近畿理学療法学術大会
第51回近畿理学療法学術大会
セッションID: 39
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転倒経験者の二重課題遂行時における課題優先性
*紙谷 司山田 実上村 一貴永井 宏達森 周平青山 朋樹(MD)
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キーワード: 二重課題, 高齢者, 転倒
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抄録

【目的】
転倒リスク評価に二重課題法を用いた方法論は多くの報告によりその妥当性が示されている。一般的には単一課題(Single task;以下ST)に対する二重課題(Dual task;以下DT)での運動課題の変化量が大きい程転倒リスクが高いとされるのがその方法論である。二重課題のように多様な反応を示す場合、その特性を個別の指標ではなく課題全体の変化として捉えることが重要である。二重課題遂行時には主課題、副課題の間に互いの両立を妨げる相互作用が生じる。そのためそこには戦略としての課題優先性Priorityが発生する。例えば高齢者の特性として知られているPostural first strategyに代表される様な運動課題を優先させる場合、運動課題に対し認知課題のパフォーマンスがより低下する結果が予想される。このようにPriorityの偏移は各課題のパフォーマンスを大きく左右するため、二重課題による課題全体の変化を捉えるための有効な着眼点と考えられる。しかし、これまで転倒経験者の二重課題遂行における反応は運動課題、認知課題いずれかの個別の指標を見ているものが多くPriorityの点から課題全体の変化を捉えた報告はない。本研究の目的は転倒経験者の二重課題遂行時における課題優先性Priorityを検証し、その特徴を明らかにすることである。
【方法】
近年では運動機能の高い高齢者の方が転倒と二重課題遂行能力の関係性がより強いことが報告されている。したがって、当研究では測定対象者(地域在住高齢者)全員にTimed Up & Go testを行い、全対象者の中央値である10.35秒以下の運動機能を有する者277名(平均77.0±7.2歳)を解析対象とした。対象者は過去1年の転倒経験の有無から転倒群、非転倒群に群分けした。単一課題(ST)では、運動課題として15mの歩行路を通常歩行速度で歩行し、中央10mの歩行速度を測定した。また、認知課題として10秒間に50から順に1ずつ引いていく減算を座位にて行い、単位時間あたりの計算数を測定した。二重課題(DT)では15mを歩行中に100から順に1ずつ減算を行い、中央10mの歩行速度と単位時間当たりの計算数を測定した。また、各測定値についてDTによる変化割合を示すDual task lag(以下DTL)を計算式(ST-DT)/STにて算出し、それぞれ運動DTL、認知DTLとした。さらに運動DTL-認知DTLの値を課題優先性の偏移PS(Priority-shift)値とした。この値が0から離れているほどいずれかの課題にPriorityが偏っていることを意味している。統計解析では運動、認知DTL、PS値についてMann-whitneyのU検定を用いて転倒群、非転倒群の二群間比較を行った(有意水準5%未満)。
【説明と同意】
参加者には紙面および口頭にて研究の目的および方法などに関して十分な説明を行い同意を得た。
【結果】
転倒群は81名(平均77.4±7.6歳)、非転倒群は196名(平均76.8±7.1歳)であり、年齢及びST条件での歩行速度、計算数に有意差は認めなかった。転倒群の運動DTLは0.18±0.26、認知DTLは0.43±0.33、PS値は‐0.25±0.37であり、非転倒群の運動DTLは0.17±0.27、認知DTLは0.31±0.40、PS値は‐0.14±0.43であった。転倒群と非転倒群で運動DTLには有意差を認めなかったが(p=0.89)、認知DTLは転倒群で有意に高値を示し、PS値は転倒群で有意に負の方向に大きかった(p<0.05)。
【考察】
転倒群、非転倒群でDTによる運動課題の変化量には有意差がなく同程度の変化を示した。これに対して認知課題は転倒群で有意に大きな変化を呈し、PS値においても運動課題へのPriorityの偏移を有意に認めた。これらの結果から転倒群は運動課題のパフォーマンスを維持するために運動課題へPriorityがより偏移しており、認知課題のパフォーマンスを同時に維持することが困難となっていると考えられる。同時にこれは転倒群の運動パフォーマンスを維持するための戦略とも捉えられる。日常生活上で注意を奪われる場面はいわば不可避的な状況であり、Priorityを運動課題に維持させることは困難である。転倒群ではそのような場面で運動パフォーマンスを維持できず転倒に至る可能性が考えられる。
【理学療法研究としての意義】
転倒予防に向けたより効果的な介入を検討する際に、転倒経験者の特徴を捉えることは非常に重要である。今回の結果は転倒経験者の二重課題遂行における特徴の一つを捉えた有用な結果と考える。Priorityを意識した課題の設定や誘導を行うことで、課題全体の反応に影響を与えることができ、二重課題法をより効果的に転倒予防への介入に応用できる可能性が示唆された。

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© 2011 社団法人 日本理学療法士協会 近畿ブロック
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