ラテンアメリカ・レポート
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論稿
コロナ禍のエクアドル大統領選挙-ラッソ右派政権の誕生と政策課題
木下 直俊
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2022 年 38 巻 2 号 p. 19-34

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要約

2021年2月7日、レニン・モレノ大統領の任期満了に伴う大統領選挙が行われた。1979年の民政移管後で最多の16名が立候補した。いずれの候補者も当選に要する票を得られなかったため、ラファエル・コレア元大統領を後ろ盾とするアンドレス・アラウス候補(左派)と、元銀行家で実業家のギジェルモ・ラッソ候補(右派)の上位2名が4月11日の決選投票に進んだ。その結果、ラッソ候補が事前予想を覆し勝利を収めた。その勝因については、コレア体制への忌避感から無効票を投じた有権者が多かったこと、コロナ禍の選挙戦でラッソ陣営がSNSを巧みに活用したことなどがあげられる。

5月24日に発足したラッソ政権は、ワクチン接種の促進を最優先課題に据えた新型コロナ対策が奏功し、国民からの評価は高く好調な滑り出しをきった。今後の政策課題は経済再建に向けた諸改革へと移るが、国会は与野党の対立が先鋭化し機能不全の状態に陥る可能性もあり、審議は難航が予想される。安定した政権運営がいつまで続くか予断を許さない。

はじめに

2021年5月24日、元銀行家で実業家のギジェルモ・ラッソ(Guillermo Lasso)が国会議事堂で宣誓し、エクアドル共和国第47代大統領に就任した。ラッソ大統領は演台に立ち、「本日、発足する政権はカウディージョ(首領政治)の時代を終わらせ、新たな世紀へと導く。10年以上にわたった権威主義体制を終わらせ、民主主義の魂を取り戻す。すべての国民のための政治を行う。すべての子供が出自に関係なく心を育み、すべての若者が失敗を恐れることなく自由な職業に就き、すべての人々が尊厳をもって生きられる社会の実現を目指す」と誓った(Lasso 2021a)。就任演説では、1979年の民政移管に尽力した故ハイメ・ロルドス元大統領(Jaime Roldos 在職1979年8月~81年5月)の言葉が随所に引用された。奇しくもこの日は、ロルドスが不慮の飛行機事故により志半ばでこの世を去った没後40年の節目であった。ラッソ大統領はその雄姿に自らを重ね合わせるかのように、分断された社会をひとつにまとめ未曽有の国難に立ち向かう覚悟を示した。

中南米諸国をみると、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)蔓延に伴う経済社会情勢の悪化を背景に左派政権の復権が目立つ。エクアドルでも左派勢力が伸長し、大統領選挙決選投票の直前まで、ラファエル・コレア元大統領(Rafael Correa 在職2007年1月~17年5月)を後ろ盾とする左派候補アンドレス・アラウス元人的能力知識調整相(Andrés Arauz)の勝利が有力視されていた。しかし、最終的に下馬評を覆してラッソが当選し、ハミル・マワ政権(Jamil Mahuad 在職1998年8月~2000年1月)以来23年ぶりに右派政権が誕生した。

本稿では、なぜエクアドル大統領選挙で左派候補が敗れたのかという問題意識を軸に、選挙結果とその背景を説明する。そして、発足から100日を迎えたラッソ政権を取り巻く政治情勢および政策課題を概説する。

1. コロナ禍の大統領選挙

(1) 主要政党・候補者

2020年9月17日に全国選挙管理委員会(Consejo Nacional Electoral:CNE、以下、選管)が総選挙(2021年2月7日投開票)を公示し、翌18日~10月7日に立候補の届け出がなされた。大統領選挙には、最終的に16組の立候補が認められ1、1979年の民政移管後で最多となった。大統領候補の政策スタンスをみると、左派7名、中道8名、右派1名となった2。主要政党とその候補者については以下のとおりである。

① 与党:国家同盟(Alianza PAIS:AP)

エクアドルでは大統領の再選が一度かぎり認められており3、現職のレニン・モレノ大統領(Lenin Moreno 在職2017年5月~21年5月)の出馬は可能であった。しかし、2019年10月の燃料補助金制度廃止に伴う大規模な抗議デモ4、2020年3月以降の新型コロナ蔓延に伴う社会経済状況の悪化などを背景に、現政権への批判が強く5、モレノ大統領は立候補を断念した。最終的に与党は大統領候補にヒメナ・ペニャ国会議員(Ximena Peña)を擁立した。ペニャ候補は唯一の女性候補であることを活かして、選挙戦では公約に女性の権利向上や社会的弱者への支援を訴えたが、知名度の低さや現政権への批判を払拭できず、支持は広がらなかった。

② 希望のための連合(Unión por la Esperanza:UNES)

