抄録
【はじめに】
今回高所より転落し右橈骨遠位端粉砕骨折、右肩関節周囲炎を呈した症例を担当した。本症例の右肩関節周囲炎は肩甲帯周辺に広範な筋の過緊張が認められ肩甲帯の動きを阻害していた。本症例の職業である板金塗装では力と精密さが要求され、前腕・手部の問題の解決と上肢中枢部の安定性向上の両方が必要であり末梢の動きの自由度・力を求める上で肩甲胸郭関節の安定性が必要であった。肩甲帯周囲の過筋緊張を抑制、肩甲胸郭関節の動きを促通するアプローチを行った。結果、肩甲胸郭関節安定し、右上肢動作の機能改善・安定性向上により仕事復帰した症例を以下に報告する。
【症例紹介】
症例は50歳代男性、身長183cm、体重80kg。診断名は右橈骨遠位端粉砕骨折 、右肩関節周囲炎。現病歴は平成19年12月1日仕事中2mの脚立より転落し受傷、同月4日に右橈骨骨接合術施行となる。同月26日よりリハビリ実施。ニードは仕事復帰。
【初期評価】
右肩甲帯周囲の筋緊張亢進。疼痛は肩動作時に肩甲上腕関節全体、頸部に痛みあり(VAS5/10)。ROMはActiveにて肩関節屈曲95伸展20外転95外旋30。座位姿勢は頸部軽度前屈、右肩甲骨軽度挙上内転位。肩挙上動作に着目すると、肩甲上腕関節屈曲とともに頸部前屈、肩甲帯挙上させるが肩甲胸郭関節の動きはほぼ出ず肩甲上腕リズムは消失している。動作中は肘関節、手指は常に屈曲位。前腕・手関節・手指機能低下(ROM制限、筋緊張亢進:前腕・手部全域、疼痛:前腕~手掌・手背VAS8/10、握力:右7kg、左48kg)。
【臨床推論】
肩挙上では、頸部前屈する事で僧帽筋、肩甲挙筋による肩甲帯の引き上げ、肘屈曲による肩関節モーメントアームを短くして肩にかかる負担を軽減させようとしている。右肩甲帯周囲筋の過緊張により、右肩甲帯のアライメント異常、肩甲上腕リズムを消失させ肩関節の可動域制限、疼痛を誘発している。
【アプローチ】
肩甲帯筋緊張亢進の軽減、肩甲胸郭関節機能改善、肩甲上腕関節の可動域訓練・関節包内運動誘導、前腕・手関節・手指の機能改善。
【結果】
肩甲帯アライメント改善、筋緊張軽減により肩甲胸郭関節の可動性向上、協調的な肩甲帯の筋収縮が行えるようになり正常な肩甲上腕リズム獲得した。ROMActiveにて屈曲170伸展35外転180外旋70に改善した。疼痛軽減。前腕・手部可動域・疼痛・筋緊張改善、握力:右35Kg、左49Kg。
【まとめ】
肩関節挙上動作および本症例のニードである板金塗装でのハンマー動作獲得を目指すにあたり、最も体幹近位に位置する肩甲胸郭関節の機能改善、安定性向上が必要であった。上肢遠位部である前腕・手部の機能改善だけでなく上肢中枢部である肩甲胸郭関節の機能改善・安定性向上双方に目を向けたアプローチが重要である。