ラテンアメリカ・レポート
Online ISSN : 2434-0812
Print ISSN : 0910-3317
資料紹介
田村剛 著 『熱狂と幻滅―コロンビア和平の深層』
坂口 安紀
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2020 年 36 巻 2 号 p. 97

詳細

「コロンビア革命軍」FARCは、最盛期には1万7000人の兵士を抱え、国土の3分の1を実質支配していたコロンビア最大の左翼ゲリラ組織だ。貧しい農民が土地の分配を求めて組織化したことにはじまり、その後資金獲得のために誘拐や麻薬の密造・密売を拡大させた。彼らによる誘拐殺人などの犯罪行為で政治家、企業家、一般市民の多くが犠牲になり、また彼らと国軍や右派武装組織パラミリターレスとの抗争で多くの兵士や農民が命を落とし、村を追われ国内避難民となった。FARCとの和平交渉は過去幾度も試みられてきたが成功せず、サントス大統領が2016年にようやく合意にこぎつけ、ノーベル平和賞を受賞したことは記憶に新しい。和平によりFARCは武装解除し、政党となったが、その後和平見直しを主張するドゥケが大統領に選出され、またFARCの元幹部が合意から離脱するなど、先行きは不透明だ。

本書は、ちょうどサントス政権とFARCの間で和平交渉が進行していた2015年から、和平合意の成立、国民投票での否決、ノーベル賞の受賞、そして合意修正案の国会での決定へと進む時期に、FARCリーダー、サントス大統領、そして多くのFARC兵士や一般市民にインタビューを重ねた、渾身のルポである。

FARC兵士の多くは、農村出身の若者で、FARCこそが貧困から農民を救ってくれると信じて自ら入隊したものもいれば、強制的に入隊させられたものもいる。その多くは青少年期(幼い場合は10才以下)から家族と離れてFARC兵士として生きてきた。武器を抱えてジャングルを転々とし、時には人を殺し、殺されるFARCの野営生活が、彼らにとってほぼ唯一の世界であり人生だ。殺害を肯定する残虐な兵士の顔の裏には、純粋で素朴な若者の顔がのぞく。

若者たちはなぜFARC兵士となったのか。彼らは何を考え、どのような生活をしているのか。なぜ和平合意が成立したのか、それは彼らFARC兵士にどのように受け止められたのか。そして当初は多くの国民の支持を受けていると思われた和平が、国民投票でなぜ否決されたのか。このような問いに、筆者はFARC幹部や兵士、サントス大統領、一般市民の声を多数聞くことで、迫っていく。この時期にFARCは野営地へのメディアの立入りを許可していたとのことで、筆者は、ジャングルの中の彼らのキャンプに寝泊まりし、彼らの素顔に接近する。FARCを単なる暴力装置としてだけではなく、一人ひとりの構成員の人となりや人生を描くことで、コロンビア和平を多面的に描写することに成功している。一読を強くおすすめしたい一冊だ。

 
© 2020 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top