抄録
【目的】片麻痺患者では麻痺側足部を注視した随意的かつ努力的な歩行動作をしばしば経験する。道免らは、遅く簡単な随意運動は視覚などで制御・遂行されるとしている。つまり、片麻痺患者の歩行は常に視覚による認識と修正を要し、絶えず意識しないと実行できない動作といえる。本来、自動運動であるべき歩行を片麻痺患者に再獲得させるには視覚以外の情報入力が必要であると考える。そこで、片麻痺患者の臨床応用を目的に、健常者の非利き手でのボーリング投球動作による運動学習を行い、視覚のみを用いた群と言語による運動結果に関する知識(knowledge of result;KR)を付与した群で比較を行い、言語的KRの有効性について検討したので報告する。
【方法】本研究に同意を得た健常成人5名(男性3名、女性2名、平均年齢33±6.4歳)を本研究の対象とした。方法は以下のとおりとした。椅子は前脚が開始線を超えないように任意の位置に設置した。開始線から5m前方に、12cm四方、高さ25cmの立方体の目標物を置いた。使用球はソフトボール(直径8cm)とした。対象者を目標に向かって対座させ、非利き手でソフトボールを下手投げに転がし、目標に当てるように指示した。以上の環境で2つの条件を設定した。条件1として言語的情報は一切与えず、視覚のみで課題を実行させた。条件2として目標の手前1mの地点に高さ1m、幅1.25mのシャーワーカーテンを床から10cm離して設置し、目標を完全に遮蔽した。そのうえで失敗時にのみ、施行後に言語によるKRとして目標への方向と目標物より離れた距離を対象者に口頭で伝えた。双方の条件とも、練習試行は諸家らの方法に準じて20回とした。その後1分間の休憩をはさみ、条件1・2とも視覚的な条件はそのままに、他の情報は一切与えず、各5回の習得試行を行って目標への到達回数を計測した。なお、各試行時の結果と動作を記録するためにビデオカメラで側方と前方から撮影を行った。検討は、各対象者の条件ごとの成功率を算出し、各群との成功率を比較した。統計は対応のあるt検定(両側検定)を用い、有意水準は危険率5%未満とした。
【結果】条件1の成功率は全対象者平均で24±8%、条件2で52±16 %であり、条件2は条件1と比較し成功率は有意に増加した(p<0.05)。
【まとめ】KRは、視覚や体性感覚を主とする内部フィードバックを補足する外部フィードバックの重要な因子とされ、運動を正常な遂行様式に帰結させる終端フィードバックである。今回の健常者の結果においても、日常行わない難易度の高い動作の習得に言語的KRが効果的であることが示唆された。