蚕糸・昆虫バイオテック
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91 巻, 2 号
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特集「カイコ突然変異体の原因遺伝子の単離とその利用について考える」
  • 伊藤 克彦
    2022 年 91 巻 2 号 p. 2_071-2_074
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/10/03
    ジャーナル フリー

     言うまでもなく,カイコは遺伝学の研究対象として古くから利用されてきた昆虫種であり,その長い研究の歴史から,数百を超える突然変異体が発見および作出され,維持されている。これらは生物学上,貴重な遺伝資源であるとともに,カイコが優れた研究材料であることを示している。加えてカイコは,日本にとって長い養蚕の歴史から馴染み深い有用昆虫であるだけではなく,農業害虫の中で最も重要なグループであるチョウ目昆虫のモデルとしての側面をもつ。そのため,カイコにおけるゲノム研究は,基礎研究上のみならず農業上重要な研究課題の一つであったと考えられる。

     日本におけるカイコのゲノム研究は,1990年代後半から精力的に進められてきた。そして,2000年にカイコにおける形質転換体の作出法が確立され(Tamura et al 2000),さらに2004年にカイコのゲノム情報が公開された(Mita et al 2004)。これらの技術や情報を利用して,その後,カイコの突然変異体の解析が進められ,数多くの原因遺伝子が単離・同定されている。筆者もこれまで長くカイコのゲノム研究に携わり,いくつかの突然変異体の原因遺伝子を明らかにしてきた。現在,このカイコのゲノム研究の進展からもう 20 年近くが経とうとしている。

     今回,この約20年という時期に蚕糸・昆虫バイオテックで特集を取りまとめる機会をいただき,「カイコ突然変異体の原因遺伝子の単離とその利用について考える」というテーマで特集号を企画した。本特集号では,カイコの突然変異体解析の第一線にいる5名の研究者に,これまでに解析した突然変異体とその原因遺伝子についての紹介とともに,その単離した遺伝子を利用した今後の研究への展開について述べていただく。本特集に先立ち,序章として本稿ではまず,カイコにおけるゲノム研究がどのように展開していったのかの概略について述べる。続いて,そのゲノム研究の発展により,現在までに明らかになったカイコの突然変異体について紹介したい。

  • 藤井 告
    2022 年 91 巻 2 号 p. 2_075-2_084
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/10/03
    ジャーナル フリー

     はじめに

     九州大学におけるカイコの系統維持とその管理の歴史は古く,1910年代にまで遡ることができる。当時から変異体を中心として様々な系統が精力的に収集され,現在では遺伝子資源開発研究センターにおいて約500系統が純系として保存されている(伴野 2018)。この規模は,カイコの変異体のストックセンターとしては世界最大である。分子遺伝学的手法が一般化する以前は,カイコの変異体は個々の変異体が有する特徴的な形質に遺伝学的な解析価値があるだけでなく,交配実験に基づいて連鎖地図を構築するために重宝されていた。九州大学を中心として,全国の研究機関で行われた膨大な回数の交配実験によって同一の染色体に座上する突然変異の探索が行われると同時に,連鎖が確認された突然変異に関しては3点実験による座位の決定が行われてきた。そのようにして,約260の遺伝子座から構成されるカイコの形質連鎖地図が構築されると同時に,形質連鎖地図を根幹とした“家蚕遺伝学”という日本独自の学術分野が発展した。

     形質遺伝学の視点から見ると,連鎖地図上の各遺伝子座は,夜空を彩る星座のように,研究対象としての魅力を放っている。個々の変異体が示す形質的な差異は色,形,模様,行動,など多岐におよび,それらの現象の背景に潜む遺伝的な基盤に興味は尽きない。いわば連鎖地図は,お宝の在り処を示した地図のようなものである。しかし,連鎖地図を手に遺伝子の狩りに出ても,個々の突然変異の実態にDNAレベルで迫るのは至難の技であった。それが2008年にMbサイズのスキャホールド群を含むゲノム情報が公開されたことによって状況は一変した(International Silkworm Genome Consortium 2008)。ポジショナルクローニングによって,突然変異をゲノム上にマッピング可能になると同時に,絞り込まれた領域に存在するジーンモデルを参照することで,原因遺伝子の特定までもが可能になった。2008年はカイコの変異体研究において,連鎖地図からゲノム情報へのパラダイムシフトの年であった。