今回の選挙で注目を集めたのが、コレア元大統領であった。コレアは2007年1月から3期(新憲法下で2期)10年にわたる長期政権を築き、後継者のモレノが大統領の座に就いた後は、夫人の出身国ベルギーに移住していた6。2020年4月に収賄罪で有罪判決を受けたコレアは政治的迫害を訴え7、ベルギーからメディアを介した政治活動を展開した。コレアは公職三選禁止により大統領候補としての出馬資格を喪失しており、副大統領候補での出馬を画策し復権の機会を窺った。8月18日に「民主中道(Centro Democrático:CD)」と選挙連合「希望のための連合」を結成し、アラウスが大統領候補、コレアが副大統領として立候補することを表明した。しかし、選管はコレアには立候補資格がないとの裁決を下したため8、ジャーナリストのカルロス・ラバスカル(Carlos Rabascall)が副大統領候補となった。

アラウス候補は36歳と若く、政治経験がコレア政権期に人的能力知識調整相を約2年間務めたのみで知名度は低かったが、コレアの画像や動画を広告に活用する選挙戦略をとることで、コレア体制の復活を望む低所得層を中心に支持を集めた。

③ パチャクティ(Movimiento de Unidad Plurinacional Pachakutik:MUPP)

一方、反政府、反コレア体制を志向する政党についてみると、国内最大規模の先住民組織「エクアドル先住民連盟(CONAIE)」を支持母体とする「パチャクティ」からヤク・ペレス元アスアイ県知事(Yaku Pérez)が出馬した。ペレス候補は「キチュア先住民連盟(ECUARUNARI)」のリーダーとして、コレア政権期に水資源法案をめぐる反政府デモや鉱山開発反対運動を煽動し収監された経歴を有している。環境汚染を及ぼす資源開発に異を唱え、先住民族が多く住む山岳地域中南部やアマゾン地域で支持を伸ばした。

④ 民主左翼党(Izquierda Democrática:ID)

伝統的左派政党の「民主左翼党」からは、食品輸出会社等を経営する実業家のハビエル・エルバス(Xavier Hervas)が出馬した。エルバス候補はSNSを活用する選挙戦略をとり、若年層を中心に支持を伸ばした9

➄ 機会創出(Creando Oportunidades:CREO)

右派候補についてみると、「機会創出」の党首を務めるラッソが出馬した。ラッソは、2013年、2017年と過去2度の大統領選挙で敗れ、3度目の挑戦であった。今次選挙では、野党勢力の結集を訴え、かつて政敵であった伝統的保守政党「キリスト教社会党(Partido Social Cristiano:PSC)」と連携する戦略をとった。また、バナナ農園を経営する実業家アルバロ・ノボア(Álvaro Noboa)が「社会正義(Justicia Social)」から立候補を表明したが、届け出が期日を過ぎ受理されず、最終的に右派からはラッソのみとなった。

(2) 新型コロナ感染対策

今次選挙はコロナ禍にあって、危機管理庁の国家緊急対策委員会(COE-N)が策定した「2021年総選挙新型コロナ感染対策基本方針(Protocolo general para prevención de la propagación de la COVID-19 en el proceso electoral 2021)」に沿って行われた。選管が定めた36 日間(2020年12月31日~21年2月4日)の選挙キャンペーンでは、選挙集会や街頭演説が禁止とされ、街宣車や自転車を利用したキャラバンによる移動形式での選挙活動が認められた10。2月7日の総選挙当日、国内4276カ所、国外43カ国936カ所に設けられた投票所では、定期的な消毒、飲食物の持ち込み禁止、投票所周辺での街頭販売の禁止などが徹底されたほか、有権者には、マスク着用、ソーシャル・ディスタンスの確保、消毒液の携行、筆記具の持参などが義務づけられた。投票所での混雑回避策として、身分証明番号の末尾が偶数の有権者は7~12時、奇数の有権者は12~17時に投票時間が指定された。

2. 大統領選挙の結果

(1) 第1回投票

大統領選挙前の有権者を対象とした投票意識調査では、アラウス候補が最多票を獲得するものの、当選の要件を満たせず11、ラッソ候補と決選投票にもつれる可能性が示唆された12。選挙当日の投票締切り直後に発表された世論調査会社による出口調査でも、その見通しは変わらなかったが13、選管が20時頃に発表した速報結果(開票率90.4%)に波紋が広がった。最多票はアラウス候補(得票率31.50%)と予想どおりであったものの、2位争いが熾烈を極め、得票率はペレス候補が20.04%、ラッソ候補が19.97%と拮抗し、「実質的引き分け(empate tecnico)」との見解が示された。その後の開票作業で、大票田のグアヤス県や在外票の集計が進むにつれて、その差は縮まり、2月10日21時頃の速報結果(開票率99.9%)で 、ラッソ候補が19.66%、ペレス候補が19.61%と逆転する結果が伝えられた。これに対して、ペレス候補は選挙不正を訴え集計のやり直しを求め抗議活動を展開した。12日にラッソ、ペレス双方は選挙監視団のもとで協議を行い、国内24県中17県(グアヤス県は100%、16県は50%)で再集計することで合意に達したが、選管は再集計せずに投票結果を確定した。

