ラテンアメリカ・レポート
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論稿
ボリビア2019年選挙をめぐる紛争
宮地 隆廣
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2020 年 37 巻 1 号 p. 1-13

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要約

ボリビアの2019年国政選挙は実施後に大規模な市民の抗議行動を引き起こし、当時の現職大統領であり同選挙で4選を果たしたモラレスの亡命を招いた。この事件に対しては、(1)モラレス側を強く批判する説明、(2)モラレス退陣を求める側を強く批判する説明、そして(3)ボリビアと同時期に大規模抗議運動が発生した国々との共通点を指摘する説明がある。本稿はそのいずれもが事態の説明としては過度に単純化されたものであることを指摘する。第一に、(1)と(2)は自らが擁護する側の暴力や不正の可能性に沈黙している。第二に、(1)が指摘する選挙における不正はいまだ実態不明であり、それを既成事実とした批判は成立しない。第三に、(2)は革新モラレスと保守的な抵抗勢力の対立として今回の紛争を捉えるが、革新勢力が反モラレス側にいることを無視している。第四に、(3)が重視する紛争の要因としての経済悪化やそれに伴う市民の不満の高まりについて、それを裏付けるデータは不十分なうえに、抗議行動が不透明な選挙過程を最も重視していた事実を看過している。

はじめに

2019年10月20日にボリビア大統領・議会選挙が実施された。同国では2005年の選挙以来、エボ・モラレス(Evo Morales)率いる革新政党「社会主義運動」(Movimiento al Socialismo: MAS)が一党優位にあり(表1)、2019年選挙でもまた同党の優位は揺るがなかった。大統領選ではモラレスが過去に3度、過半数の得票にて勝利を収め、2019年選挙では40%以上の票を集め、かつ次点候補と10%以上の差をつけたことから、憲法の規定により決選投票をまたず勝利となった。議会選でもMASは圧倒的であり、とりわけ2009年と14年の選挙においてMASの議席は総議席の2/3を超え、憲法改正を自由に行うことができた。2019年選挙では、MASは総議席の2/3こそ得られなかったが、過半数は確保した。

(出所)ボリビア選管広報より筆者が作成。

(注)2009年2月に新憲法が公布され、上院定数が変更された。2005年上院ではキロガの率いる党が13議席を得て、MASは第2党となった。2019年選挙は同年11月24日の法令1266号により無効とされた。

了泉庵[2020]が詳述するように、2019年選挙以降の流れは激動と呼ぶにふさわしい。選挙結果に疑義が示されると、与野党支持者が街頭で激しく衝突した(写真1)。モラレスから暴動鎮圧の命令を受けた警察は指示に従わず、MASを構成する市民組織の代表から警察長官、軍司令官まで複数の政権関係者がモラレスに退陣を促した。モラレスは再選挙を約束するも紛争は収まらず、11月12日にモラレスは副大統領とともにメキシコに亡命し1、大統領職を承継する地位にあるMAS議員(上下院議長と上院第1副議長)も辞職した。

大統領に就任したのは保守系野党「全国統一戦線」(Frente de Unidad Nacional)に属する上院第2副議長のジャニネ・アニェス(Jeanine Añez)である。アニェスはMASが支配する議会と協議のうえ、2019年選挙の結果を無効とし、選挙管理委員会(以下「選管」)の人員を入れ替えてやり直し選挙を行うことを決定した。その後、アニェス自らが大統領選への立候補を表明し、MASを含む複数の政党も候補者を確定させ、選挙日も5月3日に決まったものの、新型コロナウイルスの感染拡大により選管は選挙の延期を決定した。本稿執筆の時点(6月5日)では、やり直し選挙は9月6日に実施予定である。

写真1 モラレス支持者によるデモ行進。高地先住民の象徴である旗(ウィパラ)が掲げられている。(ロイター/アフロ)

