2020 年 4 巻 2 号 p. 41-48
心理的エンパワーメントは意味,能力,自己決定,影響の4次元から構成されるが,これまでの研究において,次元相互の関係は検討されておらず,また,個人的な規定因が検討されることは少なかった。本研究の目的は,状況的・個人的な要因が従業員の心理的エンパワーメントの各次元に与える影響,および各次元間の関係を質的に明らかにすることにある。大手ホテルの従業員14名に対するインタビュー調査データをグラウンデッド・セオリー・アプローチによって分析した結果,「あこがれ・夢」「接客志向性」「学習志向」等の個人的要因や,「同僚との人間関係」「任された経験」「上司からの支援」といった状況的要因が,「サービスの工夫」を促進し,その結果として,「顧客との関係」が強まり「顧客から感謝」されるプロセスを通して心理的エンパワーメントが促進されることが明らかになった。
変化の激しい経営環境においてイノベーションを創出するためには,経営陣から現場に至る全従業員の知識,思考力,行動力,創造力のすべてを活用・連動させる必要がある(Thomas & Velthouse, 1990)。その鍵を握るのが心理的エンパワーメント(psychological empowerment)である(Spreitzer, 1995, 2008)。なぜなら,心理的にエンパワーされた従業員は,自分の潜在可能性を最大限に引き出すことができ,結果的に組織の有効性を高めるからである(Conger & Kanungo, 1988;Maynard, Luciano, D’Innocenzo, Mathieu, & Dean, 2014;Singh & Sarkar, 2012)。
心理的エンパワーメントは,Spreitzer(1995)が提唱した「意味,能力,自己決定,影響」の4次元によって概念化・操作化されてきた。先行研究では,これら4次元を統合した総合指標が分析に用いられる傾向にある。また,次元別に検討される場合であっても並列的な分析にとどまり(e.g., Baek-Kyoo, Bozer, & Ready, 2019;Liden, Wayne, & Sparrowe, 2000),次元間の関係は明らかにされてこなかった。さらに,心理的エンパワーメントの規定因の探求において,個人的要因を検討した研究は限られている(e.g., Baek-Kyoo et al., 2019;Bartram, Karimi, Leggat, & Stanton, 2014;Spreitzer, 1995)。
こうした状況は,従業員が心理的エンパワーメントを高めていくプロセスが十分に検討されていないことを示している。本研究の目的は,ホテル従業員に対する質的研究を通して,状況的・個人的な規定因が心理的ワンパーメントの各次元に与える影響を検討するとともに,各次元間の関係を探索的に明らかにすることにある。
心理的エンパワーメントは「個人が自身の仕事をコントールしていると感じるのに必要な一連の心理的状態」と定義されており,意味,能力,自己決定,影響という4つの次元から成る概念である(Spreitzer, 2008)。すなわち,心理的エンパワーメントは,自身の理想や基準に基づく仕事の価値である「意味」,業務遂行能力を持っているという信念である「能力」,仕事上の行為を開始・コントロールできるという感覚としての「自己決定」,仕事上の成果に影響を及ぼすことができるという認識である「影響」の次元から構成されている(Spreitzer, 1995)。
なお,心理的エンパワーメントは,仕事の知覚,あるいは仕事上の主観的な経験であるため(Spreitzer, 2008;Thomas & Velthouse, 1990),仕事環境から直接的な影響を受けない「個人の傾向性」とは概念的に区別されている(Seibert, Silver, & Randolph, 2004;Spreitzer, 1995)。さらに,Conger and Kanungo(1988)によれば,心理的エンパワーメントは自己効力感と関係していることから,「仕事のコントロー ル感」としてとらえることができる。
これまでの研究において,心理的エンパワーメントは,職務満足,組織コミットメント(Castro, Periñan, & Casillas, 2008),内発的動機付け(Zhang & Bartol, 2010),ワークエンゲージメント(Schaufeli, Bakker, & Salanova, 2006),顧客志向の行動(Bartram et al., 2014),革新的行動(Singh & Sarkar, 2012),業績(Li, Wei, Ren, & Di, 2015;Maynard et al., 2014;Zhang, Song, Tsui, & Fu, 2014)を高めることが報告されている。
