マーケティングジャーナル
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巻頭言
デザインとイノベーションに関する最新の研究の取り組み
鷲田 祐一
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2018 年 38 巻 1 号 p. 4-6

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いわゆる「デザイン思考」の普及と流行によって,デザインという言葉が意味する内容が,「意匠」から「設計全般」へと拡大してきている。また意匠そのものの世界でもかつてのような建築・プロダクト・ファッションのデザインだけではなく,インタラクションや顧客体験のデザインが大きな存在感をもつようになってきている。このような変化は,第4次産業革命と呼ばれるような情報技術が世の中の隅々まで浸透・普及することで,人間の創造性への期待が今まで以上に高まるという形で,デザインがイノベーション実現のための大きな手掛かりになるのではないか,という議論の活発化を引き起こしている。

特許庁は,意匠法を今日的な問題に適合させるよう修正・変更することで,企業の知的財産活用戦略においていっそう有効に機能させることができるのではないかと考え,盛んに研究会等を開催している。従来,日本の意匠法では,デザインとはモノに付随し切り離すことができない要素である(つまり,モノの色や形),という定義がなされてきた。しかしそのせいで,サービス産業や情報産業における意匠法の活用が活発化してこなかったのではないかという指摘がある。いっぽう,アップルやダイソンをはじめとする海外企業の中には,各国の意匠関連の制度を特許や商標登録と上手に組み合わせることで,自社のブランド戦略や顧客戦略の強化を成功させた企業があるという事実もある。今後,日本企業も同様の「攻めの知的財産戦略」がとれるよう,政府も必要な措置をとってゆくことが望まれる。同時に,それにあわせて,そのような新しいデザインの概念を経営に生かしてゆく「デザイン経営」の実現,さらにそれを推進してゆける「高度クリエイティブ人材」の育成も強く望まれるだろう。

米国スタンフォード大学では,機械工学系の研究者であるLarry Leiferを中心にして,世界的な成功を収めている著名なデザイン・コンサルティング企業IDEOと連携することで2005年からStanford d.schoolが開設され,工学系の研究者や学生が世界中の企業と協働しながら幅広くビジネスの新しい姿を探求する環境が出来ている。また中国は,10年以上前から「デザイン大国」を目指すというスローガンのもとで国家ぐるみで大胆な戦略を多数展開してきており,世界の意匠登録数や特許申請数で日本を追い抜き世界2位の地位に上り詰めてきている。そもそも「デザイン」という言葉の中国語訳は,まさに「設計」なのである。もはや模倣大国という従来のイメージだけでは捉えることができない巨大な勢力になってきている。ドイツ,英国,イタリア,フィンランド,デンマーク,オランダなどの国々でも,有力な研究組織や企業が,従来のデザイン研究の長い歴史と豊富な蓄積を生かしながら,ビジネスの刷新を試み始めている。日本企業がこの領域で世界の流れから遅れをとっているのは明らかである。

日本の学術としてのマーケティング研究においても状況は芳しくない。おそらく誰もがデザインという要素がマーケティングにおける重要な要素であると認識しつつも,実際にデザインという問題を中心課題として取り扱った国内のマーケティング学や経営学の研究は驚くほど少ない。その背景理由の一つは,マーケティング領域ですら,多くの研究者がデザインとはモノの色や形である,という考え方を脱することができず,サービス研究やイノベーション研究,あるいは消費者行動研究などでの主要な問題との間で有効な連携が実現してこなかったことではないだろうか。そのようなギャップを埋めてゆくことが急務といえよう。

ギャップを埋めるための一つの手がかりは,やはり創造性の発現という側面だと思われる。つまり,デザインを商品サービスの目に見える差別化要素として捉えるだけではなく,そのような差別化要素が生み出される前提としての供給者や発案者の創造性そのものを捉えるというアプローチである。イノベーションの創出・実現という視点においても,このようなアプローチは研究として取り組みやすいものと考えられる。

そこで本特集では,そのようなデザインとイノベーションに関する各領域での研究を学際的に紹介することで,マーケティング領域との交差点の在り方について探求を深めてみたいと思う。