モラレス亡命のニュースは世界で取り上げられ、すでに数多くの論考が発表されている。本稿はこれらの論考を見直し、事態を慎重に判断する必要があることを提案する。

1. これまでの論考の要点

モラレス亡命はボリビア国外の論者によって強い主張をともなって論じられることが多い。それらは遅野井[2019]やOppenheimer[2019]のようにモラレス=MASを強く批判するもの、伊高[2020]やDussel[2019]のようにモラレスに対抗する勢力を強く批判するもの、そして2019年にボリビアとボリビア以外で発生した紛争を同列に扱って解釈するものがある。

(1) モラレス批判論

モラレスや社会主義運動(MAS)を批判する論調は、モラレス政権にはこれまでの政治運営と選挙過程に深刻な汚点があるため、モラレスは国を追われるべくしてそうなったと主張し、おもに次の4点を指摘する。

第一に、モラレスは憲法で認められていない立候補を強行した。彼の政権下で成立した現行の2009年憲法は大統領の連続3選を禁じているが、MASの支配する議会が2015年12月にそれを廃する憲法改正案を可決した。同案は翌年2月に国民投票に付され、反対51.3%で否決されたものの、後にMAS議員らが再選禁止を明記する選挙法に違憲審査請求を提出し、2017年11月に憲法裁判所(以下「憲法裁」)がその判決を通じて、憲法の再選禁止を無効とする決定を下した。当時の憲法裁判事は2011年に選挙で選ばれており、立候補にはやはりMASの支配する議会の承認を要することから、その判決がMASの意向に偏していることが疑われた。

第二に、不透明な選挙運営が問題とされる。2016年の国民投票にて選管はMASの意向に反する結果を下したが、憲法裁がモラレスの立候補を可能にした後、選挙当日に至るまでに代表を含む100名を超える選管職員が辞職・解雇となった。政府による世論調査への資金提供など違法行為の処理を選管が怠っているなど2、離職者の語る内情は選管への政府与党の介入を疑わせるものであった。さらに、選挙後の開票速報では、終盤に差し掛かった時点で更新が24時間中断され、その前後でモラレスと次点候補者の得票差が7.87%から10.14%に広がったことから、過半数の得票に達しないモラレスが決選投票を避けるべく、結果を操作した疑いがもたれた。選挙監視団を派遣する米州機構は速報終了後にこの変動を説明困難と指摘するとともに、モラレス政権の依頼を受けて調査を実施した結果、同一人物が複数の投票所の集計票を書いた可能性が高いことなどの問題点を指摘した[OEA 2019]。

第三に、MASは選挙後とりわけモラレス亡命後の街頭紛争を扇動したとされる。同党首脳部は支持者に対し、「内戦」(guerra civil)も辞さずに反対者と衝突するよう命じたといわれている。アニェス政権はモラレスの指示で抗議を主導したとされる男を4月に逮捕した。

最後に、2019年選挙をめぐる政府の振る舞いは、モラレス政権がかねてより持っていた非民主的な性格の表れであると指摘される。深刻な汚職、野党政治家や政府を批判するマスコミに対する脅迫、そして政府が強力に主導した農村部のインフラ整備や資源開発により、自然や地元住民に被害を与えてきたことがその例である。

(2) モラレス擁護論

モラレスを擁護する議論は、彼が公正な社会の実現をめざし、それに相当程度成功し、大統領選挙でも首位にあったにもかかわらず、暴力的に亡命させられたことは許容できないと唱え、おもに4つのことを指摘する。

第一に、モラレス亡命に先立つ国家の強制力、すなわち軍と警察の動きが問題とされる。警察がモラレスの暴動鎮圧の命令に従わず、軍司令官と警察長官が彼に辞任を迫ることは民選の大統領に対する国家強制力の反逆であり、政治への介入であると考えられる。擁護論者やモラレス自身がアニェスへの政権交代をクーデターと呼ぶのはこのためである。

