主催: 日本臨床薬理学会
肥大型心筋症(HCM)は我が国において500人に一人が罹患するありふれた心疾患であり、若年者突然死の原因第一位として知られる。HCMの約60%が常染色体顕性遺伝形式に従う家族歴を有しており、多くの症例でサルコメア構成蛋白の遺伝子変異を認めており、近年、遺伝学的検査が保険収載された。肥大型心筋症は呼吸困難、動悸などの自覚症状、心雑音・心電図異常などの身体・検査所見、家族歴、心血管イベント等が診断の端緒となるが、心臓エコー、必要に応じて心臓MRI、心筋生検、全身性疾患の検索等を駆使して二次性心筋症(Fabry病、ミトコンドリア心筋症、心アミロイドーシス等)の除外、HCMの確定診断を行う。心機能が保たれている症例では血行動態の改善、症状軽減に主眼が置かれ、閉塞性の場合β遮断薬、ベラパミルまたはジルチアゼム、ジソピラミドあるいはシベンゾリンなどを用いて左室大動脈間の圧較差の軽減を図り、薬物療法抵抗性の場合はPTSMA,心筋切除術等による介入を行う。非閉塞性HCMの場合は、心機能が保たれている場合(左室駆出率50%以上)であればβ遮断薬、ベラパミルまたはジルチアゼムを使用し、うっ血があれば少量の利尿薬を追加する。心機能低下の場合(駆出率50%未満)では心機能低下を伴う心不全と同じくβ遮断薬、ACE阻害薬またはARB、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、利尿薬を用いるが、症例によっては、新しく加わった心不全治療薬ARNI、ベルイシグアト、SGLT2阻害薬等も導入される。治療抵抗性の場合は心臓再同期療法(CRT)、補助人工心臓装着(VAD)、心臓移植なども考慮される。いずれにせよ肥大型心筋症は致死性心室性不整脈のリスクが高い疾患であり、β遮断薬、必要時にはアミオダロン等の薬物投与を行いつつもハイリスク症例、VT/VF蘇生例では植込み型除細動器(ICD)が適応となる。注目される新薬として心筋ミオシン活性化薬omecamtivmecarbilが挙げられる。本剤はミオシンの触媒ドメインに結合しミオシン・アクチン間の強固な結合の割合を増加させる新しい機序の薬剤であり、いわゆる強心薬とは異なり細胞内カルシウム増加を伴わず、生命予後悪化を伴わずに心機能改善が図れる可能性が期待されている。HCMの多くはサルコメア蛋白に異常を有しており、アクチン・ミオシン連関の機能異常に直接作用し改善させるとする本薬剤は肥大型心筋症の新たな薬物選択の一つとして大きな期待が寄せられている。