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査読論文
CSRブランディングの組織的課題に関する考察
高嶋 克義兎内 祥子
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2021 年 5 巻 1 号 p. 33-39

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Abstract

企業におけるCSRに関わる活動は,企業の本部スタッフ部門が企業次元での活動として行うのが一般的であるが,製品事業部においても製品ブランディングとしての活動を展開することがある。本稿では,この製品次元のCSR活動が企業ブランディングのもとに統合的に管理されるのではなく,企業次元の活動とは独立して展開されやすく,活動間に異質性が表れるという現象を捉え,製品次元のCSR活動が企業次元の活動とはなぜ独立して展開されやすいのか,そのような2種類のCSR活動を並行的に展開することで,企業はどのようなCSRの追求を行うことになるのかという課題を企業の組織と管理に関する議論に基づいて考察する。そのうえで,製品事業の分権制が維持される企業においては,企業次元ではステークホルダー・コミットメントの追求,製品次元ではブランドマーケティングの追求という組み合わせで展開されやすいことを推論する。

1  はじめに

近年,産業界において企業の社会的責任(corporate social responsibility:CSR)1)の重要性が高まっている。とりわけ2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で記載された持続可能な開発目標(sustainable development goals:SDGs)が設定されたことに伴い,SDGsを含むCSRを重視した企業活動の展開が社会的に求められるようになってきた。

そして,企業のCSRを重視した行動は,マーケティング論においては企業ブランディング行動の1つとして説明されることが多く,企業のCSR活動を通じた企業ブランドによる差別的優位性の形成が期待されている(Porter & Kramer, 2006)。ただし,CSR活動は製品次元や機能次元といった下位の次元でも展開され,とくに製品次元では,製品ブランディングとして環境や社会への配慮が強調されることがある(Banerjee, 2001Banerjee, Iyer, & Kashyap, 2003Palazzo, 2011)。

なお,一般的には企業次元と製品次元のCSRブランディングは階層的に理解されている。例えば,LeCren and Ozanne(2011)では,環境マーケティング戦略を製品・サービス志向,プロセス志向,プロジェクト志向の戦略に分類し,その複合によって企業の環境マーケティング戦略が推進されるとしている。そして,これらの志向のうちの製品・サービス志向が,製品次元でのブランディング活動に相当し,生産などのプロセスを改善しようとするプロセス志向や,環境プロジェクトの展開や参加を通じてCSR活動を行うプロジェクト志向は,企業ブランディングに関する活動と位置付けられる。そのうえで,こうしたプロセス志向やプロジェクト志向の企業次元の活動は,製品次元でのCSR活動における価値観や目標に影響することが想定されているため,製品ブランディングは企業ブランディングの下位の構成要素として相似的に議論されることが多い。

しかし,製品次元でのCSR活動が企業次元でのCSR活動とは独立して展開されたり,それらの活動間に異質性が表れたりすることがある。むしろ,製品次元のCSR活動が企業ブランディングの下位に位置付けられ,統合的に管理されるケースは必ずしも多くない。そこで,本稿では,製品次元のCSR活動が企業次元の活動とはなぜ独立して展開されやすいのか,また,そのような2種類のCSR活動を並行的に展開することで,企業はどのようなCSRの追求を行うことになるのかを考察する。

2  CSRにおける企業次元と製品次元

CSRを重視する企業では,環境や社会への意識を理念や企業戦略に反映させ,組織文化の構築や変容をめざすことになるため,企業全体を巻き込んだ企業次元での活動が中心になりやすい(Chamorro & Bañegil, 2006)。そして,製品次元でのCSR活動は,企業次元でのCSR活動の影響下で行われ,企業次元から個々の製品次元までを統合的に管理している状況では,製品次元のCSR活動は企業次元と相似的なものとなる。すなわち,企業がCSRを重視した企業活動を展開すれば,企業ブランドによる環境や社会貢献の連想を促し,企業ブランドエクイティに正の影響を与えると言われているが(Benoit-Moreau & Parguel, 2011Becker-Olsen, 2014Hur, Kim, & Woo, 2014),これは製品ブランディングでも同様であり,製品次元でのCSR活動が製品ブランドエクイティを強化すると予想される。

