1913年、農商務省は「農展」と総称される展覧会を始めた。その11年間の歴史の中で全国から工芸品と図案を募ったが、出原栄一(1989)らにより、その出展作品にはわが国におけるデザインの発達が見られることが指摘されている。一方、同省はもう一つの取り組みを行っていた。1917年、副業課を設置し、「副業の奨励」と呼ばれる政策を行ったのである。この動きは農商務省から誕生した商工省によって推進されたが、長野県上田市で芽吹いた「農民美術」(1919-)のような運動もおこした。しかし、農展の図案も農民美術の図案も、当時はヨーロッパの模倣として批判されたものでもあった。