一方,規定因に関しては,高業績ワークシステム(Bartram et al., 2014),参加的目標設定(Lee & Wei, 2011),タスク特性(Arciniega & Menon, 2013;Liden et al., 2000),上司のリーダーシップ(Fong & Snape, 2015;Joo & Lim, 2013;Zhang et al., 2014),組織風土(Carless, 2004)が心理的エンパワーメントを促進することが明らかにされている。ただし,既に述べたように,個人的な規定要因については,学習志向,社会的アイデンティティ,自尊心が検討されているのみであり,研究は限られている(e.g., Baek-Kyoo et al., 2019;Bartram et al., 2014;Spreitzer, 1995)。
先行研究の課題として,次の2点を挙げることができる。第1に,従来の実証研究では,心理的エンパワーメントの次元間の関係が検討されることはなく,第2に,心理的エンパワーメントの規定因として検討されている変数の多くが状況的要因であり,個人的要因が検討されることは少ないことが挙げられる。これらの課題をふまえて,本研究は,以下に挙げる2つのリサーチクエスチョン(RQ)を検討する。
RQ1:状況的要因と個人的要因は,どのように心理的エンパワーメントに影響を与えているのか。
RQ2:心理的エンパワーメントの4次元は,どのように関係しているのか。
これらのリサーチクエスチョンを検討するために,本研究は,心理的エンパワーメントそのものを測定するのではなく,心理的エンパワーメントの4次元に影響を与える状況的要因と個人的要因を質的にとらえ,それらの要因間の関係を分析するというアプローチをとった。なぜなら,心理的エンパワーメントの規定因は多数存在し,複雑に関係し合っていると考えられるからである。
分析対象は,日本の大手シティホテルチェーン傘下の7ホテルに勤務する従業員14名である(性別は男性5名,女性9名,年齢は20代5名,30代8名,40代1名,職位はスーパーバイザー3名,スタッフ11名)。ホテル従業員を選択した理由は,シティホテル業界における東京中心部エリアでは,国内ホテル間の競争,および外資系ホテルとの熾烈な競争が顕在化しており,競争優位確立のための有力な手段の1つがエンパワーメントを通じたサービス品質や顧客満足の向上だからである。
対象者の選定に当たっては,仕事に前向きで,自発的・主体的に業務に取り組んでいると評価された従業員を本社人事部および各ホテルのマネジャーから推薦してもらった。1対1の半構造化インタビューを実施し(平均60分),心理的エンパワーメントの4つの次元を説明した後に,各次元に関する心理状態に影響を与える要因について質問した。例えば,意味次元の場合には,その内容を説明した上で「仕事の目標・目的の価値を感じるのはどのようなときですか」という質問をした。なお,インタビューにおいては,対象者の回答と心理的エンパワーメントの次元との関係を明確にするために,発言の度に,次元との関係を確認した。
3.2 分析方法データは,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach,以下GTA)に基づいて分析した。GTAは,特定の現象に関して,データに根差した理論を構築するための方法論である(Glaser & Strauss, 1967)。分析では,Strauss and Corbin(1990)の手続きに基づいて,オープンコード化(切片化),軸足コード化(切片からのカテゴリー抽出と関係性の分析),選択コード化(関係性の分析と中核カテゴリーの特定)の3ステップでコーディングを実施した。Strauss and Corbin(1990)の手法を採用した理由は,全てのカテゴリーをデータのみから抽出すべきであると主張するGlaser(1992)の方法とは異なり,当該領域における研究者の経験を用いることを許容する手法だからである(Jones & Noble, 2007)。
具体的には,①インタビュー対象者がどのようなときに心理的エンパワーメントを感じているかという点に留意して,データを切片化する作業を出発点とし,②複数の切片を基にカテゴリーを抽出した上で,カテゴリー同士を相互に関連づけ,③中核となるカテゴリーを特定しつつ,カテゴリー間の関連性を分析することでモデルの構造化を行った(Strauss & Corbin, 1990)。
