上段階にあると考えられる。例えば,既存研究は,チャネル・コンフリクトの結果指標として組織能力を取り扱ってきたものの,組織能力が,チャネル・コンフリクトの原因や解決策という他の主要な概念と如何なる関係を有しているのかということについては吟味していない6)。したがって,チャネル・コンフリクトと組織能力というトピックについて,研究潮流IIだけに留まらず,研究潮流Iにも関連するような,数多くの取り組むべき研究課題が残されていると考えられるであろう。具体的には,チャネル・コンフリクトの発生によって如何なる組織能力が発展するのであろうか,組織間の能力差はチャネル・コンフリクトを引き起こすのだろうか,チャネル・コンフリクトを緩和するには如何なる組織能力が必要であろうか,あるいは,如何なる能力を有している組織が解決策を効果的に実行することができるのだろうか,といった研究課題が残されていると指摘しうるであろう。

謝辞

本論の執筆に際しまして,指導教授の慶應義塾大学 小野晃典先生には,手厚いご指導を賜りました。記して心より感謝申し上げます。また,貴重なコメントをくださいました,編集委員長の小樽商科大学 近藤公彦先生,ならびに,匿名レビュアーの先生方にも,厚く御礼申し上げます。なお,本論は,科学研究費補助金(課題番号17J03156)による研究成果の一部です。

1)  対立という概念は,競争という概念としばしば混同されるが,両者は,3つの観点から区別される(Stern, Sternthal, & Craig, 1973)。一方の対立においては,相手組織を敵視しており(相手中心的),組織間の直接的な交流が行われ(直接的),個人的な感情が関係している(個人的)。他方の競争においては,組織同士が異なる目標を有しており(目標中心的),組織間の直接的な交流はなく(間接的),個人的な感情とは無関係である(非個人的)。したがって,対立は,垂直的関係において生じやすい一方,競争は,水平的関係において生じやすい。

2)  本論は,チャネル・コンフリクトの中でも,組織間対立に焦点を合わせている。しかしながら,今日,自社が所有する複数種類のチャネルが統合的に管理されている環境,すなわち,オムニ・チャネル環境を実現するためには,製造業者は,組織間対立ではなく,組織内対立に目を向ける必要があろう。具体的には,複数種類のチャネルを用いる製造業者は,自社内に各チャネルを担当するチャネル・グループを有しているため,そうしたグループ間の対立を管理しなければならないだろう。こうした組織内対立に関する問題は,Webb and Hogan(2002)Webb and Lambe(2007)を参照のこと。

3)  チャネル・コンフリクトの規定要因に着目する研究潮流Iとチャネル・コンフリクトの結果に着目する研究潮流IIという区分と,行動的アプローチと経済的アプローチという区分を混同しないように注意されたい。前者の区分基準は,対立プロセスにおける着眼点であり,後者の区分基準は,人間行動に対する仮定である。そのため,例えば,研究潮流Iにおいて経済的アプローチを用いることや,研究潮流IIにおいて社会的アプローチを用いることも可能である。

4)  パワーは,チャネル・コンフリクトの原因というよりも,むしろ,チャネル・コンフリクトの結果として捉えるべきであると主張する研究者(Etgar, 1978)や,パワーはチャネル・コンフリクトの結果でもあり原因でもあると主張する研究者(Lusch, 1978)も存在する。しかしながら,既存研究においては,パワーの結果指標としてチャネル・コンフリクトが用いられることが多いため(e.g., Lusch, 1976a; Wilkinson, 1981; Lee, 2001; Zhuang et al., 2010),本論においては,パワーをチャネル・コンフリクトの原因として位置付けている。

5)  Chang and Gotcher(2010)は,製造業者と流通業者がチャネル・コンフリクトを通じて互いについての理解を深めることを,対立調整学習と呼称している。彼らによると,対立調整学習は,情報交換,共同的問題解決,および,関係特定的記憶という3つの次元から構成されており,これらの3つの次元のうちの「関係特定的記憶」は,特定の取引関係に特有の知識であるという。そのため,対立調整学習は,関係特定的投資の性質を有する概念として捉えられるであろう。以上の議論を踏まえると,Chang and Gotcher(2010)の知見は,対立に対する肯定的な態度・行動は,相手に特化した知識の形成,すなわち,関係特定的投資を促すということを示唆していると言えるであろう。

6)  チャネル・コンフリクトに関する既存研究は,古くから,パワーという概念を取り扱うことによって組織の能力差を考慮に入れてきたと言いうるであろう。しかしながら,こうした研究は,資源依存理論に依拠しているため,(1)パワーという1種類の能力しか取り上げていない点,(2)垂直的な取引相手との能力差しか考慮していないため組織成果への示唆に乏しいという点において限界を抱えている。一方,組織能力に着目した近年の研究は,資源ベース理論(Barney, 1991; Peteraf, 1993)に依拠しているため,(1)多様な能力を取り上げており,(2)水平的な競合他社との能力差も考慮しているため組織成果への示唆に富んでいると指摘しうる。

参考文献
 
© 2018 日本商業学会
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