抄録
低温馴化する植物では,環境温度の低下に伴いリン脂質の含量とジ不飽和分子種およびポリエン脂肪酸の割合が上昇する.我々は,この現象の生理的意義を明らかにするため,低温におけるリン脂質の生合成活性化機構の解析を目指している.今回,主要なリン脂質であるホスファチジルコリン(PC)とホスファチジルエタノールアミン(PE)の含量と脂肪酸組成を,低温に移したシロイヌナズナのロゼット葉で比較し,PEの含量と不飽和度の上昇がPCより遅れることを見出した.PCの生合成律速酵素であるCTP:ホスホリルコリンシチジリルトランスフェラーゼ(CCT)およびPEの生合成律速酵素であるCTP:ホスホリルエタノールアミンシチジリルトランスフェラーゼ(ECT)について調べたところ,ECT活性の上昇はCCT活性の上昇より数日遅く,この活性上昇の遅れがPE蓄積の遅れの原因であると考えられた.さらに,ECT遺伝子はCCT遺伝子に較べ,低温における転写産物の蓄積が遅れることを明らかにした.以上の結果は,シロイヌナズナの低温に応答したリン脂質生合成活性化機構において,PCとPEでは異なる遺伝子発現の調節が起こっていることを示している.