抄録
植物の防御応答において、植物ホルモンは重要なシグナル伝達機能を果たしている。アブシジン酸(ABA)は、多くの場合、植物の防御応答を負に制御することが報告されているが、その分子機構については不明な点が多い。本研究では、イネ-いもち病菌相互作用において、誘導抵抗性に重要な役割を果たすサリチル酸(SA)シグナル伝達経路に対し、ABAが抑制的に作用していることを見いだした。
イネ幼苗にABA処理すると、SAシグナル伝達のキー因子であるWRKY45およびOsNPR1のSAまたはbenzothiadiazole (BTH)による転写誘導が抑制され、いもち病抵抗性が著しく低下した。ABAのこのような作用はWRKY45またはOsNPR1の過剰発現により顕著に打消された。ABA処理による内生SAレベルの変化は認められなかった。これらの結果から、ABAはSAの下流、WRKY45/OsNPR1の上流においてSA経路に対して抑制的に作用し、それがいもち病抵抗性低下の要因となっていることが推察された。また、いもち病菌は自ら産生したと推測されるABAを菌糸および胞子に蓄積し、また菌体外に分泌することが見いだされた。以上の結果から、いもち病菌の感染戦略の一つとして、自らのABA により感染部位における宿主細胞内のABAレベルを上昇させ、SA経路を抑制することにより防御応答を回避している可能性が推測された。