第二に、反モラレス側こそ選挙後の街頭紛争で暴力的であったことが指摘される。実際、MASの政治家に対する傷害や住居放火が発生している。MAS議員が大統領職を承継しなかったのも、こうした脅迫が原因であるとの指摘もある。

第三に、反モラレスの運動は彼が体現する価値を否定するものだと批判されている。モラレスは新自由主義や米国の覇権と闘う21世紀ラテンアメリカ左派大統領のひとりとして知られるが、同時にラテンアメリカ社会で歴史的に劣位におかれてきた先住民の出自を持つ点も重要である。彼のおもな公約のひとつは先住民の地位回復など多様な文化の共存する社会の実現であり、先述の2009年憲法はその最大の成果である。この憲法は国名をボリビア共和国からボリビア多民族国(Estado Plurinacional de Bolivia)へと改め、アンデス高地先住民の旗であるウィパラ(wiphala)を国旗とともに国の象徴として認め、さらには文化多様性を尊重する観点から国家と宗教の分離を謳った。

これに対し、選挙後の反モラレス運動ではこの価値を否定する動きがあった。街頭でウィパラを燃やすパフォーマンスや、制服に縫い付けられたウィパラを切り取る警察官の姿がマスコミで報じられた。また、抗議行動で主導的な役割を演じ、モラレスの支持基盤である高地部に対抗してきた低地部最大の保守系市民団体「コミテ・プロ・サンタクルス」(Comité Pro Santa Cruz)の代表フェルナンド・カマチョ(Fernando Camacho)は、十字架や聖書を手にキリスト教色の強い言説を発し、近年の米国やブラジルで見られるキリスト教保守主義の台頭を彷彿とさせた。アニェスもまた低地出身であり、かつて先住民文化を蔑む発言をしたことが取りざたされるとともに、大統領就任時に官邸のバルコニーから市民に向けて演説した際、聖書を掲げたことが物議を醸した。

最後に、モラレス政権の優れた経済実績が指摘される。新自由主義に反対するモラレス政権は一貫して、天然ガス開発などボリビアに利益をもたらす基幹部門を政府が管理し、その利益を政府がインフラ整備や社会政策に分配するという開発モデルを維持した。炭化水素資源や大豆などの農産品をおもな輸出品とするボリビアは、その国際的な価格高騰の恩恵を受けて輸出を大幅に伸ばし、政府は潤沢な収入を得た。モラレス政権期に1人あたりGDPは実質で約40%増え、1.9米ドル/日の消費を基準とする貧困率は19%から6%に減少した3

(3) 2019年の紛争の一事例としてのボリビア

2019年にはボリビアのみならず、南米ではチリやエクアドル、コロンビア、南米外では香港やフランス、トルコなどでも大規模な抗議行動が発生した。筆者が確認できたかぎりで、新聞などでボリビアとともに言及された国は20を超える。このことを取り上げる論考は、なぜこれほど多くの国で同時期に運動が大規模化したのかを論じている。

論者によって力点に差があるが、指摘される要因はおおむね共通している。すなわち、グローバル化する経済のなかで貧困や格差といった社会経済的問題が生じ、汚職をはじめとする政治的問題も解決されないなか、SNSの普及などコミュニケーション手段の変化が不満を共有する人の結束や共同行動を促しているというものである[Brooks 2019]。

南米の大規模抗議行動に絞って共通の要因を指摘する議論もある。貧困、格差、汚職に加え、コモディティ輸出に依存する南米諸国の経済がその価格高を享受するなか、2010年代にその価格が下落したことで経済が失速し、人々の不満を高めた。とりわけ、好況期に拡大した中間層は景気後退によって生計の危機に直面し、公共サービスの質にも敏感であることから、その怒りを噴出させることになったとされる[遅野井 2020]。