     それまでDNAレベルでの解析が困難であっために手つかずの状態に有った九大の変異体系統群は,突如として脚光を浴び,次々と研究者の解析対象となり,興味深い形質を示す変異体の原因遺伝子が遺伝学的に同定されていった。2022年4月現在,原因遺伝子が特定された突然変異の遺伝子座は60以上である。一方で,ポジショナルクローニングは原因遺伝子の同定において有力な手法であるが,非常に労力がかかる点は否めない。その点を打開する手法として,近年では変異体の研究に次世代シーケンスが盛んに用いられている。DNA-seqやRNA-seqにより,わずかな労力で変異体の原因遺伝子を同定することも可能になっている。本項では,筆者が変異体を扱って研究を行った経験に基づいて,変異体の原因遺伝子の同定に必要な古典的な手法や,次世代シーケンスを利用した新たな手法について紹介する。

  • 大門 高明
    2022 年 91 巻 2 号 p. 2_085-2_090
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/10/03
    ジャーナル フリー

     1.カイコの眠性

     昆虫の幼虫は脱皮を繰り返して大きく成長していく。カイコの場合,標準系統の幼虫は4回の脱皮を経て5齢幼虫となった後,繭をつくってその中で蛹へと変態する。しかし,カイコの系統の中には,幼虫の脱皮回数が3回に減るものや,5回に増えるものが存在する。脱皮回数が3回,4回,5回のものはそれぞれ3眠蚕,4眠蚕,5眠蚕と呼ばれる(図1)。

     20世紀の初頭,遺伝学の開祖の1人である外山亀太郎は,3眠蚕系統と4眠蚕系統との交配実験により,カイコの脱皮回数はメンデル遺伝する形質であること,3眠が4眠に対して優性であることを報告した(Toyama 1912)。その後,高瀬公之(1919),永井徳松(1919),野崎清(1922),中村鉄夫(1964)の4氏は,それぞれ独立に遺伝的5眠蚕を固定した。また,小倉三郎は,眠性系統の交配実験によって,眠性を決定する眠性遺伝子座(Moltinism,M)が第6染色体に座乗すること,3眠(M3,Trimolting),4眠(+M,Tetramolting),5眠(M5,pentamolting)遺伝子は複対立の関係にあり,3眠が優性,5眠が劣性であることを示した(Ogura 1926; 小倉 1931)。

     眠性はカイコの発育速度や最終的な体サイズを決定する重要な形質である。それにも関わらず,眠性遺伝子がどのようにカイコの脱皮回数を支配しているのか,その謎は100年以上もの間,未解決のまま残されてきた。たった1つの遺伝子座によって,どのように3回,4回,5回という脱皮回数の多様性が生み出されるのだろうか?

     一般に,幼虫の脱皮回数は,遺伝的要因と環境要因(温度,栄養,日長など)によって変化する。しかし,カイコのように,1つの主動遺伝子によって脱皮回数が変化することが明確に示された例はない。たとえばタバコスズメガの場合,終齢が5齢になる集団と6齢になる集団が存在するが,これら同士を交配しても脱皮回数がメンデル遺伝することはない(Kingsolver 2007)。したがって,カイコの眠性系統は,昆虫の発育成長メカニズムを理解する上で極めてユニークな生物資源であると言える。

     最近筆者らは,カイコのゲノム情報やゲノム編集技術を用いて,眠性遺伝子Mによるカイコの脱皮回数決定機構を明らかにすることができた(Daimon et al 2021)。本稿ではその概要を紹介する。

  • 富原 健太, 木内 隆史
    2022 年 91 巻 2 号 p. 2_091-2_103
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/10/03
    ジャーナル フリー

     1.はじめに

     昆虫は,赤・白・黒・黄・緑そして構造色など,様々な色を身にまとい,精巧にパターニングすることで模様を形成し,雌雄の判別や外敵への威嚇,擬態などを可能にしている。これらの模様を作り出すために,昆虫は様々な色素を合成し,蓄積している。昆虫の色素合成および輸送・蓄積経路は,強力な遺伝学ツールを持つモデル昆虫キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を用いて,主に明らかにされてきた。しかし,ゲノム情報の整備や CRISPR/Cas9 システムをはじめとする逆遺伝学ツールの発展により,キイロショウジョウバエのアドバンテージは,絶対的なものではなくなりつつある。本総説では,カイコ(Bombyx mori)の突然変異体を用いて昆虫の体色形成機構を研究する意義について,最近の研究を紹介しながら,特にトランスポーターに注目して議論していきたい。

  • 二橋 美瑞子
    2022 年 91 巻 2 号 p. 2_105-2_113
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/10/03
    ジャーナル フリー

