抄録
高等植物においてアブシジン酸 (ABA) は、気孔の閉鎖や適合溶質の蓄積、種子成熟、休眠といった様々な生理応答に関わることが知られている。近年、種子や気孔を持たないコケ植物においてもABAを合成していることが明らかとなったが、コケ植物における内性ABAの役割についてはほとんど知られていない。そこで本研究では、ヒメツリガネゴケ (Physcomitrella patens) におけるABAの生理作用の解明を目的とし、シロイヌナズナにおいてABA代謝の第一段階に関わるABA 8'水酸化酵素をコードするCYP707A3遺伝子を過剰発現させた株を作出した。作出された過剰発現株の表現型解析を行ったところ、原糸体において葉緑体が巨大化した細胞が観察された。さらに、この巨大化した葉緑体はABAの添加で回復し、野生型株においてもABAの合成阻害剤 (Abamine SG) の添加で現れることが分かった。その他にも、発現量に比例して茎葉体の形成頻度が低下し、また形成された茎葉体も矮化していた。これらの結果から、ヒメツリガネゴケの葉緑体の分裂や茎葉体の分化にABAが関与していることが示唆された。