抄録
近年,ツキノワグマ(Ursus thibetanus)の分布拡大に伴い人間活動との軋轢が増加しているが,集落周辺におけるツキノワグマの生態に関する知見は限られている.そこで,2010年から2011年に7頭のツキノワグマにGPS首輪を装着し,得られた位置情報にスイッチング状態空間モデルを適用し,移動軌跡の平滑化,および活動量センサーを併用して「移動」・「活動中の滞在」・「休息中の滞在」への行動区分を行った.さらに,「活動中の滞在」とされた測位点が集中した地域を現地踏査し,植生や生活痕跡を記録した.ツキノワグマは,多くの個体は夏前期および夏後期に集落に近い場所を利用し,秋期には集落から遠い場所を利用した.一方,個体によっては,これらの傾向に当てはまらない個体もみられた.集落から遠い場所では夏後期はアリ類やサクラ類の果実,秋期はミズナラの果実が多く採食されたのに対し,集落に近い場所では,夏後期はオニグルミやクリ,秋期はカキノキの果実が多く採食された.また,集落の近くでは夜間の活動割合が増加した.以上より,ツキノワグマは,食物資源の分布の季節変化に応じて季節的に集落に近い場所を利用し,特に集落周辺に自然状態とは異なった状況で,特異に集中的に食物が存在する状況下では,多くの個体が集落の周辺を利用していた.