抄録
哺乳を長期間行なっている乳幼児の上顎前歯唇・口蓋面には重症の齲蝕(哺乳齲蝕)が発症することがある.母乳と人工乳には7%のラクトース(乳糖)が含まれており,これまでこのラクトースが哺乳齲蝕の原因であると考えられてきた.この哺乳齲蝕は,小児歯科では古くから大きな問題となつているが,その齲蝕発生メカニズムは十分に解明されていない.哺乳齲蝕におけるミュータンスレンサ球菌の病原性を検討するために,酸産生という観点から,グルカンバイオフィルムモデルでのラクトースからの酸産生について検証した.
浮遊状態の酸産生能測定系で,ミュータンスレンサ球菌はラクトースを代謝し,母乳に含まれるラクトースが酸産生の基質となることが明らかになつた.しかし,グルカンバイオフィルムでのミュータンスレンサ球菌は,ラクトースからはほとんど酸産生を行なわなかった.さらに,口腔内の再現モデルとして,グルカンバイオフィルムに,ラクトース液に低濃度のスクロースを添加した場合でも,酸産生はほとんど認められなかった.また,S.mutansでは,ラクトースと低濃度のスクロース存在下ではむしろ酸産生が抑制されており,S.mutansとS.sobrinusでは,糖の代謝が若干異なる可能性が示唆された.