2022 年 37 巻 4 号 p. 129-132
日本の数学授業では多様な考えを授業展開に位置付けることが,その特徴の一つとして指摘されてきた.本稿では,異なる解決過程を比較する場面に焦点を当て,これまで分析の対象とされてこなかった授業中に全体に向けた発話がない生徒や,異なる問題解決過程が比較される中で「効率的でない」と評価された生徒が,どのように比較検討の議論を受け止め,学びを形成していたのかを明らかにする.そのために,中学校第2学年の数学授業及び授業後インタビューのデータを用いた分析を展開した.
その結果,全体に向けた発話がない生徒も意見を言い合うことが重要という信念を強めていたことや,自身の解法に対して否定的な評価をなされた生徒も他者の解法に含まれる数学的価値を見出し,知的な充足感を得てその後の問題解決に活かしていたことを見出した.これらから,教室で観察される現象が生徒各々の文脈に根ざした知的な喜びを含む経験の総体であることに,より鋭敏になることの重要性を指摘した.