抄録
本研究の目的は、ドイツの哲学者Th.W.アドルノ(1903-1969)の論考「今日の機能主義」(1965)における芸術と科学技術の歴史的関係を明らかにすることである。アドルノは、芸術と科学技術の二分法を批判し、両者が歴史的に変容する論理を示した。彼によれば、芸術と科学技術は自然を模倣する人間の能力「ミメーシス的衝動」を基盤とする。例えば、呪術の儀式において、未知なる自然の力と同化する呪術師の身体反応はミメーシスの表現である。自然の脅威を衝動的な叫びとして表現する身体は、自然の象徴であると同時に、自然の本質を認識する実践的機能を持つ。ここにアドルノは自然の模像としての芸術と、自然を抽象化し支配の対象とする科学技術の萌芽を見出す。科学技術が次々と概念の体系を生み出し、自然を同一性原理による予測可能な世界へと編集していく一方で、かつて自然の本質を認識する機能を有していた諸々の象徴は、自然の脅威を写す形象、すなわち芸術として歴史に残される。芸術と科学技術には、自然の脅威から逃れるための自己保存と、それを原動力とするミメーシスが基盤にあるからこそ、両者は断定的に分離できるものではない、とアドルノは主張する。