2. 4つの問題点

以上にまとめた主張はわかりやすく、各々のなかで一貫性を持ち、共感する読者に強い訴求力を持つ。しかし、そうしたわかりやすさは状況の単純化と表裏一体でもある。

(1) 汚点の免罪符としての成果や大義

まず、モラレス批判論と擁護論には共通して、自らに都合の悪い指摘に言及しない傾向がある。たとえば、モラレス批判論は非民主的なモラレスを追放した成果を強調しながら、亡命に追いやった反政府派の暴力について沈黙する。モラレス擁護論もまた彼の政権が実現した成果を理由に、選挙に至る過程で見せた当局の不透明さを問題とはしない。

これに関連して、ボリビア国内ではモラレス支持者と反モラレスの人々には同じ問題があるという指摘が多数出されてきたことは注目できる。モラレス政権発足前からモラレス批判を展開してきたフェミニズム活動家のマリア・ガリンド(María Galindo)はその代表的論客である。ガリンドは、意見の異なる人々への非寛容は双方に共通していることを指摘し、一方の陣営を否定することが他方の陣営を擁護するという図式にならないよう、双方に等しく批判を加えていく必要性を唱える[Galindo 2020]。こうしたバランスを重視する見方は、わかりやすい図式に乗った一方的な説明に対する批判として注目されるべきである。

(2) 選挙不正を前提にしたモラレス批判

モラレス批判に固有の問題としては、当局が選挙不正を行ったという前提で議論を進めていることがある。選挙で本当に不正があったか、不正はモラレスや社会主義運動(MAS)によってどの程度計画的に行われたのか、そして不正によってモラレスやMASが真の結果よりもどの程度過大に勝利したかは不明である。米州機構の報告書についても、その内容が実態に迫るものであるとはいえ、外部者による一報告書であることに変わりはない。また、真の開票結果に関する推計も行われているが、その結論は一致していない[Curiel and Williams 2020; Newman 2020; Nooruddin 2020]。最後に、アニェス政権は選挙不正のかどで選管職員らを逮捕しているが、まだ有罪は確定していないうえに、アニェス自身がやり直し大統領選への出馬を表明したことで、捜査の中立性も危ぶまれている。

選挙過程についてモラレス政権を批判するなら、不正をしたことを前提としない議論を展開せねばならない。ここで重要となるのは、政府が選挙の公正さについて有権者の信用を得る説明責任を果たしてきたかにある。一般に、選挙において有権者はすべての開票・集計に携わらないため、選挙運営に携わるものへの信頼をもって選挙結果を受け入れる。

図1は2019年大統領選候補者の支持に関する世論調査の結果の推移である。世論調査は各々にサンプルサイズなどの条件が異なるため、厳密に数値の比較はできないが、結果を散布図にすることで支持の趨勢を把握することは可能である。総じて、モラレス支持の厚い農村部は調査対象に十分含まれないため、実際のモラレスの支持率は図で示すよりも高めであることが予想される。つまり、モラレスが過半数の票を得られるか、そして次点の候補者に10%以上の差をつけられるかは際どいところであった。この状況では、意図的な不正にせよ、意図せざる手違いにせよ、選挙運営の小さな失敗が結果に決定的な影響をもたらす。

(出所)ボリビア国内新聞記事をもとに筆者作成。

(注)第3位候補者はドリア(2017年1~5月、2018年8、10、11月)、ルベン・コスタス(Rubén Costas)(2017年8月~18年5月、10、12月)、オスカル・オルティス(Óscar Ortiz)(2019年1月~10月)で、いずれも保守系。同じ月に複数の世論調査が行われている場合がある。線グラフは上からモラレス、メサ、第3位候補者のプロットに対する4次近似曲線。

先述のとおり、モラレス政権は2016年の国民投票にて僅差の選挙を経験している。この時は選挙前に選管に対する強い不満が表明されることはなく、選挙結果に対する疑いに対しても選管は積極的に説明に応じ[OEP 2016]、政府与党であるMASはその結果を受け入れた。しかし、その後多数の職員が選管を去り、選管に向けられる批判や異議申し立てに根本的な対応をしないまま、選挙当日を迎えたことは大きな問題であった。選挙運動期間中にはカビルド(cabildo)と呼ばれる、政府与党に抗議する超党派的な大規模集会が各地で多数開催されたが、その主要な決議内容はつねに選管の再編成であったことも想起するべきである4