ここで,もしCSR活動において企業次元と製品次元とが階層的に管理され,整合的な活動をすることが期待されるならば,両者をあえて識別する必要がないという見方も成り立つ。しかし,現実の企業行動においては,必ずしも企業次元と製品次元とが整合的に展開されているとは限らない。むしろ,企業次元のCSRに製品事業部が協力的でないというだけでなく,企業次元でのCSR活動とは連携しない形で製品次元のCSR活動が推進されることが消費財の製品ブランドにおいてしばしば発生する。

というのは,企業における意思決定の階層性から,製品事業部には意思決定の一定の自律性が認められるからである2)。すなわち,各製品事業部には,事業の意思決定に関する責任と権限が与えられているため,企業次元における上位の目標に基づいて製品次元における活動をいかに統制するかは難しい課題となり,それゆえにトップマネジメントのリーダーシップが強調されたり,集権的な組織が重要とされたりする(Einwiller & Will, 2002Du, Swaen, Lindgreen, & Sen, 2013Ferrell, Ferrell, & Sawayda, 2014)。

また,Mitchell, Wooliscroft and Higham(2010)は,多様なステークホルダーへのコミットメントと効果的なブランドマーケティングの2つの軸から,多様なステークホルダーへのコミットメントと効果的なブランドマーケティングの統合化を行うことを「持続的市場志向」と呼び,企業における持続的市場志向の重要性を主張している。しかし,分権的な製品ブランド管理による強みを追求する企業になるほど,製品事業の責任と権限から製品次元のCSR活動が展開されるようになる一方で,そこでは後述するように,多様なステークホルダーへのコミットメントが確保されにくくなり,持続的市場志向の追求は難しくなることが予想される。

3  CSR活動における企業-製品間の異質性

3.1  CSRに関わる職務・職能の違い

CSRの追求について,企業次元と製品次元との間に相違が生まれるとすれば,その原因の1つは,意思決定を行う担当者の職務や職能の違いに基づくことが考えられる。

まず,企業次元のCSR活動を推進する職務は,企業の広報部門やIR(investor relations)部門などの本部スタッフ部門が担うことが多い(Berger, Cunningham, & Drumwright, 2007Drumwright, 2014)。それは,多様なステークホルダーとの関係性構築を行ううえで,企業の広報活動や投資家関係活動が重要になるためである。

そして,このような職務範囲は,企業次元でのCSRの職務担当者が製品事業のマーケティング活動に直接的に関与していないことに対応する。つまり,CSRに関する製品次元でのブランディングやイノベーションのプロセスを主導するのではなく(Visser, Jongen, & Zwetsloot, 2008),投資家などの多様なステークホルダーとのコミュニケーションを通じて企業ブランディングを行うことや,企業内におけるインターナルマーケティング活動や情報支援を行うことで製品次元でのCSR活動に間接的に影響力を及ぼすことになる。

また,企業次元のCSR活動は,戦略的に構築されるマーケティング計画に従った意思決定によるものではなく(Blombäck & Ramírez-Pasillas, 2012),多様なステークホルダーとの相互作用を通じて形成され,その多様なステークホルダーの要求についてのバランスを考慮した意思決定に基づくものとなる(Drumwright, 2014Törmälä & Gyrd-Jones, 2017)という特徴がある。

そして,能力に関しては,CSRの職務担当者は,多様なステークホルダーとの情報交換や協働を通じて獲得・蓄積されたCSRに関する知識を保有しやすい(Berger et al., 2007Drumwright, 2014)。他方で,CSRの実現においては,CSRで差別化を求めるものではなく,差別化のためのマーケティング・コミュニケーションを職務として経験していないことから,マーケティング活動に関する専門的知識が蓄積されていないことが多い。しかも,製品開発の権限がないことから,ブランディングのプロセスを包括的に経験しにくいことも,こうしたマーケティング能力の蓄積に結び付かない原因となる。