選管が3月20日に発表した確定結果によると、アラウス候補(得票率32.72%、得票303.4万票)が最多票を獲得し、次点はラッソ候補(19.74%、183.0万票)で、第3位のペレス候補(19.39%、179.8万票)とは僅差(0.35%ポイント、3.2万票)であった。また、エルバス候補(15.68%、145.4万票)が事前予想を大きく上回る支持を得て第4位となった。第5位以下の候補者はいずれも得票率2%以下となった。なお、県別結果は表1で示すとおり、ペレス候補がアマゾン地域および山岳地域中南部を中心に最多の13県、アラウス候補が大票田の海岸地域を中心に8県、ラッソ候補が首都ピチンチャ県およびガラパゴス諸島の2県、エルバス候補がエクアドル北部のカルチ県で勝利した。

(注)各候補者の得票率は無効票・白票を除く有効投票数に占める割合。無効票率・白票率は投票総数に占める割合。

(出所)全国選挙管理委員会(CNE)をもとに筆者作成(2021年9月30日閲覧)。

(2) 決選投票

決選投票に向けた選挙キャンペーンが3月16日~4月8日に行われ、3月21日に開催された最終候補討論会では、5つのテーマ(①経済・雇用、②医療・新型コロナワクチン接種・子供の飢餓・社会保障、③民主主義・国家機関・権力分立・市民参画・政治の透明性、④教育・人間開発・科学技術、⑤外交・持続可能な開発)に沿って両候補が議論を交わした。

ラッソ候補は、ワクチン接種の加速化(政権発足後100日以内に900万人の接種完了)、中小企業の法人税率の引き下げ、農機輸入にかかる関税撤廃、法定最低賃金の引き上げ、自由貿易協定(FTA)締結の推進、大学無償化などさまざまな公約を明確に述べた。他方、アラウス候補は、低所得世帯への特別給付金支給、国内産業の保護、男女同一賃金制度の実現、学校の対面授業再開をあげるにとどまり、ラッソ候補の経歴や身辺を非難することに徹した14。それに対して、ラッソ候補は「噓をつくのはもうよせ!(Andrés ¡no mientas otra vez!)」と何度も強く反論するとともに、アラウス候補を「コレア・チルドレン」と呼び、コレア政権下での汚職や失政を問い詰めた。また、アラウス候補が2020年4月に発表した脱ドル化を提案する論稿「良いドル化と悪いドル化(Desdolarización mala y desdolarización buena)」を取り上げ、公約に掲げるドル化政策の強化とは異なり、脱ドル化を企んでいると指摘した15

選挙戦は総じてアラウス優勢で進んでいたが、終盤でラッソ候補が巻き返す世論調査結果が示され16、接戦の様相を呈するなか、4月11日の決選投票を迎えた。同日夜に大勢が判明し、ラッソ候補が勝利宣言を行った。選管が4月18日に発表した確定結果によると、得票率はラッソ候補が52.36%(465.6万票)、アラウス候補が47.64%(423.7万票)と、その差は4.72%ポイント(41.9万票差)であった。県別結果では、ラッソ候補が山岳地域やアマゾン地域を中心に17県、アラウス候補が海岸地域を中心に7県を制した。

3. 選挙分析―ラッソの勝因・アラウスの敗因

(1) コレア体制への忌避感

左派候補の得票総数が第1回投票で7割に達したにもかかわらず、決選投票では、ラッソ候補が第1回投票から決選投票で2.5倍以上(183.0万票→465.6万票)得票を伸ばした一方、アラウス候補は120万票(303.4万票→423.7万票)しか積み増すことができず、左派と右派といったイデオロギー的な対立構造とはならなかった。ラッソ勝利、アラウス敗北に至った要因については、以下2点が指摘できる。

第1に、コレア体制に忌避感を抱く有権者が多かったことがあげられる。コレア政権は社会政策を拡充し貧困削減や国民の生活水準の底上げを図り、低所得者層を中心とする岩盤支持層がある一方で、強権的に石油・鉱山開発を推し進め、反発する先住民組織や市民団体など抵抗勢力を弾圧した。また、コレア大統領をはじめ政府高官の多くが汚職に関与していたことも相俟って、コレア体制に怖れや不信感を抱く有権者も少なくなく、決選投票では、コレア派と反コレア派といった対立構造が先鋭化した。

