抄録
【はじめに】
変形性膝関節症(膝OA)に対して行われる人工膝関節全置換術(以下TKA)は,疼痛の緩和と歩行能力の改善が大きく期待できる.しかし,術後に全荷重による歩行が可能になった時期においても,スムーズな膝の関節運動が見られず,姿勢や歩容が改善しない症例を経験する.この様な歩行を呈する患者を前額面上より観察すると,立脚期において左右への体幹の動揺が大きく,十分な推進力が得られないため歩行速度が遅いといった印象を受ける.そこで今回,TKA術後患者の歩行中の膝関節の可動域と前額面上で観察される体幹の動揺との関連性について検討した.
【対象】
2010年8月以降に当院でTKA(Scorpio-NRG)を行い,10m以上の独立歩行が可能な52膝(平均年齢76.5歳)を対象とし,矢状面より歩行分析を行った結果からDouble Knee Actionが認められた群を良好群(41膝)認められなかった群を不良群(11膝)とし2群に分類した.対照群は関節性疾患を有さない健常群30膝(平均年齢24歳)とした.
【方法】
体幹動揺の計測は,術側の上前腸骨棘と肩峰をマーキングし,自由速度で10mの独立歩行を実施させ,その際の上前腸骨棘を通る床への垂線と肩峰がなす角度で算出した.計測は立脚相におけるinitial contact(IC)・loading response(LR)・mid stance(MS)・terminal stance(TSt)の4場面で求めるため,デジタルビデオカメラを2台用意し,前額面と矢状面の2方向から撮影した.その際,両ビデオカメラの視野に入る位置でデジタルカメラのフラッシュを1回発光させ,この発光時間を基準に両ビデオカメラの時間軸を同期させることで簡便な3次元動作解析を可能としその映像をインク社製フォームファインダーを用いて解析し,3群間で比較した.
【結果】
IC-LRまでの体幹動揺は健常群で内側に0.15°に対し良好群は外側に0.38°,不良群は外側に1.23°変位した(P<0.05).MS-TStでは健常群で内側に1.47°に対し,良好群は内側に1.35°,不良群は内側に2.83°変位した(P<0.05).また10m歩行速度は良好群が有意に高い結果となった(P<0.01).
【考察】
TKA術後の歩行において,Double Knee Actionが認められない症例は,IC-LR間においては,膝関節の屈曲角度が少ないために,体重負荷の衝撃吸収が十分に行えず,その結果体幹が大きく外側へ動揺すると推察した.その後,体幹の外側への動揺を正中位に戻すため,MS-TStでは体幹が内側へ大きく傾く.この様にTKA術後にスムーズな膝の関節運動が見られない症例は,立脚初期から立脚後期にかけて体幹の動揺が増幅しその結果,歩行時における前方への推進力が減少し速度が低下すると推察した.