日本重症心身障害学会誌
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教育講演3
気管切開のケアの実際の諸問題
−特注カニューレの活用、事故抜去への対応など−
北住 映二
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2020 年 45 巻 1 号 p. 33-40

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抄録

Ⅰ.はじめに 気管切開を受けている重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))は増加しており、文部科学省調査によれば、平成29年5月の時点での学校在籍児のうち全国で2904名が気管切開を受けている。 多様な状態に応じての実際に即したケアとリスク管理が必要である。気管切開のケアの実際的諸問題として、①適切な気管カニューレの選択、②事故抜去の防止(カニューレ固定法の工夫)と事故抜去時の対応、③合理的で適切な吸引、④痰の粘稠化防止・加湿、⑤呼吸状態悪化時の対応(バギングなど)、⑥誤嚥軽減のためのスピーチバルブの適切な活用、⑦カニューレフリーの場合のリスク管理などがある。このうちの、①と②について実際例を紹介しながら述べる。 Ⅱ.適切な気管カニューレの選択と特注カニューレの活用 重症児(者)では、気管の変形・扁平化・狭窄や、気管軟化症への対応、気管腕頭動脈瘻発生・肉芽発生のリスクへの対応などを考慮し、表1のポイントを考慮した適切な気管カニューレ(以下、カニューレ)の選択がきわめて重要である。 特に、変形が強いなどリスクが高いと想定される場合には、事前の単純X線検査とCT(単純CTで可)での評価のもとでの選択が必要である。すでにカニューレが挿入されている場合でも、初期や必要に応じて、その適合性や問題点確認のためにもこの評価が重要である。 カニューレ挿入下で、気管壁からの出血、気管内肉芽、気道狭窄症状、呼吸状態の不良、姿勢変化による呼吸状態の悪化、迷走神経反射、カニューレの拍動などがある場合には、胸部単純X線撮影(気管の左右への弯曲の度合い、弯曲した気管とカニューレ先端の関係)、内視鏡(気管の変形・扁平化・軟化症の有無と程度、気管内肉芽・糜爛・出血、カニューレ先端と気管壁の当たり方、気管前壁の動脈性拍動部位とカニューレ先端との位置関係)、CT検査(気管狭窄・扁平、狭窄部位とカニューレの位置関係、再合成矢状断面像での気管走行とカニューレの走行の一致度、腕頭動脈の走行・腕頭動脈とカニューレとの位置関係-単純CTでもかなり確認可)により、カニューレの適合性を再評価し、適切なカニューレへの変更を検討する(図1)。 市販されるカニューレの種類は多くなり、選択肢は広がっている。付表1と2に、重症児(者)で使用される主なカニューレにつき、角度などの特性をまとめた。螺線入りで固定長さ調整可能なカニューレは気管変形には適合するが体外部分が長くなると事故抜去のリスクが高くなるので注意が必要である。 既製品での対応が困難な場合には特注カニューレの活用がきわめて有用である。コーケンシリコンカニューレは、長さ・フランジの回転可動性の特注が可能であり、メラ・ソフィット(フレックス)シリーズは、長さ・カーブ角度・カフ位置・フランジとパイプの取付け角度の特注が可能である。以下、症例を紹介する。 <症例1(脳性麻痺)>(図2) 他院で喉頭気管分離手術を受け、ポルテックス気管カニューレが挿入されていた。分泌物が多く、SpO2の低下がしばしばあり、左側臥位ではさらに悪化した。単純CTの二次元再合成矢状断面像で、図2のように気管孔~気管の走行とカニューレの不適合が認められた。検討用の透明テンプレートをCT画像画面にかぶせて検討し、コーケンシリコンP型カニューレの角度の緩い方のタイプが適合性が良いと判断し、このカニューレに変更した。これにより、問題点は改善した。 この透明テンプレートは、他社のカニューレの使用を検討する場合にも有用である。 <症例2(福山型先天性筋ジストロフィー)>(図3) A病院で気管切開。その50日後に受診。夜間は人工呼吸器使用。日中は自発呼吸で過ごせていた。内径7mm、パイプ部分の長さ62mmのカニューレが挿入されていた。当センター外来での内視鏡検査で、カニューレ先端の前壁への当たりがあり、かつ、前壁に拍動性の突出があり、その部位へのカニューレ先端が当たっている状態が確認され、同日の単純CTでも、腕頭動脈が気管壁を圧排している状態が確認され、気管腕頭動脈瘻発生のリスクが高いと判断された。そのリスクを回避するため、カニューレ先端と腕頭動脈部の間隔を空けるように、とりあえずYガーゼを厚くすることとし、在宅管理の担当となったB診療所へ、カニューレを角度がもう少し緩いものにするのが望ましいことを、伝えた。 