その結果、第1回投票で落選した候補者の多くが表2で示すとおり、決選投票でラッソ支持にまわった。第4位の得票で落選したエルバス候補は権威主義体制への回帰は望まないとして、ラッソ支持を表明したほか、ペレス候補は選挙不正を訴え、支持者に決選投票で無効票17を投じるよう呼びかけた。エクアドルでは、無効票が最多得票者の票数を上回る場合には、規定により選挙の無効が宣言され再選挙となる(公職選挙法第147条)。ペレス候補は選挙のやり直しを求めて無効投票運動を展開した。決選投票での無効票率は16.3%と、図1で示すとおり、民政移管後に実施された大統領選挙のなかで過去最高となった。第1回投票でペレス候補が制した9県では無効票率が20%を超え、うち5県では無効票がアラウス候補の得票を上回る結果となった。

(出所)El Universo, 1 de abril 2021Expresso, 4 de abril de 2021をもとに筆者作成。

(注)無効票率・白票率は投票総数に占める割合。09、13年は決選投票が実施されていない。

(出所)全国選挙管理委員会(CNE)をもとに筆者作成(2021年9月30日閲覧)。

(2) SNSを駆使した選挙戦

第2に、コロナ禍における選挙戦でSNSの有用性が高まったことがあげられる。エルバス候補は第1回投票で落選したが、SNSを中心とする選挙戦を展開し、予想を大きく上回る支持を得た。ラッソ陣営は第1回投票後に選挙戦略を練り直し、エルバス陣営で選挙運動を指揮した政治コンサルタントを引き抜いたほか、メキシコのSNSマーケティング業者と契約を交わし、SNSのコンテンツ強化を図った18。ラッソはカジュアルな動画をTikTokに多数投稿し19、親しみやすい政治家を演出することで、政治に関心の薄い有権者の目にもとまるようにした。一方、アラウス陣営も選挙戦終盤でエルバス陣営にいた選挙スタッフを雇ったが後手と言わざるを得なかった。両候補の選挙運動収支報告書をみても、決選投票に向けた選挙戦で支出したSNSへの広告費用は、アラウス陣営が総額29.2万ドルであったのに対して、ラッソ陣営は総額150.7万ドルと、その差は歴然であった(FCD 2021)。政治的コミュニケーションは、従来の選挙戦では大規模集会や地方遊説など対面式の方法が主流であったが、コロナ禍でさまざまな制約が強いられたことで、選挙活動は様変わりし、SNSの重要性が増したことが窺える。

4. ラッソ政権の発足

(1) ラッソ大統領の生い立ち

新政権の政策方針をみる前に、ラッソ大統領の生い立ちについて触れておく。今次選挙では、これまでのイメージを払拭するため、自身の生い立ちに関する動画をSNSで配信した。ギジェルモ・ラッソは1955年11月16日に海岸地域の商都グアヤキルに生まれ、中流家庭の11人兄弟の末っ子として育った。実父が失職し、ラッソは15歳の時から、グアヤキル証券取引所や金融関連会社で働きながら勉学に励み金融に関する知識をつけた。その後、大学に進学するものの経済的理由から中退を余儀なくされ、22歳の時に義兄がパナマで経営する金融企業の子会社の代表責任者に就いた。義兄がグアヤキル銀行を買収し事業を拡大、ラッソは34歳で同銀行副頭取、39歳で頭取へと出世した。頭取時代に、零細企業や個人事業主を対象としたマイクロファイナンスを行うバリオ銀行を起ち上げ、低所得者層の自立支援に取り組んだ業績は高い評価を受けている。

43歳の時に政界に進出、マワ政権下でグアヤス県知事(在職1998年8月~99年8月)、経済財務相(在職1999年8~9月)を務めた。すべての国民が平等な機会をもてる自由な社会の構築をめざして2012年に「機会創出」を結党し、本格的に政治活動を始めた。2013 年の大統領選挙に出馬し、次点(得票22.7%)となるものの、現職コレア大統領の圧倒的な支持(得票57.2%)を前に敗北した。2017年の大統領選挙では、コレア大統領の後継者として出馬したモレノと決選投票になったが、僅差(2.3%ポイント)で敗れた。

(2) 主要閣僚の横顔

3度目の大統領選挙で勝利したラッソは、2021年5月24日に大統領に就任した。政権を支える主要閣僚をみると、経済財務相にはエクアドル中央銀行(BCE)調査局長(1995~99年)、国際通貨基金(IMF)ボリビア常駐代表(1999~2006年)、アメリカス大学(UDLA)副学長(2007~13年)を務めたシモン・クエバ(Simón Cueva)を起用したほか、生産貿易投資相にエクアドル民間銀行連盟(ASOBANCA)会長(2015~21年)のフリオ・プラド(Julio Prado)、非再生可能天然資源エネルギー相には石油関連企業で技師として40年ほど働いた後、炭化水素部門副大臣を務めたフアン・ベルメオ(Juan Bermeo)、外相に多国間政策局長やユネスコ政府代表部特命全権大使を歴任したキャリア外交官のマウリシオ・モンタルボ(Mauricio Montalvo)を任命し、閣僚の多くは専門知識を有する経験豊富なテクノクラートが充てられ実務型の布陣となっている。政権発足から100日の動向について次節で詳述する。

