抄録
葉緑体は、原始シアノバクテリアの細胞内共生によって生じたと考えられているが、その後の長い進化の過程で共生に由来する遺伝子の大部分が失われたとともに、多くの環境応答系は細胞核による支配を強く受けるようになった。原始紅藻Cyanidioschyzon merolaeは、その葉緑体ゲノムや遺伝子の転写制御系の解析から、葉緑体の成立直後により近い状態を反映していると考えられ、核によるものとは別に葉緑体独自の制御系を有していると予想される。そこで本研究では、C. merolaeに特徴的な葉緑体転写制御メカニズムを解析することで、共生当初の「より自律的な」環境応答システムを明らかにすることを目的とした。
葉緑体に特異的な制御系を調べるため、本研究では単離葉緑体を用いたrun-on転写系によって光に応答した転写制御の解析を行った。暗順応させたC. merolae細胞全体に光照射を行った場合、調べた全ての遺伝子の転写活性化が観察され、光によるグローバルな転写制御の存在が示された。これに対し、核による制御を分離するため、暗条件下で培養した細胞から単離した葉緑体に対し光照射を行った結果、ycf27とpsbDの転写活性のみが特異的に上昇することを見出した。この結果は、葉緑体が自律的な光応答系を介して特定の遺伝子群の転写を制御していることを示唆しており、光合成電子伝達系による制御の可能性についても併せて報告する。