ラテンアメリカ・レポート
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資料紹介
北澤豊雄 著 『混迷の国ベネズエラ潜入記』
坂口 安紀
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2022 年 38 巻 2 号 p. 97

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本書は、コロンビアをベースに活動するフリーランスのジャーナリストによる、文字どおり体当たりのベネズエラ潜入ルポである。国家経済の破綻、食料不足、多くの難民の流出など厳しいニュースを見聞きした筆者が、みずからの目で実態を確認したいとベネズエラに入国し、現地の街の様子や人々の生活を伝える。

筆者は2019年8月から12月にかけて、陸路・空路あわせて3回ベネズエラに入国した。コロンビア人ジャーナリストや現地日本人学校のスタッフ、知人から紹介された露天商の女性などの協力を得ながら、地方都市メリダや首都カラカスに入り込み、街の様子や人々の暮らしを観察する。筆者は、スーパーに山積みされた食料や、レストランで豪勢な食事をする家族の様子、ディスコで踊りや酒に興じる若者に驚く。その一方で、街角のごみ箱から食べ物をあさる人々も目にする。スーパーで米やトウモロコシ粉、卵など基礎食料の価格を調べ、出会う人々に収入を聞くと、コメ1キロや卵1ダースを買うと月収が底をついてしまうレベルの所得水準の人々が多い現実も見えてくる。経済破綻や食料不足のニュースは「半分本当で半分うそだ」という現地の人の言葉どおり、ベネズエラにはふたつの現実が存在する。

ふたつの現実が存在する理由は、国家経済および個人の経済活動が、危機下のサバイバルのためにインフォーマルに回っていることにあると評者は考えている。事実上のドル化の広がりと、麻薬取引など犯罪がらみの資金の流入である。海外在住の家族からの送金などドルへのアクセスがある人は潤沢な輸入食料が入手できるが、ドルへのアクセスがない人は、コメ1キロで月収を使い果たしてしまう。本書は、そのような隣合わせのふたつの現実をまざまざと描写する。

それ以外にも、警察や軍人、出入国管理官などの不正や犯罪まがいの行為、短い滞在中にも繰り返される停電や断水、劣悪な治安、不適切な国内燃料政策の結果事実上無料となったガソリン価格、切符の材料の紙がないからと無料になった地下鉄、公的書類では自分が死んでいることになっていることに驚き、死んだ自分が大統領選挙で投票した記録が残っていたことにさらに驚く女性の体験談など、ベネズエラ社会の混乱具合が垣間見られるエピソードも満載だ。

なお、本の後半3分の1は、「野獣列車を追いかけて」というタイトルの付録になっている。これはベネズエラではなく、中米から北米を目ざしてメキシコ国内の鉄道に無賃乗車する人々へのインタビューをまとめたルポである。本書タイトルとはテーマが異なるものの、こちらも読みごたえのあるルポである。

 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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