B診療所で、カニューレはメラソフィットフレックスで、長さを短くするため内径6mmのカニューレ(長さ55mm)に変更された。しかし、カニューレが細くなったため(断面積は約73%に減)、自発呼吸で過ごすことが困難となり、日中も人工呼吸器が必要となった。 対策として、当センターで他の患者さん用に特注で作成していた内径7mmのメラソフィットフレックスで長さ55mmのカニューレ(標準品は長さ65mm)を、この患者さんに挿入した。この変更により、カニューレ内径が太くなり気道抵抗が減じたため、再び、日中は自発呼吸のみで過ごせるようになり、また、前壁への先端の当たりは軽減し、拍動性の突出の部分とカニューレ先端との距離が空いている状態を保つことができた。以後2年間、この状態を維持できている。 <症例3(脳性麻痺)>(図4) 気管前壁にカニューレ先端が当たり肉芽も発生していた。短く、角度が緩い特注カニューレにして改善した。 脊柱側彎がある場合に、気管が変形し、右が左に弯曲する例が多い。この場合には、図5のような問題が生じやすい。 <症例4(脳性麻痺)>(図6) このようなケースでは、カニューレのパイプ部分を首振りさせて固定翼に取付けた特注カニューレが、有用である。 なお、カニューレによるトラブルの回避のためにはカニューレフリーが望ましいが、気管孔・気管の狭窄による窒息のリスクもあり、慎重な対応が必要である。 Ⅲ.気管カニューレの事故抜去の予防のための固定法の工夫と、事故抜去時の対応 カニューレの事故抜去(計画外抜去)への対策は、自宅や入所施設だけでなく学校や通所においてもきわめて重要な課題である。 1.事故抜去の原因と固定の工夫 事故抜去の原因は、①自分で抜いてしまう(自己抜去)、②人工鼻を外すときに(本人、介助者)一緒に抜ける、③着替えなどのときに引っかかって抜ける、④バンド(テープ)の固定が緩かったために抜ける(くしゃみ、咳に伴って抜ける)、⑤頸が後に反ったときに抜ける(緊張や、泣いたとき)、⑥頸の向きが変わったときに抜ける、⑦接続している人工呼吸器の回路により引っ張られて抜ける、⑧介助者が子どもの頸の後に腕を回して介助しているときに、介助者の腕が左右に動く、または、本人が左右に頸を回すことによって、固定バンドが左右に動いて、カニューレが左右に引かれて(ズレて)抜ける、などである。 頸バンドによる2点固定で固定が不充分な場合には4点固定(腋窩を通してのバンドも併用しての4点固定、紐とテープ(またはゴム入り紐)での下方向への固定を併用しての4点固定が必要である。左右への変形が強い場合には3点固定とする。緊張などによる姿勢の変化(反り返りやねじれ)に対応するため、伸縮性のあるゴム紐の利用が有用である。前述⑧の原因での事故抜去が想定される子どもで、通常のバンドでの固定に加えて、バンドの左右端に付けたゴム紐をカニューレ接続部の反対側に回して補強している例もある。 カニューレのバンドによる直接の固定に追加して、さらに上から、台所の流し台用のゴミキャッチを利用した穴あきの固定具を考案し間接的な固定を追加する方法の有用性が、重症心身障害児者施設『鈴が峰』(広島県)の橋本らにより報告されている(2017年全国重症心身障害療育学会、図7)。 同様の発想での固定器具の製品(メラ「ささえフランジ固定板」泉工医科)が2018年秋に発売され、事故抜去が生じやすいケースで有用である。 2.気管カニューレ事故抜去時の対応 カニューレの事故抜去に備えての確認準備事項、事故抜去時の対応について、ポイントを図8にまとめた。事故抜去により生ずるリスクや、緊急対応の必要性、その難易度は、個人差が非常に大きい。個々のケースに応じた、柔軟かつ慎重な判断と対応が必要である。 学校や通所などでのカニューレの事故抜去の際の、看護師によるカニューレ再挿入が禁止されていた自治体もあった。これについて、「看護師または准看護師が臨時応急の手当として気管カニューレを再挿入する行為」は是認されるとの見解が2018年3月に厚労省から示されている(表2)。 本人が慣れている環境での、慣れた医師や保護者によるカニューレの定期交換ではスムーズにカニューレが挿入できていても、事故抜去の際には本人もスタッフも不慣れな状況では困難な場合もある。保護者が「簡単に入れられます」と言っても、保護者が自覚していないコツがあり、応急的な再挿入が困難な場合もある。担当看護師による事前の本人への挿入研修(保護者と、主治医か指導医などの立ち会いのもとでの)、挿入しやすいカニューレ(1サイズ細いカニューレ、カフなしカニューレなど)とゼリーの用意など、充分な準備が必要である。 (以降はPDFを参照ください)

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