抄録
1. はじめに
これまでの研究から、地表部の海水がマントル深部まで運ばれている可能性が指摘されており、さらにマントル鉱物には水素や水が存在し得ることが示されている。地球内部物質に構造的に取り込まれた水はその構成鉱物の物性に種々の変化を与えるため、地球深部における水の分布(広がり)を考えることは重要である。特に、マントル遷移層主要構成鉱物であるwadsleyite中の水素の拡散速度を調べることで遷移層における水の分布を考えることが可能になると考える。過去にはolivineなどの上部マントル構成鉱物中の水素拡散係数が調べられている(Mackwell & Kohlstedt 1990)が、マントル遷移層以深の鉱物についてはまだ全く実験が行われていない。このような背景を受け、本研究ではwadsleyite中の水素拡散係数を明らかにすることを目的とし高温高圧実験を行った。その結果からマントル遷移層における水の移動について考察を行う。
2. 実験方法
高圧実験は、東北大学理学部設置の3000 ton川井型高圧発生装置(MAP-3000)を用いて行った。圧力媒体にジルコニア、ガスケットにパイロフィライトを用い、圧力は予め作成された圧力較正曲線に基づいてプレス荷重から推定した。高温発生にはランタンクロマイトヒーターを用い、温度測定にはW97%Re3%-W75%Re25%熱伝対を使用した。水素拡散実験の方法として、2通りのアプローチを試みた。合成したwadsleyite多結晶体をNaCl + Mg(OH)2の粉末混合体に埋め込んで水素を拡散させるという方法と、含水濃度の異なる合成wadsleyite多結晶体を拡散対にして実験を行うという2通りの方法である。そのため本研究ではまずforsteriteから出発物質であるwadsleyite多結晶体、hydrous wadsleyite多結晶体を合成し用途により使い分けた。その後17 GPa、1073 - 1273 Kの条件下で水素拡散実験を行った。また現在は新たな方法による水素拡散実験を検討中であり、その結果も合わせて報告・議論したいと考えている。出発物質の含水量の見積もり、及び拡散実験後の濃度プロファイルの作成は東北大学設置のフーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)を用いて赤外吸収スペクトルを測定することにより行った。含水量・濃度の計算にはPaterson(1982)の較正式を用いた。FTIR分析に使用した機器は日本分光製のMFT-2000であり、波数分解能を4 cm-1として全て大気中で測定を行った。
3. 結果
実験結果から得られた水素拡散係数は、NaCl + Mg(OH)2を用いた実験では17 GPa、1073 - 1273 Kで約1*10-11 m2/s-2*10-10 m2/s、拡散対を用いた実験では、17 GPa、1073 - 1173 Kで約2*10-13 m2/s-3*10-12 m2/s、それぞれ顕著な温度依存性が確認できた。前者はolivineの水素拡散係数(Mackwell & Kohlstedt 1990) と概ね一致するが、後者ではolivineのそれよりも1,2桁程度遅く、実験方法の違いで拡散係数の値に差がみられるという結果になった。またwadsleyite中の他の拡散種と比較した場合、wadsleyite中の水素拡散係数はMg-Fe相互拡散係数より4,5桁程度遅く、Si自己拡散係数と比較すると8桁以上速いという結果になっている。なお本研究では多結晶体を用いているため、算出した拡散係数は粒内拡散と粒界拡散を含んだ有効拡散係数である。