近畿理学療法学術大会
第51回近畿理学療法学術大会
セッションID: 3
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延髄外側症候群の嚥下障害に対する理学療法の試み
徒手的介入により嚥下障害が改善した1症例
*餅越 竜也小澤 明人
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抄録
【目的】  脳卒中治療ガイドラインによると、急性期の脳血管障害では70%程度の割合で嚥下障害を認めるとされ、経口摂取を開始する前には、意識状態や流涎、水飲み時の咳や喉頭挙上などを観察し、嚥下造影検査、内視鏡検査などを行って、栄養摂取方法を調整することで、肺炎の発症が有意に減少すると報告されている。当院においてもガイドラインに従って発症後早期から理学療法、作業療法、言語聴覚療法を開始することで早期離床を促すとともに、二次的な障害発生の予防及び日常生活動作の拡大を図っている。  脳血管障害の嚥下障害に対しては、坐位姿勢の工夫やポジショニング等で関わることが多く、嚥下障害に対して直接的介入を行うことで嚥下障害が改善したという報告は少ない。  今回、左延髄外側の脳梗塞により嚥下障害を呈した症例に対して、喉頭挙上に必要とされる舌骨上筋群を直接手指にて圧迫することにより嚥下障害の改善を認めた経験を得たため、若干の考察を加え報告する。 【方法】  症例は左椎骨動脈瘤からのくも膜下出血と左延髄外側の脳梗塞を発症した50歳の女性である。具体的な機能障害は右半身の温度覚と痛覚鈍麻、及び左半身の運動失調症と右の顔面麻痺といったいわゆるWallenberg syndromeを呈していた。嚥下障害は左軟口蓋麻痺を認め、唾液嚥下時に喉頭挙上を認めず嚥下が困難であったため経鼻経管栄養となった。咽頭に痰の貯留が多く、咳嗽反射は不十分であった。発話明瞭度は2~3で嗄声を認めた。改訂水飲みテストは実施不可であった。藤島の摂食・嚥下能力のグレードは2。FIMは38点(食事1点)であった。  発症から約4週後に嚥下造影検査を実施し、左声帯麻痺、咽頭の嚥下運動低下を指摘されるが、咳、嚥下反射は保たれており、軟口蓋麻痺も目立たないという診断であった。理学療法介入として嚥下時に必要となる顎二腹筋後腹、茎突舌骨筋もしくは顎舌骨筋を徒手的に圧迫し、喉頭挙上が起こり嚥下が可能となるか否かを評価した。 【説明と同意】  症例に対し本研究の主旨を説明し同意を得た。 【結果】  左側の顎二腹筋後腹、茎突舌骨筋もしくは顎舌骨筋を圧迫することで、喉頭蓋の挙上が起こり、ゼリーの嚥下が可能となった。  発症から約6週間後の最終評価時には、改訂水飲みテストは5点。藤島の摂食・嚥下能力のグレードは9。最終のFIMは123点(食事7点)となった。 【考察】  症例は、くも膜下出血による頭痛と延髄梗塞による回転性幻暈、運動失調症に加え、頻回な咳嗽により頚部・肩甲帯周囲筋は過緊張を呈し、腰背部から頭頂部にかけて広範囲に疼痛を訴えていた。また、咀嚼運動を行わないことで咀嚼・嚥下に必要な筋群にも廃用が生じ、将来的に嚥下機能回復の妨げや二次的な疼痛を生じさせる可能性も考えられる。  端座位姿勢は左側中枢部の低緊張のため骨盤は後傾・左後方回旋した左後方重心となり、頚部は右側屈・右回旋し体幹は右側屈して両側の肩甲帯は挙上位を呈していた。左重心となっていることや頚部が右回旋していることに対しての自覚は乏しく、感覚障害に加えボディーイメージの障害も疑われた。  理学療法では、骨盤のコントロールと頚部・体幹の自律的な反応を促してきた結果、座位のアライメントが改善し、上部体幹の過剰な努力が軽減した。また、リラクゼーションと疼痛緩和を目的に頚部筋に対して徒手療法を行ったが、第1、第2頸椎横突起付近を圧迫した際に、対象者から「唾液が飲めそう」と発言があった。そこで同部位を圧迫しながら唾液嚥下を行った結果、唾液嚥下が可能となった。同日に言語聴覚士によるゼリー食の練習も同様の方法により摂取可能となった。また、下顎の内下方を圧迫する事でも同様に嚥下が可能となった。第1、第2頸椎横突起付近には顎二腹筋後腹、茎突舌骨筋が存在し、下顎の内下方には顎舌骨筋が存在する。いずれの筋も喉頭を挙上させる筋群であり、同筋群を圧迫することにより喉頭挙上が得られ、食道入口部が拡大しやすくなり嚥下が可能となったと考えられる。  上記筋群にも筋紡錘の存在が確認されており、骨格筋からの痛みの信号を伝える_III_・_IV_群感覚神経は筋の受動的伸張や筋収縮にも応答しないが、筋の圧迫により応答すると報告されている。よって舌骨上筋群を圧迫刺激することで感覚入力が増して筋収縮が促され、喉頭挙上に繋がったものと推測される。  延髄梗塞等によって舌骨上筋群の収縮のタイミングや協調的な筋収縮に左右差を生じている症例に対しては、上記のアプローチが有効であると考えられる。 【理学療法研究としての意義】  理学療法士はこのような症状を示す対象者に対して、姿勢や動作からのアプローチのみならず舌骨上筋群に直接アプローチすることで、急性期の嚥下障害改善に関与できる可能性が示唆された。
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© 2011 社団法人 日本理学療法士協会 近畿ブロック
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