5. 政権発足から100日

(1) 新型コロナ対策

新型コロナの国内感染状況をみると、2020年2月28日に国内初の感染者が確認されて以降、グアヤキルを中心とする海岸地域で感染が拡大した。医療崩壊により遺体の埋葬が追いつかず路上に放置されるといった危機的な状況に陥った。新規感染者数は10月以降減少傾向を示したものの、2021年に入ってから変異株の影響で再び急増した。

ラッソ大統領は、経済再建にはワクチン接種による集団免疫の獲得が欠かせないとして、政権発足後100日以内に国民900万人(16歳以上対象、国民の約半分)の接種完了を公約に掲げた。就任時(5月24日)のワクチン接種率は1回目11.3%(201.9万人)、2回目3.2%(57.9万人)と低く、実現は困難とみる向きも多かったが20、保健省は選管と連携し、総選挙の選挙人名簿をもとに、当局が接種日と場所を指定し、接種希望者が保健省のウェブサイトで確認するシステムをとった。図2で示すとおり、ワクチン接種が7月から加速し、ラッソ大統領は8月31日に目標をほぼ達成したと発表した。接種率(8月31日時点)は、1回目60.5%(1081.7万人)、2回目49.3%(881.7万人)と、中南米地域ではウルグアイ、チリに次ぐワクチン接種進展国となった21。9月13日から12~15歳の青少年、10月18日から6~11歳の子供への接種が開始され、2022年1月から3回目の追加接種を始める計画である。感染が下火になり医療体制の逼迫も解消され、ラッソ政権の新型コロナ対策への国民の評価は高い。

(出所)Our World in Dataをもとに筆者作成(2021年10月5日閲覧)。

(2) 経済再建に向けた諸改革

今後、ラッソ政権はウィズコロナ、ポストコロナに向けた経済活動正常化への施策が求められている。ラッソ政権は、実質GDP成長率(以下、成長率)の引き上げ、雇用創出、財政収支黒字化、公的債務残高の縮小などの公約を掲げているが、厳しい経済状況にある。図3で示すとおり、2020年は新型コロナによる社会・経済活動への影響を受け、成長率は1966年の統計調査開始以来最大のマイナス(-7.8%)となった。景気後退に伴う雇用情勢の悪化を受けて、貧困率は2020年12月33.0%(前年同月25.0%)へと上昇した22

国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF)の見通しによると、新型コロナワクチン接種の進展や原油価格の上昇を受けて景気は緩やかに回復しており、成長率は2021年+2.8%、2022年+3.5%と予測している。もっとも2020年の落ち込み分を回復するには至らず、低成長が続く(IMF 2021)。その背景には、①IMFからの金融支援に伴う緊縮政策、②ドル化政策に伴う独自の金融政策の喪失など、マクロ経済構造上、景気浮揚手段が限られていることが影響している23

(注)2021~25年はIMF予測値(2021年10月12日発表)。

(出所)エクアドル中央銀行(BCE)国際通貨基金(IMF)をもとに筆者作成(2021年10月12日閲覧)。

IMFは、モレノ前政権期に経済情勢や財政状況の悪化に伴う金融支援措置の要請を受け、直近では2020年9月に総額46.15億SDR(65億ドル相当、期間27カ月)の拡大信用供与措置(Extended Fund Facility:EFF)24を承認した。これまでに10月と12月に20億ドルずつ、2021年9月に8億ドルの融資が実行された。ラッソ政権はIMFからの金融支援を引き続き受けていく姿勢を示しているが、財政赤字の削減など構造改革の課題もモレノ前政権から引き継ぐこととなった25。ラッソ政権は構造改革の一環として9月24日に「機会創出・経済開発・財政持続基本法(Ley Orgánica de Creación de Oportunidades, Desarrollo Económico y Sostenibilidad Fiscal)」案を緊急動議として国会に提出した。同法案は、①税制改正、②労働改革、③投資促進を三本柱に、おもな内容は以下のとおりである。

① 税制改正では、高所得者層への課税強化による税収増を狙いとして所得税の改正(控除基準の見直し、累進性の引き上げ)、富裕税(50万ドル以上の資産保有者を対象)の導入を実施するとともに、付加価値税(IVA)・特別消費税(ICE)の課税品目の見直し26、相続税の撤廃、起業家優遇税制および芸術娯楽スポーツイベント投資優遇税制の導入なども進めるとしている。

