抄録
鉄の吸収は主に地上部から送られる長距離シグナルによって制御されると考えられている。鉄欠乏状態のタバコの根において鉄トランスポーター(NtIRT1)や鉄還元酵素(NtFRO1)をコードする鉄吸収遺伝子の発現が誘導されることが知られている。本研究では鉄吸収遺伝子の発現制御における長距離シグナルの役割を解明するために、様々な生理条件下で鉄吸収遺伝子の発現解析を行った。鉄欠乏状態のタバコの葉を切除すると根の鉄吸収遺伝子の発現が低下したが、鉄充分状態では葉の切除後もこれらの遺伝子の発現が誘導されなかった。また、鉄欠乏状態で新しい順に半分の葉を切除したときと、古い葉を切除したときでは同じ程度の鉄吸収遺伝子の発現が確認された。以上の結果は促進的な長距離シグナルが鉄欠乏に応答して全ての葉から生産されることを示すとともに、タバコ実生の根が地上部なしでは鉄吸収遺伝子発現を充分に誘導できないということを示唆するものである。ところが、鉄欠乏に陥ったタバコ毛状根においても鉄吸収遺伝子が誘導されたことから、タバコの根自身にも鉄濃度のセンサーと鉄吸収調節機構があることを示唆された。これら一見相反する結果の理解のために、我々は、根における鉄吸収遺伝子を制御する促進的なシグナルの合成能は植物体全体で存在し、そのシグナル量が植物の大きさに相関するというモデルを提案する。