それに対し,製品次元のCSR活動は,主にブランドマネジャーのもとで製品のブランディングを形成する1つの要素として行われる。このことは次のような特徴をもたらすと推測される。まず,製品ブランディングのターゲットは消費者層となり,それ以外のステークホルダーについては,消費者にとってのブランド価値を高める条件として考慮されることに留まる。したがって,企業次元で多様なステークホルダーの要望をバランスを取りながら対応するCSR活動とは,その目的や志向が異なることになりやすい(Anker & Kappel, 2011Palazzo, 2011)。

2つ目に,ブランドマネジャーには製品ブランドの商業的な成果を達成する責任が課せられており,その成果は,消費者の潜在的なCSRへの需要に応え,製品ブランド価値を高めることによって達成されることに対応している。そのため,製品次元のCSR活動において,商業的な目的の比重は高いものとなる(Anker & Kappel, 2011)。ただし,この商業的な目的の追求は,消費者の潜在的な需要に働きかけ,市場を創造するという意味で(Rex & Baumann, 2007),ブランドマネジャーの事業成果への高い動機付けをもたらすことが多く,それはCSR活動における積極性や革新性をもたらす源泉となる。

3つ目に,ブランドマネジャーは,マーケティング要素を直接的にコントロールする権限を持つ一方で,マーケティング・コミュニケーションに関する専門的知識を有していることが多い。そのため,消費者の潜在的な需要に対応してブランド価値を高めることが期待されるならば,CSRによるブランディングが効果的に行われることが期待される3)

3.2  ステークホルダーとの関係性構築の違い

これまで述べてきたようなCSRの意思決定に関わる職務・職能における違いに加えて,意思決定者が想定するターゲットの異質性に由来する相違を考えることができる。すなわち,企業次元のCSRと製品次元のCSRとの間には,前者がCSRに関わる企業価値を重視して,多様なステークホルダーとの関係性を考えるのに対し,後者はCSRに関わる製品ブランド価値を重視し,主に消費者との関係性を考慮するという相違がある。

企業ブランディングとしてのCSR活動では,企業が自然や社会と共存する持続可能性を追求することにおいて企業価値を高めることが追求されるため,市場における需要者である消費者だけでなく,企業価値の実現に関与する従業員・サプライヤー・競合企業・メディア・地域住民・環境団体・金融機関・株主・投資家・労働組合・科学学術団体・政府・規制団体などの多様なステークホルダーと連携する必要がある(Rivera-Camino, 2007Aspara & Tikkanen, 2008Tariq, Badir, Tariq, & Bhutta, 2017)。自然環境や社会の課題は企業単独では解決できないうえに,課題自体が多様で複雑であり,知識の獲得と蓄積が重要となるために,これら多様なステークホルダーと連携しながら課題解決を進めたり,彼らとのコミュニケーションを通じて企業の評判や活動の正当性を確保したりする必要があるためである(Donovan, 2011Albino, Dangelico, & Pontrandolfo, 2012Sandbacka, Nätti, & Tähtinen, 2013Drumwright, 2014Dhanesh, 2015Chaudhri, 2016)。とりわけ,CSRの企業ブランディングを通じた企業価値の向上は,消費者のブランド選択だけでなく,株価などに反映することが期待され,資金調達の側面や株主からの支持が企業次元のCSR活動の促進をもたらすことになる(Mishra & Suar, 2010Flammer, 2013)。

ただし,このような多様なステークホルダーとの関係性構築は,製品ブランディングでは積極的には行われないと考えられる。その1つの理由は,製品事業部門やブランドマネジャーに課せられた目標は,株価などで表される企業価値の向上という目標ではなく,製品事業における経済的な成果に関わる目標であり,CSRはその成果に寄与する限りにおいて追求されるからである。

