2023 年 74 巻 1.2 号 p. 1-12
2013年以来,日本銀行は人々のインフレ予想に働きかけて2%のインフレ率を実現しようとしてきたが,予想への働きかけは失敗した.本稿ではゲーム理論の視点から「なぜインフレ予想の操作は難しいのか」という問題について考える.予想インフレ率が長期間安定しているとき,その予想インフレ率は共有知識となり,分析哲学者デイヴィッド・ルイスの意味での慣習として定着する.このときインフレ予想を操作するには,一人ひとりのインフレ予想だけでなく,その共有知識の操作が必要になる.共有知識の操作に成功した例として,1994年にブラジルで実施されたレアル計画について検討する.また,共有知識の操作とナラティブ経済学の関係について論じる.