結果を有権者に受け入れてもらえる選挙運営をできなかったモラレス政権は、選挙の結果が出る前の時点ですでに失敗していたといえる。

(3) 反モラレスの保守性を前提としたモラレス擁護

モラレス擁護論の最大の問題点は、今回の紛争をモラレス=MAS率いる革新勢力とカマチョ率いる保守勢力の対立として理解していることである。この理解の歪みを示す端的な事実として、表1に示した4つの大統領選のうち、2019年だけは次点の候補者が保守派ではないことがある。次点であるカルロス・デ・メサおよび彼の所属する政党連合「市民共同体」(Comunidad Ciudadana: CC)は、モラレス政権の唱える政府主導の開発モデルの継続と多文化共存の尊重を主張する一方、キリスト教的言説を含め宗教にまつわる主張を一切行っていない。つまり、経済と文化という保革の位置づけを知るうえで重要なふたつの側面において、メサ=CCはカマチョではなくモラレス=MASに近い。メサ=CCのモラレス政権への批判もまた政策の理念そのものではなく、汚職や人権侵害、環境破壊など政策の運用の側面に集中している5CC 2019]。

むろん、メサの支持者が彼の掲げる理念に共感しているとは限らない。2019年選挙では野党第一党から代表的保守政治家であるオスカル・オルティス(Óscar Ortiz)が立候補したが、その支持率はメサのそれと連動して変化している(図1)。行政実務の経験は豊富であるものの、全国的な知名度に欠け、エリート然とした振る舞いの目立つオルティスの人気はつねに低調で、カマチョ率いるコミテ・プロ・サンタクルスなど保守的な市民組織もオルティスへの支持に最後まで消極的であったため、本来ならオルティスを支持するはずの保守的有権者が有力な野党候補であるメサに支持を寄せた可能性は高い。

この点については、今後の世論調査の分析を要するが、現時点では次のような推論から、メサ支持者が保守的有権者であるというモラレス擁護論の想定は極端であると考えられる。あえてモラレス擁護論の想定を受け入れ、今回の選挙を革新モラレスと保守メサの対立と考えるなら、なぜメサはMASと競合する革新的公約をわざわざ掲げたかを説明する必要がある。メサが保守的であるという仮定に従えば、革新的な公約を掲げたのは彼の信念ではなく、一定の支持が望めるという予想に基づいた選挙上の戦略だということになる。このことは、モラレス=MASを支持せず、かつオルティスのような保守候補者も当然支持しない革新的有権者層を想定せずには理解できない。

(4) ボリビア以外の紛争事例との共通性

最後に、ボリビアでの抗議行動を同国以外の事例と同様に説明することの問題点を指摘する。大規模な抗議が起こり、そこに貧困や格差、汚職などの問題があれば、両者に因果関係を見出すのは当然の発想であるが、そこには問題の深刻さや変化を加味することと、各紛争の固有の文脈を考慮することの2点が欠けている。ここまで、モラレス政権をめぐっては政治的問題が前面に出ていることがわかっているので、以下では経済的問題に焦点をしぼる。

第一の問題点から始めると、ボリビア経済の動向については悪化傾向を強調するものと[遅野井 2019]、良好さを強調するものがある[了泉庵 2020]。こうした相違は指標がどちらにも解釈可能であることに起因する。先述のとおり、モラレス政権の経済実績は目を見張るものがあるが、2019年を含む近年の動向は解釈が難しい。国立統計局(Instituto Nacional de Estadístida: INE)の速報によれば、2019年の実質経済成長率は2.2%と昨年より半減し、モラレス政権期間中最低となったが、インフレ率は1~10月累積で1.92%と穏やかであった。失業率は資源ブーム終了以来4%から上昇傾向にある一方、2019年第3四半期時点では5.07%で、この3年は横ばいである。さらに、中間層の危機を知るうえで参考になる民間部門の賃金動向は全体的には上昇傾向で、ホワイトカラー労働者に限定しても横ばいである6図2)。

