2025 年 24 巻 p. 102-114
本稿は、フィンランドにおける高齢者介護現場を対象に、「良いケア」と「良い仕事」の両立可能性について民族誌的に検討するものである。フィンランドはこれまで、社会民主主義型の福祉国家として、質の高い介護サービスの提供と休暇制度を軸とする労働保障を維持してきた。しかし、人材不足の深刻化するケア市場において両者の併存が困難になっており、特に業務効率化への圧力が現場に深刻な影響を与えている。本稿では、訪問介護サービスにおいて、こうした変化が介護の質と労働条件にどのように影響を及ぼしているかを民族誌的に記述する。加えて、コロナ禍による労働環境の悪化が、ケアワークそのものの価値を低下させた過程についても考察する。ケアワーカーは、日々の業務において良いケアの提供と自らの労働環境の維持との間でジレンマを抱えており、個別の現場でその均衡を図りながら業務をこなしている。そうした描写から、労働としてのケアの性質や、労働保障としての休暇制度を成立させる広範な社会的背景について考えていく。