なお,消費者は製品情報に関心を示したり,企業の非倫理的行動については強く反発することはあるとしても,ブランディングのためのCSRの訴求についての反応は必ずしも高くないという研究がある(Sen & Bhattacharya, 2001Mohr & Webb, 2005Singh, García de los Salmones, & Rodriguez del Bosque, 2008)。しかし,そのような状況においても,製品ブランディングにおけるターゲティングが,特定のCSR価値に高い関心を示す消費者層だけに限られるのではなく,CSR価値を受容しうる潜在的な消費者層へのブランド価値訴求を行うことで,市場創造をめざし,そのことを通じてブランド価値を高めることが志向されている。消費者にとっても製品ブランドベースのCSR活動のほうが,より認識されやすく(Becker-Olsen, 2014),こうしたCSR活動がブランドの地位を高め,製品の購買につながると期待されるからである(Bigné & Currás-Pérez, 2014)。

2つ目には,製品事業部門やブランドマネジャーにとって,多様なステークホルダーと接触する動機付けが乏しいだけでなく,投資家・株主・労働組合などの多様なステークホルダーと広く接触して関係を構築する機会も少ないと考えられる。

そして,3つ目には,製品ブランディングにおいては,競合企業との市場競争を前提とした差別化が基本的な行動原理となり,それはCSR追求においても,消費者のブランド選択を巡る競争が前提となっている。そのため,CSR追求のために同じ産業内での競合企業と連携して行動することは,この差別化とは矛盾することになりやすい。つまり,企業次元では,co-optitionとしてCSRを追求するうえで産業内での協調的な活動が重要となるが(Brandenburger & Nalebuff, 1995Noble & Basil, 2011),製品次元では,製品ブランディングが差別化を目標とするために,そのような競合企業との連携に消極的となりやすい(兎内,2021)。

3.3  CSR活動への影響

以上の議論から,企業におけるCSR価値の追求には,CSRの専門的な職務担当者が多様なステークホルダーの要望に応えながら行う企業次元のCSR活動と,製品事業においてブランドマネジャーやマーケターがマーケティング要素を直接的にコントロールして,消費者の潜在的な需要に対応して行う製品次元のCSR活動の2種類が存在することが分かる。

そして,前者のCSR活動は,多様なステークホルダーに全方位的に対応し,それらのステークホルダーとの関係性に基づいて,担当者がCSR課題に関する知識を習得し蓄積して全社的に行われるために,後者の製品次元のCSR活動よりも有効かつ積極的に展開されるかと言えば,必ずしもそうではない。確かに,前者は戦略的,後者は戦術的・商業的に位置付けられるという主張もある(Menon & Menon, 1997Becker-Olsen, 2014)が,しばしば製品次元のCSR活動がより効果的に行われることがある。というのは,製品ブランディングとしてのCSR活動では,ブランドマネジャーやマーケターの高い動機付けとマーケティング要素に関する権限や知識に基づいて,消費者の潜在的なCSRへの需要の開拓が志向されるため,彼らの創造的で革新的な取組みが展開されやすいからである。

他方で,そのような製品次元のCSR活動はマーケティング計画の一環で行われるため,それが長期に継続して行われるとは限らず,とくに製品ブランドとしてのマーケティング成果が得られない場合には中止される可能性が高くなる。これは,商業的な成果水準に左右されずに,持続的に行われる企業ブランディングとしてのCSR追求とは異なる特徴となる。

また,製品ブランディングとしてのCSR活動は,製品事業部における意思決定の自律性のもとで効果的に行われるが,そのことは,他の製品事業へのCSR活動の水平的な展開に対して消極的になりやすい特徴をもたらす可能性がある。すなわち,企業次元においては効果的なCSR活動を企業内で水平的に展開することが行われるが,製品次元では,他の製品事業にCSR活動を水平的に展開する動機付けがないために,全社的なCSR活動へと発展することは少ないと予想される。

さらに,製品次元では商業目的のブランディングであるために,CSR活動においても競合ブランドに対する差別化が意識されやすいが,この特徴も,同じ業界の競合企業とも連携してCSRを追求することが求められる企業ブランディングとしてのCSR活動とは異なる特徴になる(兎内,2021)。

