抄録
商工省工芸指導所は、1930年以降、産業合理化政策の推進の為に、工芸物産の改善と輸出振興の目的のため、ブルーノ・タウトとシャルロット・ペリアンの二人のモダンデザインの大家を招聘している。そしてこの二人共が手がけたのが竹による家具のデザインである。この二人の人物については、既に多くの研究がなされているが、工芸指導所の視点から、なぜ竹家具だったのか、竹家具をどのように指導していたのか、そしてモダンデザインがどのように関わったのかについては、まだ十分な議論が行われていないように思われる。 竹は日本の伝統的工芸技術であるが、椅子、机、茶棚といった家具類は、台湾の技術が輸入されて後に、定着した技術である。この技術自体、終戦後に日本を引き揚げた台湾系中国人が置いていった技工であり、西日本でよく見られたものであった。このようなものをなぜ工芸指導所が注目したのか。 本研究では、工芸指導所の機関誌『工芸ニュース』で論じられた輸出向け竹製品の論説に焦点を当てて、竹家具がモダンデザインとどの様に関わったのか、考察を試みる。