抄録
上部マントルの主要構成鉱物であるオリビンの準安定相の存在により、沈み込むスラブのダイナミクスに大きな影響を与えたり、深発地震の原因 (Kirby et al., 1991) や相転移後のスピネルの細粒化による粘性の低下 (Riedel and Karato, 1997) が起こる可能性が議論されている。そこで以前からオリビンの相転移カイネティクスの多くの研究がなされてきた (例えばMosenfelder at al., 2002; Kubo et al., 2002)。また、近年になって水の存在が鉱物の物性に大きな影響を与えることがわかってきた。オリビンの高圧相の変形スピネルにも最大約3wt%もの水が含まれることがわかっており (Inoue, 1994; Kohlstedt et al., 1996)、相転移カイネティクスにも大きな影響があると考えられる。オリビンの相転移カイネティクスに対する水の効果について、今までに定量的な議論はなされていない。そこで本研究では、定量的に水の効果を明らかにするために放射光を用いた高温高圧X線その場観察実験をおこなっている。 高圧実験はSPring-8のBL04B1に設置されているKAWAI型高圧発生装置SPEED-1500によって行った。出発試料はMgO, SiO2, Mg(OH)2を混合してMg2SiO4+0.5wt%H2O、Mg2SiO4+0.2wt%H2Oの含水量を変えた2種類の組成を用いた。またカプセルには実験中のH2Oの流出を防ぐため、AgPdを使用した。温度はW3%Re-W25%Re熱電対によって測定し、圧力はNaClの状態方程式 (Decker, 1971) によって見積もった。実験は、まず初めにオリビンの安定領域である約10 GPa、1000-1100℃の条件で100分間アニーリングを行い、オリビンの多結晶体を合成した。その後温度を500℃に下げて目的の圧力まで加圧し、最後に10秒間の間隔でX線時分割測定を行いながら目的の温度まで急加熱を行った。実験の温度圧力範囲は14.2-15.2 GPa、730-900℃であり、過剰圧は2.0-2.7 GPaである。 本研究では10秒間の時分割測定によって、AgPdのカプセルに封入した試料のX線データから相転移の推移を観察することができた。出発試料がMg2SiO4+0.5wt%H2Oの場合15.2 GPa、900℃の実験では、900℃に達してから約50秒後に相転移が始まり、400秒後には完了した。14.2 GPa、810℃の実験では、約60秒後に相転移が始まり、約800秒後には約90%まで相転移が起こった。また14.4GPa、730℃の条件では非常に遅く相転移が完了するまでに8時間かかった。一方Mg2SiO4+0.2wt%H2Oでは14.3 GPa、820℃の条件で相転移が約90%に達するまでに100分かかった。これらのカイネティクスデータをCahn (1956) による速度式 (V=1-exp(-ktn), V:相転移率、k, n:定数、t:時間) で解析したところ、nの値は4つの実験で1.0-1.4となった。これは過剰圧が大きいため全相転移速度がほぼ成長によって律速されていることを示している。Brearley et al. (1992) はオリビン-変形スピネル相転移は粒界核生成-成長メカニズムによって起こることを報告した。よってCahnの粒界核生成-成長モデルに従って解析をおこない、成長速度を見積もった。この結果とKubo et al. (2002) の無水条件 (0.1wt%) の実験結果と比較すると、0.5 wt%の水が含まれることにより変形スピネルの成長速度が2-3桁、0.2 wt%では1-2桁程度大きくなることがわかった。以上のようにオリビンの相転移カイネティクスはわずかな水の量に大きく依存する。したがって実際のスラブの含水量によって準安定のオリビンが存在する領域はかなり変化することが示唆される。