主催: 日本理学療法士協会 九州ブロック会
会議名: 九州理学療法士学術大会2023 in 熊本
回次: 1
開催地: 熊本
開催日: 2023/11/25 - 2023/11/26
p. 33-
【はじめに】 体性感覚障害の改善を目的としたアプローチの一つに、能動的感覚再学習がある。これは、手触りや形態が異なる対象物を遮蔽下にて触れ、その性質を区別したり選択肢から同定したりする介入方法であり、脳卒中後症例の感覚障害に対するアプローチとして広く用いられてきた。我々は、脳卒中後症例のみならず、運動器疾患に対しても応用可能なのではないかと考え、足底部に重度感覚障害を呈した腰部脊柱管狭窄症術後症例に能動的感覚再学習の導入を試みた。その結果、感覚障害の改善を得ることができたため、その経過を報告する。
【症例紹介】 症例は腰部脊柱管狭窄症術後(L3/4、L4/5後方固定術 L2/3開窓術)のリハビリテーション目的で、当院へ入院となった70歳代女性であった。入院時(術後15日目)からADLは概ね自立していたが、足底の重度感覚障害をきたしており「スリッパを履いたかわからない」との訴えが確認された。
【理学療法介入】 一般的な理学療法に加えて、先行研究(花田ら,2021)を参考に能動的感覚再学習を実施した。介入方法は以下のように課題を設定した。①関節運動覚:足趾を他動で上下に動かし運動方向を答える、②肌触り覚:異なる表面素材4種類を足底で触れ、目の前にある選択肢から同じ素材を選択する、③大小知覚:異なる大きさの木製の円柱4種類を足底で触れ、目の前にある選択肢から同じ円柱を選択する、④立体覚:形の異なる積み木4種類を足底で触れ、目の前にある選択肢から同じ積み木を選択する。なお、本介入は全て遮蔽下で実施した。本介入は術後38日目より開始し、1回20分の介入を1日2回実施し、介入期間は2週間とした。
【評価方法】 疼痛および痺れについてVisual Analogue Scale(VAS)を用いて測定した。また、体性感覚は表在感覚、運動覚、位置覚を評価した。
【結果】 介入後、腰部痛(VAS:介入前65 ㎜→介入後55 ㎜)、殿部・下肢痛(VAS:介入前70 ㎜→介入後55 ㎜)、殿部・下肢の痺れ(VAS:介入前75 ㎜→介入後50 ㎜)にそれぞれ改善を認めた。また、体性感覚について、右側の感覚は特に問題なく、左側の表在感覚は左足底内側(介入前3/10→介入後9/10)、左足底外側(介入前2/10→介入後4/10)、左足趾(介入前2/10→介入後4/10)、足趾の運動覚は(介入前2/5→介入後3/5)と改善を認め、足関節の位置覚は(介入前4/5→介入後4/5)と不変であった。実際の介入場面において、試行数を重ねるごとに各課題の正答率は向上するとともに、「スリッパを履いたのもわかってきた」との内省が得られた。
【考察】 腰部脊柱管狭窄症術後症例に能動的感覚再学習を行った結果、痺れと体性感覚の一部に改善を認めた。脳卒中後症例を対象とした先行研究において、能動的感覚再学習による感覚障害の改善機序は、体性感覚に関連した神経領域の活性化や他領域での機能代行(Carey, 2016)、他の感覚による代償(花田,2021)によって説明されている。本症例報告は術後の自然回復による影響を除外できていない点、また、どのような機序によって改善が生じたのか明確に説明できない点などいくつかの限界を有するものの、本症例の一連の経過によって、能動的感覚再学習は運動器疾患に起因した感覚障害に対しても改善する可能性が示唆された。