日本重症心身障害学会誌
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重症心身障害児(者)における低カルニチン血症のリスク管理
−小児科の立場から−
脇坂 晃子
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2015 年 40 巻 1 号 p. 103-108

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抄録

Ⅰ.はじめに  カルニチン(Car)は、脂肪酸代謝やミトコンドリアの機能維持において不可欠な物質であり、食餌から75%が供給され、残り25%が肝臓や腎臓でリジンとメチオニンから生合成される。体内では、その大部分が筋肉内に貯蔵されており、主な働きは、長鎖脂肪酸をミトコンドリア内に転送する過程や細胞毒であるアシル化合物を体外へ排泄する過程でキャリアとして働くことである。Car欠乏状態では飢餓時のエネルギー産生障害などから非ケトン性低血糖、意識障害、けいれん、筋力低下、心筋症などエネルギークライシスの症状が出現するため、生理活性をもつL-体のCarの補充が必要となる1)2)。 Car欠乏の原因は、有機酸代謝異常症や脂肪酸β酸化異常症などの先天代謝異常症のほかに、薬剤性としてvalproate sodium(VPA)の内服が以前から知られているが、最近になってピボキシル基含有抗菌剤の内服、さらに経腸栄養剤や特殊ミルクの使用などの栄養学的な原因が注目されるようになった3〜7)。 重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))では、長期臥床により筋肉量が少ないこと、長期間の経腸栄養やVPAなどの抗てんかん薬治療などの影響によって二次性Car欠乏症が多いとする報告が散見されるが3, 5, 7, 8)、多数例での検討は少なく、その実態やCar補充量についての検討は十分ではない。 今回、78例の自験例における検討を中心に、重症児(者)における低Car血症の実態とリスク因子、症状、Car補充量などについて述べる。 Ⅱ.重症児(者)における低カルニチン血症の実態とリスク因子の検討 国立病院機構医王病院に入院中の重症児(者)78名を対象に、低Car血症の実態とリスク因子の検討を行った9)。 方法としては、空腹時に採血を行い、血中Car(総Car、遊離Car)濃度、肝機能、血糖、HbA1cなどを測定し、患者背景として性別、抗てんかん薬、筋弛緩剤内服の有無やADLなどを調査して検討を行った。抗てんかん薬の種類では、本検討で使用頻度の高かったVPAとphenobarbital(PB)に着目して検討した(表1)。 症例をCar摂取方法別に、A群;Car非添加経腸栄養剤使用者(36名)、B群;Car添加経腸栄養剤使用者(8名)、C群;経口摂取者(34名)の3群に分類して血清Car濃度の比較したところ、血清総Carの平均濃度(基準値46~91μmol/l)は、A群では16.8±8.9μmol/lと全例で著明に低下しており、また、C群でも38.2±12.1μmol/lと低く、24例(約70%)が基準値以下であった。一方、B群の平均濃度は64.4±23.5μmol/lで、1例で軽度の低下はあったが、他の7例は正常範囲内であった。血清遊離Carの平均濃度(基準値36~74μmol/l)は、A群では13.9±7.5μmol/lと総Carと同様、全例で低下しており、C群でも32.1±10.7μmol/lで22例(66.7%)が基準値以下であった。B群では48.2±16.0μmol/lで、1例のみ軽度の低下を認めた(図1)。 血清Car低下のリスク因子の検討では、A群で抗てんかん薬内服の影響としてVPA(+)PB(+)群は、その他のVPA(+)PB(−)群、VPA(−)PB(+)群、VPA(−)PB(−)群に比べて遊離Carの平均濃度は有意に低下していた(図2)。一方、経口摂取C群では、遊離Carの平均濃度は抗てんかん薬の単剤内服群で 29.8±7.0μmol/l、多剤内服群で25.2±12.0μmol/lであり、単剤・多剤にかかわらず非内服群の39.1±7.4μmol/lより有意に低下していた(図3-a)。さらに抗てんかん薬の種類別に遊離Car濃度を比較すると、VPA(+)PB(+)群は他群と比べて著明に低下しており、また、VPA(+)PB(−)群はVPA(−)PB(−)群よりも有意な低下がみられた(図3-b)。しかし、A群、C群とも性別、年齢別および筋弛緩剤投与の有無については遊離Car濃度に有意差を認めなかった。また、C群においてはADL別でも遊離Car濃度に有意差は認めなかった。 以上の結果より、Car非含有経腸栄養剤使用者では、低Car血症は必発であり、ほぼ全例で治療が必要な低Car血症(遊離Car<20μmol/l)を認めた。