4  並行的なCSR活動の展開と含意

前節で説明したような企業次元と製品次元でのCSR活動の違いは,もし製品次元の活動が階層的に上位にある企業次元の活動によって統合的に管理されるのであれば,それによって解消されるはずであるが,現実には,次のような理由から,この2つが統合されない状態で展開されることが多い。特に製品事業部化や職能専門化といった分業化が進む大規模企業では,その傾向が顕著となる。

それは製品ブランドに関する意思決定権限は,製品事業部にある程度委譲され,ブランディングの詳細なプロセスの意思決定に企業本部が関与することは少ないからである。そのような権限の委譲が行われているゆえに,ブランドマネジャーが強く動機付けられ,消費者からの潜在的な需要に関する情報が収集され,蓄積されたマーケティング能力が有効に使われることになる。つまり,企業が製品事業においてCSR追求をめざすのであれば,製品事業部に権限を委譲し,ある程度の自律性のもとでCSR追求をさせるほうが創造的で革新的な活動が期待される。

その一方で,製品次元でのCSR活動のほうが企業において支配的になり,企業次元のCSR活動がそのために後退することも起きないと考えられる。一般的に企業が行うCSR活動の多くは,製品事業単位では解決しえない多様な課題を解決することが企業に求められるからである。例えば,利用するエネルギーの種類や原材料の生産方法などに関する課題は,多様な製品事業で共通する課題であり,特定の製品事業部だけでは解決できない。また,すでに述べたように,製品事業の責任者は,製品ブランドの商業的な成果に責任があり,企業全体のCSR課題に取り組む動機付けが弱いうえに,多様なステークホルダーとは接触・交渉する機会がないために,企業次元で管理することが必要となる。

したがって,企業において製品次元のCSR活動が展開されるとき,企業は企業次元のCSR活動に統合して管理することよりも,製品事業でのCSR活動権限を付与したうえで,それを支援することにとどまることが多いと考えられる。その結果として,企業次元と製品次元での並行的なCSR活動が展開されることになるが,それは企業に次のような課題をもたらすと予想される。

まず1つには,企業ブランディングとしてのCSR活動と製品ブランディングとしてのCSR活動とが整合的に行われず,企業ブランディングと製品ブランディングとのシナジー効果が確保されない可能性が高くなる。もし企業ブランディングと製品ブランディングが整合的に行われるならば,企業ブランドのイメージと製品ブランドのイメージとが相互支持的に作用し,双方のブランディングが有効に行われると期待される。さらに言えば,製品次元のCSR活動が,前述のように,多様なステークホルダーに対応するものではなく,消費者層に偏った価値の追求が行われ,継続性においても限定的な期間におけるプロジェクトとしての性格を帯びることになれば,そうした製品ブランディングの限界が企業ブランディングに悪影響をもたらす可能性がある。

例えば,企業次元で行われるステークホルダーへのCSRコミュニケーションと製品事業での局所的なCSR活動との間に齟齬が生じることで,ステークホルダーからの反発心や懐疑心を誘発する場合も考えられる(Dhanesh, 2015Chaudhri, 2016)。これは,企業次元では,多様なステークホルダーとの関係において,さまざまなCSR価値の間とのバランスを重視する行動がCSR担当者によってとられるのに対して(Drumwright, 2014Chaudhri, 2016Törmälä & Gyrd-Jones, 2017),製品次元では,消費者の潜在的な需要に対応する特定のCSR価値が選択され,強調されるために発生しやすい。すなわち,後者においては,多様な価値の間のバランスが意識されることはなく,むしろ,消費者が潜在的に価値を認めやすく,ブランドの差別化につながるような課題に絞り込んだ訴求が行われやすいため,それに不満を持つステークホルダーが現れやすいと予想される。

2つ目には,企業次元では同じ産業の他企業とも水平的に連携して環境や社会の課題解決が求められる場合があるが,製品次元のCSR活動においては,ブランディングにおける差別化という目標達成が優先されるため,競合企業との水平的な協力関係は築きにくく,それゆえ,製品ブランディングとしてのCSR活動が企業次元でのCSR活動を阻害する可能性がある。