② 労働改革では、労働条件の緩和(就業時間や場所の柔軟化)、有給休暇制度の改正(有効期限3年の撤廃、取得柔軟化)、出産育児休業休暇制度の改正(代替労働者制度の導入、休暇期間延長・取得柔軟化)、有期労働契約の年数上限撤廃、女性雇用優遇税制の導入、企業収益分配金制度の見直し(従業員家族への分配金を廃止)などがあり、労働環境の改善を図るとしている。

③ 投資促進では、新規投資優遇税制(15年間の法人税免除、海外送金税の減免)、投資にかかる行政手続きの簡素化、官民連携庁の創設、フリーゾーンの拡大(農業、物流、観光、医療分野にかかる税制優遇措置)などが盛り込まれている。

(3) 実利優先の全方位外交

対外政策をみると、ラッソ大統領は国際協調を重んじた対外開放路線を進める方針を示している。二国間関係では、コロンビア、ペルーなど近隣国をはじめ、米国、中国、ロシア、日本、韓国、インド、シンガポールなどとの関係強化をあげており、イデオロギーではなく実利優先の全方位外交を志向している。米国とは、モレノ政権期の2018年11月に通商交渉が始まり、2020年12月8日に第1 フェーズ合意文書を締結、2021年中の最終合意をめざしている。中国とは、8月末にラッソ大統領が習近平国家主席と電話会談を行い、FTA交渉の早期開始を要請した。北京冬季オリンピックが開催される2022年3月までに妥結したいとの意向を示している27

地域統合では、太平洋同盟(Alianza del Pacífico)への正式加盟を最優先課題にあげている。ラッソ大統領は正式加盟の早期実現に向けて、決選投票後の4月20日にコロンビア、8月24日にメキシコを訪問し首脳会談で支援を要請した。正式加盟には、加盟国(メキシコ・コロンビア・ペルー・チリ)とのFTA締結のほか、国家間投資紛争解決手段を有していることなどが条件となっており、ラッソ大統領は7月16日に大統領令第122号に署名し、世界銀行の投資紛争解決国際センター(International Centre for Settlement of Investment Disputes:ICSID)への再加盟を表明した28。加盟国とのFTAについては、エクアドルはアンデス共同体(Comunidad Andina:CAN)加盟国であるため、CAN加盟国のコロンビアやペルーと新たにFTAを締結する必要はない。チリとは2020年8月13日にFTAを締結しており、メキシコとのFTAのみが懸案事項となっている。メキシコとのFTA交渉は実務者レベルでの交渉はほぼ終了しており、2022年第1四半期までに太平洋同盟への正式加盟が見込まれる29

(4) 石油産業活性化・持続可能な開発

石油産業はエクアドル経済を支える重要な産業であるとして、ラッソ政権は石油生産量倍増計画(2021年上期の日量50.1万バレルから2025年には日量100万バレルへ)を公約に掲げている。7月7日に大統領令第95号に署名し、新たな石油政策の方針を明らかにした。同令施行から100日以内に、①民間石油会社との採掘権契約の柔軟化、②国営石油公社の組織再編、③石油連帯基金(Fondo de Solidaridad Petrolera)の創設などに着手するとしている。

① 採掘権契約については、コレア政権期の契約見直し等による投資環境の悪化を背景に30、民間石油会社の開発投資が落ち込み、原油生産量が伸び悩んできた。ラッソ新政権は、民間石油会社が契約形態(利権契約もしくはサービス契約)を自由に選択できるようにするとしている。また、コレア政権による契約形態変更に端を発した仏大手石油開発会社ペレンコ社(Perenco)との係争についても、ICSIDの裁決にもとづき、ペレンコ社に補償金(3億7400万ドル+利息)を支払うと表明した31

② 国営石油公社については、これまでペトロアマソナス(Petroamazonas)が上流部門(原油の探鉱・開発・生産までの開発)、ペトロエクアドル(Petroecuador)が下流部門(精製・輸送・販売)を担ってきたが、両社の統合を進めるとしている。それに伴い、ペトロエクアドル傘下の製品販売部門の一部売却を検討している。

③ 石油連帯基金の創設については、石油関連の財政収入の一部を基金として積立、貧困撲滅・社会的不平等の是正に役立つプロジェクト資金に充てるとしている。

もっとも、ラッソ大統領は環境を汚染する資源開発には反対の姿勢を示しており、ユネスコの生物圏保護区に認定されているエクアドル北西部ヤスニ国立公園内のITT鉱区32での採掘停止を検討しているほか、グリーンイノベーション・循環経済により国民生活の向上と質の高い雇用の創出を促進していくことを目標に掲げている33