(出所)INEウェブサイト(https://www.ine.gob.bo/)より筆者作成。

(注)2004年ボリビアーノ実質値。2019年は予想値。

経済指標とともに、経済に対する人々の認識も考慮を要する。チリの紛争を分析したEdwards[2019]は、同国の経済指標は改善した一方、格差は拡大したという認識を市民は持っており、これが紛争の激化につながった可能性を指摘する。これは、良好な経済指標を理由にボリビアでは経済が争点ではないと安易に結論することを戒めるものである。

世論調査プロジェクト「ラティノバロメトロ」(Latinobarómetro)は、ボリビア市民の経済に対する認識が、資源ブーム後に悪化傾向にあることを示しているが、その解釈もやはり難しい。たとえば、自国経済の現状についてボリビアでは2013年に全回答者の8%が否定的な評価をして以来、最新の2018年にその率が18%まで上昇している。ただ、その水準は絶対的な意味でも、そして紛争が起きた先述のチリ、エクアドル、コロンビアと比べても低い(図3)。また、自国の所得分配の公正さに関する評価では、不平等の深刻なラテンアメリカにあって軒並み高い値が記録されているが、チリやコロンビアに比べると、ボリビアはエクアドルと並んで低い(図4)。

注目すべき質問項目としては「あなた個人に最も影響を与えた問題」がある。最新の2018年と10年前を比べると、最も多い答えは両年とも「経済的・資金的問題」であった(2008年: 24%, 2018年: 24.7%)。ところが、2008年で2番目に多い「物価」15.9%は2018年に0.004%に急落し、2018年に2番目に多い回答は2008年で4位の「職がないこと」で、率は7.4%から20.3%に急増した。これは中間層の脆弱性を示唆する際立った変化といえる7

以上より、資源ブーム以後の景気の長い下り坂のなかで、これまで比較的低かった経済に対する不満が近年高まっているとは言えても、ボリビア経済があらゆる指標において悪化し、市民が強い不満を招いたとは言い難い。経済の悪化を今回の政治紛争の背景にする主張は、その主張に沿ったデータだけを見ている恐れがある。

(出所)Latinobarómetroより筆者作成。

(注)5段階評価のうち「悪い」(mala)および「非常に悪い」(muy mala)と答えた者の比率。

(出所)Latinobarómetroより筆者作成。

(注)4段階評価で「不公正」(injusta)「非常に不公正」(muy injusta)と回答した者の比率。

さらに、経済的不満の相対的悪化を紛争の主たる要因として重視するのも早計である。ここで重要になるのが、第二の問題点である紛争の文脈の軽視である。ボリビアと同時期に紛争が発生した南米3カ国では、選挙を終えた大統領が資源ブーム終了後の財政的困難に直面し、公共料金の値上げなど不人気な緊縮政策の実施を宣言したことで、国民の反発を買ったという共通の流れがあるが[新木 2020; 桑山 2020; 幡谷 2020]、ボリビアの事例にこうした流れは見られない。

まず、抗議行動は国政選挙の実施前に端を発しており、政府与党は選挙戦を不利にするような不人気政策を実施する、あるいは実施を宣言することはできない状況にあった。実際、モラレス政権は2018年10月に自営業者の税負担の減免を定める一方、緊縮の実施や宣言をしていない。超党派の反政府集会であるカビルドで表明された要求にも、緊縮に対する抗議は筆者の確認するかぎり見られない。

モラレス政権が目立たないかたちで緊縮を進め、有権者の生活を圧迫したということもない。図5はボリビア中央銀行の資料に基づく同国政府部門の収支の推移である。資源ブームの終了に合わせ、2010年代中盤に収入が減少しているが、支出の水準は維持されている。この差額は折線グラフの上昇が示すとおり、海外借入や国内借入(おもに外貨準備取崩し)によって調達されている8。つまり、モラレス政権は資源ブーム後の景気後退を国民の負担に転化させない財政的余裕があった。