上記の分析においては,まず第1著者がコード化を行い,その分析結果の妥当性を第2著者が検証した。さらに,カテゴリー関連表の妥当性を確認するために,マーケティング研究会において分析結果を発表し,参加したマーケティング研究者からのフィードバックによってカテゴリー関連図を一部修正した。
表1に示すように,心理的エンパワーメントに影響を与える要因は11のカテゴリーに分類された。このうち6カテゴリーは心理的エンパワーメントの単一次元と関係していたが,残りの5カテゴリーは複数次元と関係していた。具体的には,意味次元のみに影響を与える要因は「あこがれ・夢」「接客志向性」「サービスの工夫」「顧客との関係」であり,影響次元と関係する要因は「上司からの支援・承認」,能力次元に関係するのは「資質・スキル」であった。このほか,「同僚との人間関係」「任された経験」「学習志向」「顧客からの感謝」「成果の実感」は複数の次元と関係していた。なお,カテゴリーと心理的エンパワーメントの次元との関係性は,主にインタビュー対象者の主観的判断に基づいて決定した。
関連次元 | カテゴリー | コメント(切片)例 |
---|---|---|
意味 | あこがれ・夢 | (意味)高校生からホテルマンになりたいと思っていた(D1) (意味)小さい頃からホテルで過ごす経験があり,かっこ良いと思っていた(D2) (意味)もともとバーテンダーの仕事がしたかった(E1) (意味)ホテルマンは自分の夢だった(F2) (意味)生まれが旅館なので,将来はホテルで働きたいと思った(G1) |
意味 | 接客志向性 | (意味)お客さまと話をするのが好き(C2) (意味)お客さまと接するのは本当に楽しい(F2) (意味)人と絡むのが好き,接客は天職(D1) (意味)ロビーにいるだけで嬉しい(D2) (意味)お客さまのことを考えることが苦にならない(E2) |
影響・意味 | 同僚との人間関係 | (影響)チームの中で認められると前向きになる(A2) (影響)自分の言うことが聞きやすいと言われた(C1) (影響)職場で一目置かれている(G1) (意味)仕事が楽しいのは周りの人間関係が第一(F2) (意味)今の職場は雰囲気が楽しい(A3) |
自己決定・能力・意味 | 任された経験 | (自己決定)ロビー周りの仕事でデスクを任されたりする(E2) (自己決定)後輩の指導を任せられる(F1) (自己決定)まかされているという感覚が気持ちいい(D1) (能力)店長として抜擢された時やりがいを感じた(A1) (能力)新人教育では任されている部分が大きい(D1) (意味)VIP対応を任された時仕事の重要性を感じた(F2) |
能力・自己決定 | 学習志向 | (能力)提案を求められ充実感を感じる(C3) (能力)新しいことをやる,仕事の幅が広がると楽しい(E2) (能力)2年目で仕事を任され自分で仕事を作れて面白い(F2) (能力)移動で新しいことを覚えるのは楽しい(G1) (自己決定)自分のアイディアでお客さまから評価される(B1) |
能力 | 資質・スキル | (能力)状況に応じて演じることができる(A2) (能力)茶道,着付け,利き酒などオールマイティのスキルがある(B1) (能力)英語を使える(C3) (能力)経験を積んでこのへんは勝手にやってもいいと判断できる(C2) (能力)バーテンダーとしての資質に恵まれている(E1) |
影響 | 上司からの支援・承認 | (影響)上司が失敗してもいいからやってみようと言ってくれた(C1) (影響)上司に認められてステップアップした(C3) (影響)会社や上司が聞いてくれるんだと思った(D1) (影響)上司に顧客対応に関して評価される(F1) (影響)上司から改善の依頼を受けることが多い(G1) |
意味 | サービスの工夫 | (意味)お客さまからのメッセージを聞き取る(A3) (意味)正解がない場合のマッチングが面白い(B1) (意味)与えるだけのサービスは品がない(C2) (意味)お客さまのところに自ら積極的に行く(D1) (意味)思いついたことをやってしまうことが楽しい(F2) |
能力・意味 | 顧客からの感謝 | (能力)お客さまから褒められる(A2) (能力)初対面でも自分を見て笑顔になってくれる(F2) (能力)お客さまがリピートしてくれる(C2) (意味)お客さまが本当に喜んでくれると嬉しい(C3) (意味)ゲストが喜んでくれたことで,自分が満足することが分かった(D2) (意味)ささやかなことでもお客さまが喜んでくれる(C2) |