一方、Car含有経腸栄養剤使用者では、血中Car濃度はほぼ正常範囲内に保たれており、日常的にCarを補充することの重要性が示唆された。また経口摂取者でも、血中Car濃度の低下傾向がみられ、そのリスク因子として、VPA内服の影響が強いと考えられた。特にVPAとPBを併用していると、さらに血中Car濃度が低下することが示唆された。 Ⅲ.重症児(者)におけるカルニチン欠乏による症状の検討 当院では遊離Car 20未満をL-Car内服対象とした。内服対象となった42例を低Car血症群、内服なしの36例を非低Car血症群とし、Car欠乏によると思われる異常検査所見について比較検討した(表2)。低Car血症群でもEF55%以下となる心機能の低下した症例はなかったが、空腹時低血糖と高アンモニア(NH3)血症の症例が非低Car血症群より多い傾向があった。さらにVPA内服32例では、血中NH3濃度と遊離Car濃度には負の相関を認めた(r = −0.495)(図4)。その他、自験例では、原因不明の嘔吐を繰り返し、低Car血症(遊離Car 19.2μmol/l)を認めた経口摂取の重症者でL-Car製剤内服を開始したところ、その後、嘔吐のエピソードがなくなった1例がある。また、当院で低Car血症を認めたDuchenne型筋ジストロフィーの患者では、L-Car製剤投与開始後、急性胃拡張や麻痺性イレウスのエピソードが軽減する傾向があった。 最近の報告では、越智らが、経腸栄養施行中の重症児の低Car血症で、5例に低血糖、1例に急性心不全、4例に高脂血症、9例に高NH3血症を認めたと報告している10)。また、竹田らは、低Car血症を認めた26例の重症児へL-Car製剤を投与したところ、全例で尿酸値およびNT-proBNP値が有意に改善し、高NH3血症を認めた9例中8例で血中NH3濃度の低下を認めたと報告している11)。 このように重症児(者)において、VPA内服時の高NH3血症や、原因不明の嘔吐などの腹部症状、早朝や空腹時の低血糖、高脂血症、心筋障害などを認めた場合には、Car欠乏による症状である可能性を考慮する必要がある。 Ⅳ.重症児(者)におけるL−Car補充量の検討 L-Car製剤の投与量の目安は、成人で1日1.8~3.6g、小児では、全身性Car欠乏症で100~200mg/kg/日、有機酸代謝異常症では50~120mg/kg/日とされている。また、二次性Car欠乏症では30~100mg/kg/日が投与量の目安とされるが、重症児(者)における食餌性や薬剤性Car欠乏症での投与量については十分に検討されていない。 当院における検討では、まずCar非含有経腸栄養剤使用者36例に、L-Car製剤を100mgから開始し、1カ月ごとに100mgずつ増量し、遊離Carが正常化した時点をL-Car投与量としてVPA内服の有無で比較検討した。L-Car製剤投与前の遊離Car値に有意差がなかったのにもかかわらず、L-Car投与量でみると、VPA内服あり(19例)で8.5±3.2mg/kg/日、内服なし(15例)で14.8±8.4mg/kg/日と有意差を認めた(図5)。次に、経口摂取者34例では、治療が必要とされる血中遊離Car値が20μmol/l以下の8例を治療対象としたが、8例はいずれもVPA内服中であった。L-Car製剤投与を100mg/日から開始し、1カ月ごとに100mg/日ずつ増量し、血中遊離Carが正常化した時点のCar製剤の投与量を検討したが、8例中6例では、L-Car製剤を1日100~300mg(3~10mg/kg)内服した時点で、血中遊離Car値は正常化した。一方、症例7、8では多めの投与が必要であったが、症例7では、VPAの高用量投与と著しい偏食、症例8ではVPAとPBの併用の関与が考えられた(表3)。 最後にL-Car含有経腸栄養剤使用者8例での、L-Car摂取量について検討したところ、8例中7例で1日のL-Car摂取量が0.8~3.5mg/kgと比較的少量の摂取で、血中Car値が正常であった。低Car血症を認めた1例では、VPAとPBの併用が影響している可能性がある(表4)。 2010年以前は、ほとんどの国産経腸栄養剤にはL-Carが添加されていなかった。しかし、長期経腸栄養による低Car血症が注目され、ここ数年で国産経腸栄養剤にL-Carが添加されたものが販売されるようになった。こうしたL-Car添加経腸栄養剤を使用した場合には、多くの症例で、比較的少量(10mg/kg/日以下)のL-Carの補充で、低Car血症が改善するという報告がでている12~15)。一方、これらの検討の中では、VPA内服中で血中Car値が正常化しなかった症例や、ピボキシル基含有抗菌剤使用時に一過性に低Car血症が出現した症例があったことも報告されている。 (以降はPDFを参照ください)

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