おわりに―ラッソ政権の課題

ラッソ政権は8月31日に発足から100日目を迎えた。ワクチン接種を最優先課題に据えたコロナ対策が奏功し、大統領支持率(世論調査会社Cedatos)は就任直後の71%から8月は74%へと上昇、好調な滑り出しとなった。しかし、いわゆる「ハネムーン期間(就任後100日間)」が終わり、政府に対する国民の目も次第に厳しくなることから、公約実現に向けた具体的な政策を迅速に実行していくことが求められる。今後の政策課題は、コロナ対策から経済再建に向けた諸政策へと移るが、国会審議は難航が予想される。

国会(2021年5月14日召集、一院制 定数137議席)では、表2で示したとおり、左派が過半数議席を占める一方、与党「機会創出」が少数政党に属する議員とともに結成した「全国合意ブロック(Bloque de Acuerdo Nacional:BAN)」は25議席にとどまる。大統領選挙で共闘した「キリスト教社会党」とは、国会議長選挙をめぐり紛糾し連立が解消された34。また、法案審議で重要な役割を果たす国会運営委員会(Consejo de Administración Legislativa:CAL)についても、議長・副議長を含む委員7名のうち「全国合意ブロック」からは2名のみと、主導権を握れない不安定な状況にある。今後、国会は与野党の対立が先鋭化し機能不全の状態に陥る可能性もあり、安定した政権運営がいつまで続くか予断を許さない。

(2021年10月13日脱稿)

付記

本稿は著者の個人的見解にもとづくものであり、筆者が属している組織の立場や見解とは一切関係ない。

本文の注
1  大統領選挙には副大統領候補とペアを組んで出馬しなければならない(憲法第143条)。

3  コレア政権は2015年12月に憲法を改正し公職三選禁止条項(憲法第144条)を撤廃したが、モレノ政権は2018年2月に国民投票を実施し、賛成多数を以て公職再選を1回のみに戻した。

4  1974年に燃料補助金制度が導入されて以来、国内の燃料価格は国際価格より低く抑えられてきたが、財政負担が大きく課題となっていた。モレノ政権は2019年3月に燃料補助金制度廃止を決定したが、主要都市で大規模な抗議デモが発生し、最終的に廃止撤回に追い込まれた。

5  大統領支持率(世論調査会社Cedatos)は2020年7月から一桁台に低迷した。

6  モレノ政権発足当初、コレア政権の閣僚経験者が多く重用され、「コレアなきコレア体制」が敷かれた。しかし、モレノ大統領は危機的な経済・財政状況から、コレア政権の失政を批判するようになり、コレアをはじめ政府高官への汚職捜査を進め、政権内ではモレノ派とコレア派との対立が先鋭化した。その後、コレア派の国会議員が「国家同盟」を離党し「市民革命(Revolución Ciudadana:RC)」を起ち上げたが、新党登録が選管に承認されず、「社会約束勢力(Fuerza Compromiso Social:FCS)」に合流した。

7  最高裁から収賄罪で懲役8年、政治参加禁止25年の有罪判決が下された。コレアには逮捕状が出されたが、ベルギーとエクアドルのあいだには犯罪人引き渡し条約がなく、収監に至っていない。

8  選管はコレアが実刑判決を受けていること、エクアドルに居住していないこと、立候補の届け出は直接本人がしなければならないことを理由にあげた。

9  エルバス候補は選挙戦で計160本のTikTokを投稿し、320万以上の「いいね」を獲得した。

10  選管は以下のとおり、国内221地区を有権者数に応じて3つのカテゴリーに分け、キャラバンで随行できる人数、車両などを制限した。①10万人以上(キト、グアヤキル、マンタなど20地区):最大200人、50台、②1万~10万人(147地区):最大150人、30台、③1万人以下(54地区):最大100人、20台。

11  大統領選挙では、第1位の候補者が有効票の50%以上もしくは40%以上かつ次点との得票率が10%ポイントを上回る場合には当選が確定する。しかし、それ以外の場合には、上位2名による決選投票が実施される(憲法第143条)。

12  世論調査会社Marketが1月28日に発表した有権者に対する投票意識調査によると、アラウス31.5%、ラッソ21.3%、ペレス11.9%、エルバス3.9%であった。

13  世論調査会社Cedatos(アラウス34.9%、ラッソ21.0%、ペレス18.0%、エルバス13.9%)、Clima social(アラウス36.2%、ラッソ21.7%、ペレス16.7%、エルバス13.0%)ともに、アラウスとラッソとの決選投票の可能性を発表した。

14  アラウスは、ラッソが1999年の金融危機の際に銀行休業・預金凍結を命じ多くの国民を困窮に陥れたこと、莫大な資産を築きタックスヘイブンに隠し財産を有していることを非難した。もっとも、ラッソは、銀行休業(1999年3 月8~13 日)や預金凍結(同年3月11日)が行われた後の1999年8月に経済財務相の任に就いており、同措置を命じる立場にはなかった。