意味 | 顧客との関係 | (意味)お客さまが覚えていてくれる(C2) (意味)病気のお客さまへの対応で感謝され,仕事の意味を感じた(D2) (意味)自分の名前を憶えていてくれるのが嬉しい(F2) (意味)また,あなたに会いに来た,養子になって欲しいと言われた(B1) (意味)お客さまの声に自分の名前があがった時,この仕事が向いていると感じる(G1) |
能力・自己決定 | 成果の実感 | (能力)目に見える結果が出るとやって良かったと思える(E2) (能力)困難と思われる事業所の業績をキープしている(E1) (能力)バッジ(名指しのお褒めに対する)をもらえた(F1) (自己決定)特別なお客さまに対する指示がうまくできた(A2) (自己決定)難しいお客さまに対する対処が成功する(C2) |
抽出されたカテゴリー間の関連性を分析し,先行研究を踏まえて,「個人的要因」「状況的要因」「行動」「活動の結果」という4つのフレームに沿って整理し,カテゴリー間の関連性を示したものが図1である。分析の際には,各カテゴリーの切片に含まれる因果関係の情報,および想定できる論理性に基づき,カテゴリー間の関係性を特定した。
心理的エンパワーメントを規定するカテゴリー関連図
以下では,インタビュー・コメントを引用しながら,図1に付した(1)から(14)の順番に,カテゴリー間の関係性について説明する。なお,カテゴリーの後のカッコ内には関連する次元を,各コメントの後には対象者をアルファベットと数字の組み合わせで記した。
(1) 「あこがれ・夢(意味)」→「接客志向性(意味)」分析の結果,「あこがれ・夢」を抱く従業員ほど,「接客志向性」が高い傾向にあった。例えば,「高校生の時から,テレビドラマや映画などの影響で,大きくなったらホテルマンになってお客さまにサービスしたいと思っていました。その夢がとうとうかない,研修後配属されたフロントでお客さまと日々接することが本当に楽しく,思わずニコニコしてしまいます(D1)」というコメントからも,ホテルに対する「あこがれ・夢」が,「接客を好む傾向」につながり,仕事を意味づけていることがわかる。
(2) 「あこがれ・夢(意味)」→「同僚との人間関係(影響・意味)」ホテルに対し「あこがれ・夢」を抱いて入社した従業員は,「同僚と良好な人間関係」を築いていた。例えば「私,職場の仲間と会うのがとっても好きなんです。だから,仕事場に行くことが全然苦になりません。仕事が楽しいのは周りの人間関係が第一だと思います(A3)。」とあるように,良好な人間関係そのものが働く意味を強化する側面があるといえる。
(3) 「接客志向性(意味)」→「サービスの工夫(意味)」「接客志向性」が高いと「サービスの工夫」に力を入れる傾向が見られた。例えば,「お客さまに喜んでいただくことが大好きなので,どうしたら喜んでくれるかをいつも考えています。私はレストランサービスなので,お酒の好きなお客さまにはワインをたっぷり目に注いだりもしますが,そうした与えるだけのサービスでは品がない感じがするので,お客さまがどんな感じのワインがお好きで,どんなお料理に合わせればピッタリなのかなどを,くだけた会話の中から聞き出そうとしています(C2)」というコメントからも,接客志向に基づく自発的なサービスの工夫が「仕事の意味」につながると考えられる。
(4) 「学習志向(能力・自己決定)」→「サービスの工夫(意味)」「学習志向」が高い従業員は,「サービスの工夫」に自覚的に取り組む傾向があった。なお,学習志向は,新しい知識やスキルを身につけることに対する関心の高さを指す。例えば「仕事の幅が広がると楽しいので,私は異動が嫌いではありません。ドアからベルに移動したときは,自分が今できることとして,積極的な部屋案内や会話を心がけるようにしましたが,その結果,自分の顔を覚えていてくれるお客さまや指名してくれるお客さまが増えました(E2)」というケースのように,学習志向が,サービスの工夫を促していた。
(5) 「資質・スキル(能力)」→「上司からの支援・承認(影響)」個人的要因の中でも「資質・スキル」は,「上司からの支援・承認」と結びつく傾向があった。例えば「自分は旅館で育ち,茶道,着付け,利き酒など和風のおもてなしに関しては幅広いスキルを持ち,英語もそこそこできます。それもあってか,年の割には,ホテル内高級旅館の業態の当旅館で,外国人VIPを担当させられることが多いのですが,きっかけになったのは,以前の上司が反対を押し切って異例の抜擢をしてくれたことです(B1)」というコメントのように,資質・スキルが上司からの支援や承認を引き出し,自身の影響力を認識していた。
