抄録
本稿の目的は,印刷メディアを糸口に明治期の唐津における石炭産業と観光振興の関係を考察することにある.本稿が研究対象とする唐津は,九州の玄界灘沿岸に位置する街である.藩政期より石炭の生産がさかんであった唐津では,運搬と売買を手がけた石炭問屋が経済的な実権を持っていた.明治政府の軍事力増強や軽工業の発達とともに唐津炭田が興隆すると,石炭問屋,有力商人,旧藩士らが石炭取引会社を設立,その有力者らによって運炭鉄道の計画が具体化されると,唐津では観光振興の活動が活発となる.名護屋城趾の保存や満島馬車鉄道の開業など,唐津における観光振興の活動は,主にその有力者らによって進められた.また,それらの活動は観光案内書『唐津名勝案内』から窺うことができる.同書には石炭産業の有力者らによって整備された施設が多く紹介されていた.明治期の唐津における観光振興は,藩政期より唐津経済の中心であった石炭産業を土台に展開されたと考えられる.