2020 年 71 巻 1 号 p. 102-118
本稿の目的は,近年文化社会学領域において注目されているA. エニョンの社会学の検討を通して,行為者の文化的活動の内実を把握するための方法を探求することである.エニョンは,「愛好家(amateur)」の文化的活動に密着する独自のアプローチを提示している.P. ブルデューやH. ベッカーに代表される,これまでの文化社会学で主流となっていたアプローチが,文化的活動に参与する行為者の嗜好を社会的背景に還元して説明する傾向があったのに対し,エニョンは,行為者の活動にできるだけより添い,彼/彼女らが趣味を発展させる具体的な仕方に光をあてる.本稿ではまず,ブルデュー,ベッカーら従来の文化社会学との違いを明らかにすることから出発し,エニョンの議論を理解する上で伴となる概念を整理する.つづいて,エニョンによる音楽愛好家のエスノグラフィーを参照し,彼が愛好家の活動を描き出す方法を詳細に検討する.さらに本稿では,エニョンのアプローチの応用例として,文楽(人形浄瑠璃)愛好の自己エスノグラフィーを試みることで,エニョンのアプローチの有効性と限界を明らかにする.最後に,エニョンのアプローチの意義を確認し,今後の方向性を示す.