15  エクアドルは2000年に自国通貨スクレを廃し、米ドルを法定通貨とするドル化政策をとっている。

16  世論調査会社Cedatosが3月31日に発表した有権者に対する投票意識調査によると、ラッソ52%、アラウス48%であった。

17  無効票とは、投票用紙において複数の候補者欄にマークされている票、無効や取り消しなど他事記載がなされている票とされ、まったく記載のない票は白票とみなされる(公職選挙法第126条)。

19  ラッソ候補が2月25日に初めて投稿したTikTokは、配信から24時間で再生回数は250万回を超え、24万以上の「いいね」を獲得した。

21  中南米主要国のワクチン接種率(2回接種)は、ウルグアイ72.0%、チリ71.1%、パナマ37.3%、アルゼンチン31.6%、ブラジル28.7%、コロンビア28.7%、メキシコ26.3%、ペルー25.7%、ボリビア23.4%(Our World in Data-8月31日時点)。

22  国家統計調査局(INEC)による貧困率の定義は、ひとりあたり所得が貧困線に満たない者の人口比率。貧困線は最低限生きていくのに必要な食糧やそのほかの財サービスの購入にかかる費用で月額85ドル(2020年12月時点)。

23  ドル化政策は、①為替変動リスクの消失、②貿易・投資に係る取引コストの低下、③インフレ率・金利の低下といったメリットがある一方、①独自の金融政策の喪失、②中央銀行の最後の貸し手機能の喪失、③シニョリッジの喪失、④為替変動を通じた調整機能の喪失などのデメリットがある。

24  拡大信用供与措置は長期的な構造改革を必要とする国際収支困難に対する融資制度。

25  「財政計画基本法改正(2020年7月24日施行)」にもとづき、公的債務残高(GDP比)を、2021年7月時点の60.8%から2025年までに57%、2030年までに45%へと引き下げなければならない。なお、IMF支援プログラムの構造改革で示された中央銀行の独立性の強化については、モレノ前政権が「ドル化防衛のための通貨金融基本法改正(2021年5月3日施行)」を制定し、金融政策規制委員会の政治任用禁止、プルーデンス規制の強化、外貨準備の運用厳格化、中央銀行による公債引き受け禁止などを規定した。

26  IVAの現行税率は12%、課税対象から、外国人観光客の宿泊費、衛生用品(おむつ、マスク、消毒液、生理用品等)が除外される。ICEの現行税率は5~35%、課税対象から、テレビゲーム、ハイブリッド車、電気自動車、携帯電話が除外される。

28  ICSIDは世界銀行ワシントン本部事務局を拠点とし、民間投資家と受入国側政府とのあいだで生じる投資に関する紛争につき国際的仲裁および調停を行う機関である(世界156カ国加盟)。エクアドルは2001年4月に加盟したが、コレア大統領は2009年7月にICSID条約の破棄を宣言、2010年1月にICSIDを正式に脱退した。

30  2007年10月に民間石油会社との契約形態が半強制的に利権契約(民間石油会社がリスクをとって探鉱・開発・採掘を行い、生産物を産油国と分ける契約)からサービス契約(民間石油会社が産油国から探鉱・開発・採掘を請け負い、その対価として生産量あるいは利益額に応じた報酬を受け取る契約)に変更された。

31  契約形態変更はフランス=エクアドル投資保護協定(1999年発効)に抵触するとして、ペレンコ社は2008年4月にエクアドル政府をICSID に提訴した。しかし、コレア政権はICSIDからの脱退を表明し、ペレンコ社が操業していた鉱区を接収する強硬措置をとった。

32  コレア政権は2007年6月、環境保全を優先させる試みとして、ヤスニITTイニシアティブ(Iniciativa Yasuní-ITT)を提案した。政府は石油開発を行わない条件として、国際社会に総額36億ドルの拠出金を求めたが、十分な支援が集まらなかったとして、コレア大統領は2013年8月に石油開発に着手すると発表し、2016年から本格的な生産が開始された。

33  ラッソ大統領は2021年6月5日に大統領令第59条に署名し、「環境省(Ministerio de Ambiente)」を「環境・水資源・生態学的移行省(Ministerio de Ambiente, Agua y Transición Ecológica)」へ改称したほか、同令では、持続可能な開発を国家の優先課題として、自然と生態系の保護、クリーンエネルギーの生成を進めるとしている。

34  国会議長選挙が召集日の5月14日に行われ、キリスト教社会党はヘンリー・クロンフ議員(Henry Kronfle)を推したが、与党議員の一部が棄権したため選任されなかった。

参考文献
 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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