抄録
【目的】
立位など荷重下での姿勢制御には股関節制御と足関節制御が存在する。股関節制御は股関節・骨盤・体幹による身体重心(以下COG)制御、足関節制御は足関節・足部による足圧中心(以下 COP)制御であり、これらの制御は相補的作用がある(福井 2006)。COGの制御は股関節のみならず体幹などの関節運動が生じるため、股関節周囲筋や下部体幹筋群の筋活動を要する(福井2006)。COPの制御は足部周囲筋の筋活動による制御が必要である(山口 2005)。COPと COGの制御を考える際は同一面上の視点で考えられていることが多く、それぞれの制御に必要な筋の関係性も同一面上で分析されることが多い。臨床において、矢状面上でCOP移動可能範囲が後方に限局された症例の歩行時に、患側立脚期に前額面上で骨盤の過度な側方移動を観察した。これは正常歩行における矢状面上のCOP位置とは異なる場合に、前額面上のCOG制御に変化が生じている結果、骨盤が過度に側方移動するという現象が生じていると考えられた。つまり矢状面におけるCOPの移動可能範囲に制限がおきた場合には、前額面上のCOG制御に何らかの影響を及ぼす可能性が考えられる。そこで本研究は、片脚立位時の矢状面上におけるCOP位置の違いが股関節周囲筋の筋活動に与える影響を検討することとする。
【方法】
健常者19名の利き足19肢を対象とした。対象者の平均年齢は24.8±2.1歳、平均身長は171.0±5.2cm、平均体重は61.9±6.7kgであった。
3条件(前足部荷重・中足部荷重・後足部荷重)での片脚立位時に、重心バランスシステムJK-310(ユニメック社)を用いて矢状面上におけるCOP位置変化(Y軸動揺平均中心変位)を、テレメトリー筋電計MQ–8(キッセイコム社)を用いて股関節周囲筋の筋活動を測定した。片脚立位姿勢は両上肢下垂位、非支持側股関節、膝関節は屈曲90°保持と規定した。はじめに、片脚立位姿勢から可能な限り足関節制御のみを使わせ最大限に前方・後方の順でCOPを移動させ、前後方向のCOP移動可能範囲を求めた。前後方向のCOP移動可能範囲前1/3、中1/3、後ろ1/3にCOP を位置させた片脚立位をそれぞれ前足部荷重、中足部荷重、後足部荷重と定義した。測定は検者が重心バランスシステムモニターでCOP位置がそれぞれの規定範囲内に位置していることを確認しながら行った。各3ヶ所でCOPが位置していることを確認し、その位置で10秒間の測定を1回合計3回行った。
測定筋は、支持側大腿直筋、大腿筋膜張筋、中殿筋、大殿筋、大内転筋、半腱様筋、大腿二頭筋長頭とした。3条件におけるY軸動揺中心変位の比較は一元配置分散分析及び多重比較検定を用いて行った。また前・中・後足部荷重で測定した筋電図より波形が安定した5秒間を取り出しそれぞれの筋電図積分値を算出した。
3条件でそれぞれ取り出した各筋における5秒間の筋電図積分値の比較はフリードマン検定及び多重比較検定を用いて行った。有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
各対象者には本研究の主旨について十分な説明を行い、同意を得た。
【結果】
Y軸動揺中心変位平均値において3条件で有意差が認められ(p<0.01)、前・中・後足部の順にCOPが前方にあったことが確認された。前足部荷重時に、大腿二頭筋の筋電図積分値は後足部荷重と比較して有意に増加した(p<0.05)。後足部荷重時に、大腿直筋の筋電図積分値は前足部荷重・中足部荷重と比較して、大腿筋膜張筋は前足部荷重と比較して、大内転筋は中足部荷重と比較して有意に増加した(p<0.05)。
【考察】
前足部荷重時に、後足部荷重と比較して股関節伸展作用を有する測定筋のうち大腿二頭筋の筋活動量が増加した。矢状面上でCOP位置を前方に規定した際は、股関節屈曲によるCOGの前方移動を股関節伸展筋により制御していた可能性が考えられた。後足部荷重時に、前足部荷重・中足部荷重と比較して股関節屈曲作用を有する大腿直筋・大腿筋膜張筋・大内転筋の筋活動量が増加した。矢状面上でCOP位置を後方に規定した際には、股関節伸展によるCOGの後方移動を股関節屈筋により制御していた可能性が考えられた。
また、大腿筋膜張筋・大内転筋は股関節前額面上にも作用することから、股関節矢状面上と同時に前額面上のCOG制御にも作用している可能性が考えられた。このことから、矢状面上におけるCOP位置の違いは、前額面上における股関節周囲筋の筋活動に変化を与える可能性が考えられた。つまり、矢状面上のCOP位置の違いが前額面上のCOG制御に影響を与える可能性が考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
片脚立位時の矢状面上におけるCOP位置の違いは、股関節周囲筋の筋活動に変化を与える可能性が示唆された。