1本目の論文は,田浦俊治・妻屋彰・山田香織による「イノベーションのためのデザインの新機軸―科学技術と社会をつなぐシンセシスの役割―」である。田浦・妻屋・山田は,機械工学領域の研究者である。この論文では,20世紀以降に人類が成し遂げてきた数々のイノベーションを類型化した上で,質的なイノベーションの重要性に着目し,その上でそれを実現するための有力な思考法として「シンセシス」を詳細に検討している。シンセシスとは,「すでに存在しているさまざまなものごとを組み合わせて,まだ存在していない一つのものごとにまとめあげること」と定義し,そのプロセスにおいてデザインという行為が,モノの色や形という意味ではなく,まさに創造的な設計全般を意味する行為として,重要な役割を果たすことをわかりやすい事例を挙げながら論じている。モノやサービスを生み出す側,つまり供給者として,社会課題やニーズ,そして利用可能なシーズをどのように組み合わせることが質的イノベーションの創出・実現に寄与しうるのかを子細に検討している。このような視点は,商品やサービスの差別化要素としてしかデザインを捉えない従来の概念を超えるものであり,学際研究ならではの多様な示唆をもたらしてくれる。

2本目の論文は,吉岡(小林)徹による「革新的な製品に含まれるデザイナー発の技術イノベーション」である。吉岡(小林)は,技術経営とイノベーション制度に関する領域の研究者である。この論文では,まさに企業内のデザイナーが創造的なイノベーションの創出・実現のプロセスにおいて,どの程度,そしてどのように関与し貢献しているのか,という問題をまっすぐに捉え,数多くの事例の子細な検証を通じて議論を展開している。大企業組織内におけるインハウスデザイナーの役割は,近年大きく変化している。従来のようにすでに他部署で設計された商品の色と形だけを担当するという受け身な役割から,より上流工程におけるコンセプト作成やブランディング戦略にまで能動的にかかわるという役割や,逆により下流工程の消費者コミュニケーション全般を管理するという(まさにマーケティング実務と呼ぶ他にはないような)役割へと様変わりしている。しかし,そのような大きな変化の前提になるべきデザイナーの職能的貢献についての評価は,以前のまま,つまり「絵を描ける人」という曖昧なままであることが多い。吉岡(小林)は,そのような固定観念を覆すことができるのかを,実証的な研究を通じて検証している。前出1本目の論文における「工学の視点から見たデザインという行為の吟味」と対をなすかのように,「デザインの視点から見た技術開発の吟味」という問題を事実をもとにして多角的に議論する展開になっており,2本の論文を通して読むことで,さらなる気づきがもたらされるであろう。

3本目の論文は,古江奈々美による「先進国と新興国におけるイノベーションプロセスの違い―商品アイデア比較実験―」である。古江はグローバルマーケティング,および技術経営を主たる活動領域にしている若手研究者である。デザイン研究の1つのサブテーマとして,社会課題の解決というものがあり,それが最も顕著に発現する場として新興国市場に着目し,そこでのイノベーション創出のプロセスを検討するという研究トピックがある。古江はグローバルマーケティング研究を出発点にして,この新興国市場におけるイノベーション創出というトピックに出会い,実験的手法を用いることで,先進国と新興国のイノベーションプロセスの違いを検証している。同一のルールによるワークショップの中で,日本,スウェーデン,マレーシア,インドネシア,タイの,それぞれの国の被検者(ビジネススクールの修士生)が考案した多数の「未来の新商品アイデア」を統一的な指標で評価した結果,それぞれの国の社会課題に対する被検者個人の日常的な認識が各アイデアに深く反映されていることが明らかになっている。新商品アイデアを考案し,それを絵や文字で表現するという行為の中に,そのような社会課題解決に対する創造性が色濃く発露するという発見は大変興味深い。まさにデザインがイノベーションを創出し実現するための重要な手掛かりになるということが検証された研究といえそうだ。

4本目の論文は井上滋樹による「SDGs目標達成に向けたBOP層への新しいアプローチ―デザイン思考を活用した潜入体験型リサーチ手法―」である。井上はマーケティングやデザインの実務経験が豊富な研究者で,国際的な視点でのデザイン系研究を精力的に推進している人物である。この論文においても,新興国での社会課題解決がテーマになっている。市場活動を通じてのBOP層の生活環境改善というテーマは,昨今のマーケティング実務においても注目度が高い問題の1つであるが,この論文では,井上自身が実務において深く関わったJICA事業の中で,デザイン思考のエッセンスを用いて開発された独自のリサーチ手法の効果を論じている。机上の論理ではなく,実際のBOP層市民との対話の中で生み出されたノウハウの数々はリアリティに溢れている。まさに理論を実践した「応用編」という位置づけの論文として読んでいただけるものになっている。

4本の論文を通じて,デザインとイノベーションという本特集テーマの多様さと奥深さを再確認していただけるものになったのではないかと感じている。今後,マーケティング研究の中でも,色や形ではない「デザイン」という要素を取り扱う後続研究が増えてゆくことを強く期待したい。

 
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