抄録
【はじめに】
心原性脳塞栓症により、失語症・注意障害を呈した方を担当し、ADLは自立となったが、仕事などに使用していたパソコン(以下PC)入力に時間を要し実用性に乏しかった。そこで注意に焦点を当て介入を行ったところ、PC入力時間の短縮が図れたのでここに報告する。
【事例紹介】
40代男性の右利きで、H20.12.19に心原性脳塞栓症(左中大脳動脈領域)を発症し、軽度右片麻痺と運動性失語症を呈した。職業はスーパーの店員。
【作業療法評価】
屋内外独歩で、ADL自立。BI:100/100点、FIM:120/126点、STEF 右82/100点、左98/100点
神経心理学的所見:MMSE 25/30点、コース立方体IQ122、TMT-A 164秒、TMT-B 不可、CATは全体的に成績低下し、Visual cancellationは正答率100%だったが時間の遅延が見られ、Auditory DetectionやPASATなどの聴覚関連課題で低下を認めた。
PC入力の評価:50音の自発入力は24分かかり、24文字に介入を必要とした。その背景として、文字の想起、キーの探索、誤ったキーの修正ができずに繰り返してしまうことが挙げられる。
【問題点の分析】
PC入力場面の文字の想起は失語症の影響も示唆されるが、CATでの視覚性・聴覚性の選択的注意や分配性の低下が認められたことから、キーの探索に時間を要し、誤入力を修正できなかったことは、注意障害の影響があると考えた。
【作業療法の介入】
キー操作における問題点については、直接的なキー操作の練習は行わず、カードを用いて全般的な注意に対するアプローチを行った。a:50音カードの順をおったポインティング、b:50音カードでの指示された文字のポインティング、c:5種類の数字が書かれた3色×3つの形の計45枚を用いた、難易度の異なった分類課題。これらを3/16~26の期間で1回1時間実施した。
【結果及び考察】
TMT-A 133秒、TMT-B 182秒、CATでは各項目で成績が向上し、その中でもVisual cancellationなど視覚課題の所要時間の短縮、Auditory DetectionやPASAT など聴覚性課題の成績の向上が認められた。PCでの50音の自発入力は全て自力で5分で可能となった。誤入力に関しては、すぐに自分で気づき修正することが可能となった。失語症を伴った患者にとって、PC操作は文字の想起や文字キーの探索、ローマ字入力といった言語に関連した機能であるが、今回の評価から注意の問題が示唆されたことにより、注意機能に焦点を当てて、段階付けを行いながらアプローチを実施した結果、直接的なキー操作へ介入しなかったにも関わらず、改善が認められた。このことは、高次脳機能障害に対して精査を行い、分析をすることの重要性と注意機能は様々な高次脳機能の基盤となる機能であるといわれており、豊倉が述べている「機能障害のレベルで注意障害が改善すると他の認知機能や社会生活上の作業・行動面への効果も期待できる」ということを検証できたと考える。