     1.はじめに

     オモクローム色素は,昆虫に普遍的に存在する赤色〜紫色系の色素である。オモクローム色素の研究は,キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterの複眼色が白くなるwhite変異体やカイコBombyx moriの卵色変異体など(Morgan 1910; Toyama 1913),100年以上前に歴史をさかのぼることができる。1980年代以降に研究は一旦停滞したものの,近年はショウジョウバエ以外の昆虫におけるオモクローム色素の知見が更新されつつある(Figon and Casas 2019)。本稿では,オモクローム色素の合成とオモクローム色素顆粒「オモクロマソーム(om-mochromasome)」について最近の知見も含めて概説し,オモクローム合成遺伝子を応用した肉眼で判別可能なマーカーについても紹介する。

  • 伊藤 克彦
    2022 年 91 巻 2 号 p. 2_115-2_122
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/10/03
    ジャーナル フリー

     1.はじめに

     養蚕業において,最も注意しなければならない課題は蚕病の防除である。ウイルス,細菌,糸状菌そして原生生物など数多くの病源が存在する中で,本稿で取り扱うカイコ濃核病ウイルス(Bomby mori densovirus; BmDNV)は,古くから問題視されている病原ウイルスの1つであろう。日本では,1960年代に長野県の養蚕農家で初めて発見されて以来,同県の異なる地域や山梨県の農家でも見つかっており,被害が報告されている(清水 1975;関・岩下 1980; Kurihara et al 1984)。また近年では海外においても,養蚕が盛んな中国やインドで同ウイルスによる被害が報告されている(Wang et al 2007; Gupta et al 2015; 2018)。

     このカイコ濃核病ウイルスとカイコとの関係において興味深い点は,ウイルス感染の成否が宿主カイコのもつ遺伝子によって決定されていることである。すなわち,ウイルス感染に対して抵抗性を付与する遺伝子をもっているカイコは,ウイルスの接種量や接種回数をどれだけ増やしても全く感染しない“ウイルス完全抵抗性”を示す。このような同一種の昆虫のなかで,感染するものと絶対に感染しないものが存在し,さらにその絶対が特定の遺伝子によって決定されている例は極めて稀であり,筆者が知る限り,カイコとカイコ濃核病ウイルスでしか見つかっていない現象であろう。

     それではこの“ウイルス完全抵抗性”を決定している遺伝子とはいったいどういう性質をもつものなのだろうか? 筆者はこれまで,カイコゲノム情報を利用したポジショナルクローニング法を用いて,この完全抵抗性遺伝子の単離・同定を進めてきた。そして現在までに2つの遺伝子の単離に成功している。本稿では,これらの完全抵抗性遺伝子におけるこれまでの研究成果と,現在インドと進めている完全抵抗性遺伝子を利用した蚕病対策について紹介する。

報文
  • 栗岡 聡, 池嶋 智美
    2022 年 91 巻 2 号 p. 2_123-2_130
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/09/16
    ジャーナル フリー

     According to the sample survey results for 200 Shunrei x Shogetsu cocoons produced in 2018, the FFAs (fine fiber assemblies) were non-normally distributed. Interval estimation for the population mean value, based on the observation data, showed that the practical sample size necessary for testing the raw material cocoons for silk reeling was 30. Then, again based on the observation data, we investigated the percentage of cocoons with an FFA value of 20 or more (i.e., LQC [law quality cocoon] ≥20), which was considered to represent a higher risk of the occurrence of lousiness, and found the value to be 29.6%. As the percentage of LQC ≥20 follows a binominal distribution, the result of interval estimation for population proportion showed slightly less estimation accuracy when the sample size was 30. We, however, considered that the mixing ratio of LQC≥20 was an effective index for predicting the occurrence of lousiness hidden in the cocoon filament. The FFA values were obtained by converting the fine fibers separated from the cocoon filament to FFAs and quantitatively counting the FFAs, and it was possible to calculate the predicted number of FFAs per 1 cm2 of plainly woven fabric (FFA/cm2 fab) using untwisted yarn. The FFA/cm2 fab of the cocoons in this study was estimated to be 188. Thus, in addition to the FFA mean value of the raw material cocoons, the percentage of defective raw material cocoons (in which lousiness was likely to occur) was confirmed, by applying the FFA method to the inspection of cocoons. Once the FFA value was obtained, it was possible to predict the number of FFAs in silk fabrics. It is expected that, in the future, the developed FFA test method will be used as a novel method for determining cocoon quality.

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