2022 年 38 巻 2 号 p. 96
本書は、NHKのディレクターである著者が、日本に暮らす難民と移民に関する番組を作成した際の取材の成果を一冊にまとめたものである。第1章から第3章では、難民認定を受けることができず、茨城県牛久市の入管収容所に2年以上収容され、その後「仮放免」されたトルコ国籍のクルド人青年と、埼玉県川口市に在住する彼の両親・兄弟らへの取材を軸に、日本の難民認定と非正規滞在者の問題を提起する。
日本は1981年に難民条約に加盟した「難民受入れ国」である。しかし日本政府は、出身国において国家が一般市民に向ける無差別的な暴力に対しては事実上目をつぶり、反独裁の指導者として個人的に把握されねらわれていなければ難民ではないという独自の解釈(個別把握論)によって、迫害の定義と認定されるべき人の範囲を極端に狭めている。また日本は、難民支援のために多額の資金を国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に拠出する一方、同事務所の指針をよそに、難民本人が母国に帰れない理由を供述だけでなく客観的証拠に基づいて立証することを要求する。かくして取材対象者は難民不認定によって強制送還を告げられ、制度上は「送還のめどが立つまで」という、先の見えない長期収容と「仮放免」の生活が始まる。
第4章と第5章では、静岡県磐田市の県営団地に集住する日系ペルー人および日系ブラジル人家族への取材を軸に、ほかの外国人とは異なる「定住者」という在留資格を与えられ、景気の調整弁として利用された人々の不安定就労の経緯と現状を伝える。
日本政府は「移民」の定義を明言することを避けているが、実際は2016年に自民党内に設置された「労働力確保に関する特命委員会」により、入国の時点で「永住者」および「特別永住者」の在留資格を持つ外国人に限られているとみられる。1989年に出入国管理法が改正されたことで南米国籍の日系人は急増したが、それはあくまでも血のつながりを根拠に就労も可能であるというあいまいな資格を与えられただけで、家族との生活を前提としたものではなかった。そのことは、とくに子どもの教育や将来を考えるうえで、彼らの生活に暗い影を落としている。
移民・難民の取材を通じて、個人の権利の視点から浮き彫りにされるのは、「難民として保護を求めること」と「働くこと」を切り分けて考えることの矛盾、そして「働くこと」と「家族を持ち生活すること」を切り分けて考えることの矛盾である。本書は、これらの矛盾に気がつきながらごまかした施策の、しわ寄せを被った人々の声を丁寧に拾っている。