抄録
本稿は、沖縄県宮古島市における水道事業形成史とその経営管理組織の変遷、地下水の保護管理を目的とした条例の変遷を手懸かりに地下水管理権限の変遷を紹介している。宮古島の水道事業は、米国民政府の統治下ではじまり、水道事業と地下水の保護管理権限を一体として有する上水道組合によって運営されていた。この独特の宮古島のシステムは、総合性を有した適地技術の地下水保護管理システムであるが、復帰後の沖縄振興開発政策の一環で地下ダムが建設されたことにより、地下水保護管理システムの総合性は「個別化」の危機に瀕することとなる。復帰前に形成されたシステムが、沖縄振興開発政策から負の影響を受けたと考えられる。適地技術の形成と社会資本の総合性を担保する財政制度を構築することが必要である。