ただし,このような課題が顕著になるとしても,前述のように,製品事業に意思決定権限を委譲することでCSR価値を含めた製品事業のマーケティング価値創出を優先する大規模企業では,これらの課題克服のために,製品事業でのCSR活動を統合的に管理することを選択しないと考えられる。それをすることは製品事業のCSR活動を抑制する可能性が高いからである。また,消費者にCSR価値を訴求する製品ブランディングでは,こうした意思決定権限が委譲された組織における創造的で革新的な取組みが重要になるためである。

そこで,製品事業で行われるCSR活動が企業次元で追求するCSR価値との間に齟齬が生じる場合には,企業次元で行う多様なステークホルダーに対するCSRコミュニケーションにおいて,製品事業でのCSR活動をあまり強調せず,企業次元から独立した活動として位置付けることが行われやすい。その一方で,企業のCSR担当部門は,CSR活動に消極的な他の製品事業部に対するインターナルマーケティングを行うことで,企業次元のCSR活動の支援や促進に努めることになる(Chang, Zhang, & Xie, 2015Garas, Mahran, & Mohamed, 2018)。

こうしてとくに大規模な企業においては,CSRに関する企業次元と製品次元の並列的ブランディングが維持されるとともに,製品ブランディングにおける商業的CSR活動やステークホルダーの中で消費者層に偏った対応という特徴が明確に残ると予想される。

その結果として,Mitchell et al.(2010)が提唱するような,多様なステークホルダーへのコミットメントと効果的なブランドマーケティングをあわせ持つ「持続的市場志向」の実現が困難になると推論される。すなわち,現実の大規模企業において製品事業の分権制が維持され,企業ブランディングとしては,多様なステークホルダーへのコミットメントと弱いブランドマーケティング戦略になる一方で,製品ブランディングとしては,消費者層という限定的なステークホルダーへのコミットメントと強いブランドマーケティング戦略という2つのポジションに留まることになりやすい。特に,分権的な製品ブランド管理による強みを追求する企業になるほど,こうした並列的なブランディングの状態に留まり,持続的市場志向に移行することは難しくなると考えられる。

したがって,大規模企業においては,全社的な持続的市場志向を求めるのではなく,企業次元と製品次元とのCSR活動の並列的展開を前提として,企業次元ではステークホルダー・コミットメントの追求,製品次元ではブランドマーケティングの追求という組み合わせが現実解となると推論される。

さらに,本研究の理論的含意として,企業ブランディングと製品ブランディングとの異質性に関する1つの視点を提起することができる。本研究ではCSRブランディングについて,意思決定主体におけるマーケティング活動の動機付け,権限,能力といった組織的条件の違いが企業次元と製品次元との異質性や乖離をもたらすことを考察してきたが,このことは,CSR以外も含めたブランディング全般にも適用可能と考えられる。すなわち,ブランディング研究において,ブランディングの意思決定主体における動機付け,権限,能力といった組織的条件を考慮することにより,企業ブランディングと製品ブランディングの異質性を捉えることができると思われる。本研究はCSRに焦点を絞った研究であるが,今後の研究課題の1つとして提起しておきたい。

1)  CSRとは,企業における自主的な事業活動や資源の提供を通じて社会の利益や持続可能性を実現することに対するコミットメントとして定義する(Kotler & Lee, 2005McWilliams & Siegel, 2001)。

2)  社内カンパニー制や事業部制度を採用する企業において,各カンパニーや各事業部が複数の製品ブランド事業を統括し,それらのカンパニーや事業部が独自の管理間接部門を持ち,そこでCSR活動を行う場合がある。このときに下位の製品ブランド事業でもカンパニーや事業部とは別のCSR活動が展開されるのであれば,カンパニーや事業部のCSR活動を企業次元のCSR活動と同様に考え,下位の製品ブランド事業のCSR活動と対比的に捉えることができる。

3)  これらの特徴は兎内(2021)の事例研究においても確認することができる。

参考文献
 
© 2021 日本商業学会
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