抄録
小児科医としての臨床の後、障害児教育(特別支援教育)に携わり22年が経過した。その間、特別支援教育を目指す学生の教育および大学院や特別専攻科に派遣されてきた現職教員の研究指導などを行ってきた。また、教育や福祉の現場とも継続的に関わってきた。ここでは、その中で経験したことや研究してきたことを振り返りながら、1)医療的ケア、2)重症児の理解と教育的支援、3)重度障害者のQOL、などについて述べたい。1)医療的ケアについて 重症心身障害は教育の場では重度・重複障害と呼ばれる。1979年の就学義務制に伴い、それまで就学免除や就学猶予であった重度の障害のある子どもたちが肢体不自由養護学校を中心に在籍するようになった。私が教育大学に勤務するようになった当初は、学校での医療的ケアを医師法との関連の中でどのように行っていくべきかが模索されていた。教育現場での対応も、教員が実施する学校、保護者が付き添って実施する学校、保護者などが訪問看護ステーションに依頼して実施する学校、在宅のままで訪問教育の学校、など地域により様々であった。その後様々な検討がなされ、現在では学校に勤務する看護師と研修を受けた教員により医療的ケアが行われている。私の関わっていた学校でも、数人の看護師が教員とともに医療的ケアを行うようになり、呼吸器の必要な子どもも安定して通学できるようになった。しかしながら、通学バス内や校外学習などの際のケア、支援学校以外を希望する子どもへのケア、医療的ケアが必要な重症児が増加しつつあることへの対応など、いくつかの課題が残されている。2)重症児の理解と教育的支援について 重症児に関わる教員は、子ども一人ひとりをよりよく理解し、密な関わりをもちながら多様な経験をさせることで発達支援をめざした教育を行っている。そのため様々な感覚的刺激を取り入れた教材や代替コミュニケーション手段を用いたりしている。しかし重症児は意思や感情の表出が微弱であることが多く、彼らの精神活動を十分に理解したりコミュニケーションをかわすことが困難なことが少なくない。ここでは、教育委員会から派遣されてきた大学院生と一緒に研究したことの中から、微笑行動を手がかりにした子どもの精神活動の理解、シンプルテクノロジーを用いたコミュニケーション手段の獲得、脳波スイッチを用いた子どもの好みの理解、などについて紹介したい。3)QOLについて QOLは本質的に障害のあるなしに関わらず同じであり、障害のある人もない人も生活で同じ事柄を希望し、同じ要求を持ち、社会で他の人々と同じ方法で責任を果たしたいと希望しているとSchalock(1990)は述べている。そこで、重症児(者)のQOLを検討するために保護者対象にインタビューを行った。その結果、重症児(者)も、「外出や療育など好きな場所に出かけた日は、目の力や顔の輝きが違う」「ケーキやプリンなど好きなものはぱくぱく食べる。嫌いなものはむせる」「どのようにわかっているかは不明だが、周りの空気を感じている」など、いろいろな身体表現や微笑などで自己の感情や要求を表現していた。また、「親に生き甲斐をくれ、親を成長させてくれた。」「お葬式に参列した多くの人たちが子どもにありがとうといってくれた。死んでからも親の生き方の道しるべになっている」「兄弟の友達の母親がボランティアに参加するきっかけとなった。動かないで寝ているがその存在感はすごい。」など、身近な人のみならず関わる多くの人に影響を与えており、重症児(者)の社会的役割のひとつと考えられた。以上の結果などから、医療的ケアを含むケアを十分に受け、療育・教育・福祉の場で様々な経験を積み、インクルーシブな環境の中で他者と関わりを持ちながら生活していくことが重症児(者)のQOLを豊かにするために必要なことと考えている。
略歴 1976年3月京都大学文学部卒、1983年3月京都府立医科大学医学部卒、同小児科学教室入局、1987年兵庫青野原病院小児科(重症児病棟勤務)、1992年兵庫教育大学助教授(障害児教育講座)、1998年同教授、2003年奈良教育大学教授(特別支援教育)、2008年京都教育大学教授(発達障害学科)、2010年~2014年京都教育大学付属特別支援学校長併任。専門分野:小児神経学・障害児医学・障害児教育学・発達心理学、著書:1)新版K式発達検査法−発達のアセスメントと支援−(編著)2012、2)最新子ども保健(共著)2013、3)発達障害医学の進歩第26集、発達障害の幼児期からの支援(編著)2014