抄録
1950年代の韓国のデザイン教育は1930年代の日本で留学を終えた留学生ら(Lee Sonn-Suk(李順石)他)によって大きく左右された。その教育内容は、彼らが日本で受けたデザイン教育、すなわち、図案教育であった。 1930年代の日本は商業美術の定着期であり、日本工芸教育に大きな影響を与えたアール・ヌ−ヴォ様式による装飾的な図案教育が行われていた。また、1920年代末からはバウハウス教育が導入され、新しいデザイン教育へと変わろうとしていた時期でもあった。 このように1950年代の韓国のデザイン教育は1930年代の日本の図案教育をそのまま踏襲した装飾性を中心とした図案教育であった。また、1950年代のソウル大学校応用美術科のカリキュラムにでもみられるように韓国の伝統的なモチーフ(例えば、十長生など)を用いた平面構成が主であった。 それは、日本図案教育の影響から脱皮するための、また、韓国のアイデンティティ性を取り戻そうとする社会的・文化的な傾向と関わっていると考えられる。