この論文では,表情を交わし合う相互行為という行為概念の提示を試み
る. このことによって,ケアや感情労働についての分析を深めることがで
きる.
表情を交わし合う相互行為とは,対面状況の中で,表情を媒介にして相
互作用を行うことである.この行為は共同主観的性質を色濃く持つ.表情
を交わす中で,私たちは互いの感情を理解し,そして互いの主観的世界を
共振させる.そして,お互いを単なる客体ではなく,同型の主観性を持つ
人間問士であることを認め合う.
感情労働やケア労働のような対人サービスは,対面的関係の中で労働が
成立するために,表情を交わし合う相互行為を伴っている.そのため労働
現場では,表情について語られることが非常に多い.
この相互行為の概念は社会的行為論に接合可能である.シュッツも同様
に,ウェーバーも,直接に対面する社会関係の特殊な性質に気づいていた.
またハーバマスは,行為論に共同主観的な行為類型が必要であると主張し
ていた.
この概念は,対人サービスの労働力商品化を分析のために有効である.
ホックシールドによって議論された感情労働論は,主体一客体図式の行為
類型を暗黙のうちに採用しているため,対面状況の分析が十分ではない.
この相互行為の概念化によって,感情労働のような対人サービスが,直接
的社会関係と匿名的社会関係という社会関係の中に向時に併存しているこ
とを分析できるようになる.