(6) 「上司からの支援・承認(影響)」→「任された経験(自己決定・能力・意味)」「上司からの支援・承認」は,「任された経験」と結びついていた。例えば「上司から,『失敗してもいいからやってみろ』と言われ,値段はちょっと高いんですけど,飲み頃で,当日のスペシャル料理にも合うと思ったので,常連のお客さまに思い切ってあるワインをお勧めしたところ,最初は半信半疑という感じでしたがご注文いただくことができました。それ以来職場では,そのお客さまが来たら私という暗黙の了解ができました(C1)」という発言にあるように,上司からの支援は「任された経験」と結びつき,自己決定感,有能感を高めていた。
(7) 「上司からの支援・承認(影響)」→「サービスの工夫(意味)」「上司からの支援・承認」は,「サービスの工夫」を促進する効果も見られた。例えば「朝食のメニュー改善にチームを作って取り組みましたが,なかなか良いアイディアが出てきませんでした。通りかかった上司が,『何も特別なものじゃなくても発想をちょっと変えるだけでもいいんだ』と言ってくれたので,新メニュー案の出汁巻き卵を,焼き焼きたての熱々,大根おろしをたっぷりつけて出すようにしたところ,大好評であっという間に売り切れてしまい,調理人も嬉しい悲鳴をあげていました(G1)」という事例のように,上司の何気ない一言が新しいサービスにつながり,仕事の意味を感じさせていた。
(8) 「同僚との人間関係(影響・意味)」→「サービスの工夫(意味)」サービスの工夫は,同僚によっても影響を受けていた。例えば「ホテルの仕事は,人間関係第一だと思います。周りや上司とうまくいかなくて辞めてしまう子は結構います。人間関係が良いとお客さまともうまくいくことが多いと思います。たいそうなことではありませんが,笑顔が自然に出たり,お客さまに気軽に話しかけができたり,お客さまのことに集中できるんです(F2)」というように,人間関係がサービスの土台となっていた。
(9) 「任された経験(自己決定・能力・意味)」→「サービスの工夫(意味)」「任された経験」によって「サービスの工夫」が促されるケースも見られた。例えば「(ホテル内の)ボーリング場の店長として抜擢された時は,何とか結果を出したいと思い,日々お客さまの声をさりげなく聞くように努力しましたが,ある時『この場所は結構穴場だ』というお客さまの声を聞いた時ピンときて,常連客に同伴者の数が増えると大きな優待メリットのある販促キャンペーンを打ったところ,短期間で大幅な売上増に結び付きました(A1)」というケースでは,任されることによって自律的なサービス改善行動が引き出されていた。
(10) 「サービスの工夫(意味)」→「顧客からの感謝(能力・意味)」「サービスの工夫」は,「顧客からの感謝」と関係していた。例えば「私は多少くだけたサービスが好きで,常連のお客さまとはつい調子に乗って話し込んだりすることがあります。お客さまによって違いはありますが,常連さんにはできるだけお友達感覚で接するようにしています。その方がうやうやしくへりくだったサービスより親密さが深まり,お客さまにもその方が良いと喜んでもらえます(C2)」というコメントから,サービスを工夫した結果得られた顧客からの感謝が,仕事の意味につながっていることがわかる。
(11) 「サービスの工夫(意味)」→「顧客との関係(意味)」「サービスの工夫」は「顧客との良好な関係」も促進していた。例えば「できる限り,2回目に来ていただいた時,特別なお声がけやサービスをするよう心掛けています。3回来てくれると,ほぼ常連さん感覚で接しますが,そこまで来ると良い意味で固さが取れて,お客さまも従業員も一緒に楽しめるような関係になります(C2)」というケースのように,試行錯誤を重ねてサービスを工夫することが,顧客との良好な関係に寄与していた。
(12) 「顧客との関係(意味)」→「顧客からの感謝(能力・意味)」「顧客との関係」が「顧客からの感謝」と結びついていた。例えば「よくお泊りいただく年配の常連のお客さまから,『今日もあなたに会いに来ました。実は養子になってもらいたいのです』と言われたことがあります。『いつも良くしてくれるよね』,としみじみと言われた時は嬉しさを抑えることができませんでした(B1)」というコメントは,顧客との究極的な関係性のあり方を示している。
