蚕糸・昆虫バイオテック
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特集「カイコ突然変異体の原因遺伝子の単離とその利用について考える」
カイコ濃核病ウイルス抵抗性遺伝子群の単離とその利用
伊藤 克彦
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2022 年 91 巻 2 号 p. 2_115-2_122

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抄録

 1.はじめに

 養蚕業において,最も注意しなければならない課題は蚕病の防除である。ウイルス,細菌,糸状菌そして原生生物など数多くの病源が存在する中で,本稿で取り扱うカイコ濃核病ウイルス(Bomby mori densovirus; BmDNV)は,古くから問題視されている病原ウイルスの1つであろう。日本では,1960年代に長野県の養蚕農家で初めて発見されて以来,同県の異なる地域や山梨県の農家でも見つかっており,被害が報告されている(清水 1975;関・岩下 1980; Kurihara et al 1984)。また近年では海外においても,養蚕が盛んな中国やインドで同ウイルスによる被害が報告されている(Wang et al 2007; Gupta et al 2015; 2018)。

 このカイコ濃核病ウイルスとカイコとの関係において興味深い点は,ウイルス感染の成否が宿主カイコのもつ遺伝子によって決定されていることである。すなわち,ウイルス感染に対して抵抗性を付与する遺伝子をもっているカイコは,ウイルスの接種量や接種回数をどれだけ増やしても全く感染しない“ウイルス完全抵抗性”を示す。このような同一種の昆虫のなかで,感染するものと絶対に感染しないものが存在し,さらにその絶対が特定の遺伝子によって決定されている例は極めて稀であり,筆者が知る限り,カイコとカイコ濃核病ウイルスでしか見つかっていない現象であろう。

 それではこの“ウイルス完全抵抗性”を決定している遺伝子とはいったいどういう性質をもつものなのだろうか? 筆者はこれまで,カイコゲノム情報を利用したポジショナルクローニング法を用いて,この完全抵抗性遺伝子の単離・同定を進めてきた。そして現在までに2つの遺伝子の単離に成功している。本稿では,これらの完全抵抗性遺伝子におけるこれまでの研究成果と,現在インドと進めている完全抵抗性遺伝子を利用した蚕病対策について紹介する。

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© 2022 社団法人 日本蚕糸学会
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