ラテンアメリカ・レポート
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上英明 著 『外交と移民―冷戦下の米・キューバ関係』
山岡 加奈子
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2020 年 36 巻 2 号 p. 91

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本書は、1年前にケンブリッジ大学出版局から出たDiplomacy Meets Migration: US Relations with Cuba during the Cold War (第35回大平正芳記念賞受賞)の日本語版である。序章と終章を含め9つの章に分かれ、時系列に沿って叙述が進む。まず序章で本書の問題意識と研究の枠組みが述べられた後、1章でキューバ革命の歴史的背景、米国との対立、米国へ亡命したキューバ人たちの反革命活動が説明される。2章では、反革命活動を支持しなくなった米国政府に愛想をつかした亡命キューバ人たちが、自力で反革命武力闘争を開始する1970年代をとりあげる。米国政府は亡命キューバ人テロリストの取り締まりには後ろ向きであった。

3章は、冷戦期にもっともキューバとの関係改善を進めたカーター政権期をとりあげる。この時期、キューバ政府が亡命者の里帰りを解禁したことで、問題は複雑になる。里帰りした親族から米国の豊かな消費生活の話を聞き、移住希望者が増えた。それが1980年のマリエル難民事件発生のひとつの要因になったと本書は論じている。4章で詳しく分析される同事件では、米国・キューバ両政府の予想をはるかに超える12万5千人が米国に移住したが、移民政治が政府のコントロールを超えて、事態を深刻にした好例となった。

5章で扱われているレーガン政権期には米国・キューバ関係は後退し、レーガンと亡命キューバ人社会との関係が強化される。続く6章でグレナダ侵攻とマリエル難民事件の後始末が扱われる。亡命キューバ人団体が反革命ラジオ放送ラジオ・マルティをレーガンに導入させる経緯が興味深い。ソ連崩壊前後の時期を扱う7章では、キューバとの関係改善の必要性を感じなくなった米国政府がキューバとの対話を中断し、ソ連・東欧に続くキューバの民主化を要求する。この関連で1992年の対キューバ経済制裁強化法が亡命キューバ人団体の後押しによって成立する様子を描写している。終章では、2015年の米国・キューバ国交正常化に関連して、近年のキューバ系社会が新世代の移民を受け入れることで変容しつつあるが、両国政府の歴史的対立は継続しており、オバマ大統領が呼びかけた和解への道のりは困難であると結ばれている。

膨大な資料を米国、キューバ、日本、カナダ、英国などで広く収集し、先行研究が実証しきれていない史実を、多数の新規公開資料に基づき跡付けている。日本における米国外交史および米国・キューバ関係史研究に大きな貢献となる労作である。

 
© 2020 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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