抄録
環境教育において、環境倫理は一方で原理を与えるものであると同時に、他方で実践の枠を与えるものである。倫理の基本はよい・悪いの「区別」であるが、これは言語による。そして言語には、最狭義の科学的な記号言語があり、最広義には神話的な象徴言語がある。科学的思考による区別の厳しさは、一つの観点に立つことを可能とするが、それから飛躍して次の観点に移行して新しいことを発見する場合には、イメージや想像力によって「区別」をゆるやかにする神話的思考が必要となる。環境教育には、両者の思考法が相補的に機能しつつ、環境倫理が展開されねばならない。