抄録
Chlamydomonas raudensis(UWO241)は,Lake Bonney(南極)より採取された単細胞緑藻である.南極ドライバレーに位置するLake Bonnyは塩湖であるため,UWO241株は耐低温性とともに耐塩性を有している.また,この株は,緑藻や高等植物が持つ光環境適応機構の一つ,ステート遷移の自然欠損株と報告されている.この株を低温蛍光スペクトルにて解析したところ、生育環境に近い高塩濃度条件下では励起エネルギー再分配が誘導されず,ステート遷移が欠損しているという従来の報告と一致した。一方、低塩条件下ではステート遷移と同様の励起エネルギー再分配が誘導された.しかし,ショ糖密度勾配超遠心法により光化学系タンパク質複合体を精製したところ,ステート遷移に見られる集光性アンテナタンパク質の移動が見られず,また,アンテナタンパク質のリン酸化も起きていなかった.低塩条件下で見られるこの励起エネルギー再分配は,ステート遷移を代替する光環境適応機構として機能している可能性がある.電子顕微鏡観察により,NaCl濃度の低下がチラコイド膜グラナ構造のスタッキング状態に影響を与えることが明らかとなったが,それに起因する光化学系複合体の局在変化が,スピルオーバーによる励起エネルギー再分配を誘導するものと結論した.