(出所)財政収支額と純借入額の名目値はボリビア中央銀行、物価は2018年まで世界銀行、2019年はINE物価速報。

(注)物価データを用いて名目値を2003年ボリビアーノに実質化した。2019年は1~5月の実績で、2018年と同水準である。

今後、2019年の世論調査データや経済指標が整うことで、より正確に当時の状況が把握できるようになるが、現時点では次のようにまとめることができる。南米3カ国では資源ブーム以後の経済の不満が緊縮政策の実施や宣言を引き金に爆発したのに対し、ボリビアでは不透明な選挙運営が最重要な課題であった。経済に対する市民の不満は存在するが、その度合いが深刻であるとは断定し難いうえに、抗議運動でも主要なテーマではなかった。

まとめと含意

モラレス亡命は、モラレスという人物が背負う強い個性と、世界や南米で続発した政治紛争というふたつの流れに絡めとられて、偏った解釈を呼び起こしてきた。本稿は、モラレス亡命を論じる三つの視座を検討することで、明快さを優先して複雑さを捨象することがもたらす問題点を示した。

モラレスは現在のアニェス政権にも影を落としている。モラレスはやり直し選挙での立候補を認められなかったが、社会主義運動(MAS)は、約14年にわたるモラレス政権のほぼすべての期間で経済相を務め、高い知名度と人気を誇るルイス・アルセ(Luis Arce)を大統領候補に立てた。アルセは3月に実施された大統領選候補者に関する世論調査にてメサ(18.3%)やアニェス(16.9%)、カマチョ(7.1%)をおさえて33.3%の支持を集め、首位にある9。一方、アニェス政権は発足から約半年のあいだに、汚職事件の多発などによる厳しい批判に直面している。

新型コロナウイルス問題で経済の悪化に拍車がかかることは確実であり、社会全体に不満の高まるなかで実施されるやり直し選挙では、モラレス政権とアニェス政権の成果や汚点が互いに暴き出される批判の応酬をみることが予想される。今後の分析においても、そこで交わされる強い言葉や単純な理解の枠組みに引きずられることなく、手堅く議論を積み上げる必要がある。

本文の注
1  モラレスらはその後アルゼンチンに亡命し、本稿執筆時点(2020年6月)でも同国に居住している。

2  “Sandoval se va y revela 5 decisiones del TSE que favorecieron al MAS.” Página Siete, 31 de enero de 2019.

3  世界銀行データセット(https://data.worldbank.org/)、2020年4月27日時点の情報。

4  例として2019年10月10日・ラパス市開催の事例(https://www.youtube.com/watch?v=E3pghCM-Ems)。

5  メサの個人的意見表明は自身のブログにて詳述されている(https://carlosdmesa.com/)。

6  ラテンアメリカにおける中間層の定義は非常に多様である一方[Dayton-Johnson 2015]、本稿で登場する抗議運動に関する論考でその定義を厳密に示したものはない。以下では、これらの論考が共通して想定していると思われるフォーマルセクター労働者を指すものとする。

7  なお、比較対象の3カ国については、エクアドルで増加(2008年17.8%、2018年25.4%)、チリでも増加(9.8%、14.8%)、コロンビアでは減少(25.5%、21.2%)となっている。

8  ボリビア中央銀行の公的部門収支情報では、中央銀行が外貨準備を管理していることをふまえ、その積増しは政府部門の中央銀行への貸出、取崩しは中央銀行からの借入として処理される。たとえば、図5では2013年まで国内借入が大きくマイナスであるが、これは外貨準備の大幅な積増しを反映している。

9  “El MAS sube dos puntos y Mesa y Áñez muestran un sutil progreso.” El Deber, 15 de marzo.

参考文献
 
© 2020 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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