(13) 「顧客からの感謝(能力・意味)」→「成果の実感(能力・自己決定)」「顧客からの感謝」は,「成果の実感」を促進する傾向が見られた。例えば「自分が本当にお客さまの喜ぶサービスを提供できた時の正当な対価として,お客さまから感謝されたいと思っています。そういう時,自分は本当のプロだと実感できます(F2)」というコメントからも,顧客からの感謝が成果の指標となり,有能感や自己決定感がもたらされている。
(14) 「顧客との関係(意味)」→「成果の実感(能力・自己決定)」「顧客との関係」も「成果の実感」と関係していた。例えば「このバッジはお客さまから5回名指しで褒められると会社からもらえるものです。これを付けているとお客さまとのやりとりがありありと甦ってきます。単発の場合も長期的な場合もありますが,いずれもお客さまと良い関係が築けた時にいただけたものです。ただのバッジといえばバッジですが,15回の金バッジを目指して頑張ります(F1)」という事例から,顧客との関係が,さまざまな非金銭的報酬や成果の実感につながっているといえる。
本研究の目的は,状況的・個人的な規定因が心理的ワンパーメントの各次元に与える影響,および各次元間の関係を探索的に検討することにあった。本研究の発見事実および理論的含意は以下の通りである。
第1に,「あこがれ・夢→接客志向性→サービスの工夫→顧客との関係性・感謝」という要因の連鎖が,心理的エンパワーメントにおける「仕事の意味」を形成する主要なパスであり,このうち「サービスの工夫」が中核カテゴリーであった。主要なパスと判断したのは,個人的要因や状況的要因がサービスの工夫として結実し,それが最終的に活動の成果をもたらす大きな流れになっているためである。いずれの要因についても,インタビュー対象者が心理的エンパワーメントの意味次元と関係すると言及していたことから,仕事の意味が形成されるプロセスであると考えた。つまり,「あこがれ・夢」や「接客志向性」という個人的要因が,サービスの工夫というプロアクティブ行動(Grant & Ashford, 2008)を促進し,顧客との密接な関係性の構築につながる過程において,従業員は仕事を意味づけていると考えられる。先行研究も,意味次元の重要性を指摘しているが(e.g., Asag-Gau & Dierendonck, 2011;Baek-Kyoo et al., 2019;Liden et al., 2000),本研究の結果も,意味次元が心理的エンパワーメントの中心的な次元であることを示している。
第2に,中核カテゴリーであり意味次元と関係する「サービスの工夫」は,「接客志向性」以外にも,「学習志向,資質・スキル,上司からの支援・承認」といった能力・影響・自己決定次元に関する要因によって促されていた。この結果は,「能力・影響力・自己決定力」次元が,「意味」次元を促進することを示唆している。一方,「顧客との関係性」および「顧客からの感謝」という意味次元と関係する要因が「成果の実感」という能力・自己決定を促す要因に影響を与えていた点にも注目したい。つまり,「能力・影響・自己決定→意味→能力・自己決定」という連鎖が存在すると思われる。先行研究の多くは,4次元の総合指標によって心理的エンパワーメントを検討してきたが(e.g., Carless, 2004;Fong & Snape, 2015;Lee & Wei, 2011;Zhang & Bartol, 2010),各次元は相互に関係し合いながら心理的エンパワーメントを高めていると考えられる。
第3に,図1にあるように,「あこがれ・夢,接客志向性,学習志向性,資質・スキル」という個人的要因と,「同僚との人間関係,任された経験,上司からの支援・承認」といった状況要因が組み合わさって,意味次元と密接に関係する「サービスの工夫」を規定していた。従来の研究は,主に状況的要因に焦点を当ててきたのに対し(e.g., Baek-Kyoo et al., 2019;Bartram et al., 2014;Spreitzer, 1995),本研究は状況的要因と個人的要因の双方を取り入れて規定因をモデル化した点に理論的な貢献があるといえる。
本研究の問題と今後の課題について3点挙げておきたい。第1に,本研究の対象はホテル従業員であるため,今後は,他の業界を対象に同様の研究を行うべきである。第2に,本研究は,従業員の視点から質的にデータを分析したが,顧客に対するインタビューや質問紙調査を実施し,従業員と顧客の両面から心理的エンパワーメントプロセスを分析する必要があるだろう。第3に,図1に示したカテゴリー関連図に関して,異なる因果関係を想定することも可能である。本研究は,インタビュー対象者の回答に基づき因果関係を特定したが,新たな調査データによってカテゴリーの関係性を再検討すべきであると考えられる。