マーケティングジャーナル
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書評
田中洋(2017).『ブランド戦略論』有斐閣
阿久津 聡
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2018 年 38 巻 1 号 p. 138-140

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2017年12月に刊行された本書は,実務経験を積んだ後に学者に転じた著者が,研究者と実務家の両方の視点からの考察を入れて書き上げた包括的な専門書である。その特徴を一言でいうなら,ブランドを学ぶ初学者からベテラン実務家,そして研究者までをターゲットにした非常に野心的な一冊となろうか。

本書でも述べられているように,ブランド戦略やブランディング,ブランド価値といったブランドに関わる概念・理論については,実務家と研究者の間だけでなく,専門家の間でも見解が少なからず異なり,一般に広く受け入れられる理論体系を提示することは困難と言われてきた。そうしたこともあって,これまで初学者向けの教科書では,できるだけ包括的かつ並列に既存の定義や理論を紹介することに主眼が置かれる傾向があった一方,実用書では,そうしたレビューもさることながら,どちらかと言えば著者独自のフレームや方法論の紹介と,その実務的有効性を説くことに重きが置かれてきた。そして,新たな発見やこれまでなかった視点をもたらすことを目指す学術研究書では,必然的に既存の概念・理論の欠点や問題点に焦点が当てられてきたと言える。

このように,ブランドに関する教科書,実用書,学術研究書はそれぞれ異なる特徴を持つため,それらを一冊に収めようと試みた本書は,大変な労作であり希少なものである。一方で,それを読む側も,本書の性質をよく理解した上で,心して読まなければならないだろう。例えば既存研究のレビューについては,教科書的に並列して紹介されている箇所と,学術研究書として著者の貢献を明確にするためにかなり批判的に紹介されている箇所に分かれる。事例についても,実用書として実務への応用を助けるための紹介と,学術研究書として著者の仮説を支持する証拠として紹介される箇所に分かれる。そして著者自身の考えも,発表から長年の議論を経て文献の中に定着したものから本邦初公開のものまである。そのあたりの事情を頭に入れて読み進めば,より理解が深まるはずだ。

本書は500ページを越す大著で,全体は4部で構成されている。第I部が理論編,第II部が戦略編,第III部が実践編,第IV部が事例編である。全体を一読した印象として,事例の多さは圧巻である。以下では,各章で展開されている内容を,評者の感想を添えつつ紙幅の制約の中で簡潔に紹介していきたい。

I.  第I部

「理論篇」では,ブランドの定義について考えるところから始まる。マーケティング分野で議論された内容の紹介に留まらず,語源も遡りつつ,本書ではブランドを「交換の対象としての商品・企業・組織に関して顧客が持ちうる認知システム」と定義している。ブランド価値については,Aaker(1991)のブランド・エクイティ論を解説した上で,著者独自のブランド価値の分類を紹介している。第2章では,1950年代以降のマーケティング研究者たちの「交換」に関する見解を振り返り,交換に内在する問題を認識した上で,価格が得られる効用に見合ったものであることを正当化する手段の一つとしてブランドは生じ,ブランド自体が価値をもつようになったと説明している。第3章では多くの事例を交えながら,ブランドの起源としてのイノベーションとその起源の忘却の必要性が議論され,ブランド力がどう行使されるのかが解説されている。そして第4章では,現在のブランドの理解を深めるために,先史時代まで遡ってブランドの歴史が丁寧に紐解かれる。各時代でブランドとして扱われたものが紹介され,時代背景や経済社会情勢によって,ブランドの意義や役割が変化してきた様子やブランドの発展段階を知ることができる。特に日本に注意を向けながらのこうしたブランドの歴史的研究は極めて希少で,価値ある文献と言えるだろう。

II.  第II部

第II部は「戦略篇」である。ブランド戦略という言葉が意味する「トレードマーク・マネジメント」,「ブランド単位のマーケティング」,及び「ブランド価値を高めるブランド・マネジメント」のうち,第3点目の目的に基づく計画と実行の過程を本書ではブランド戦略と呼んでいる。ブランド戦略には5つのフェーズがあり,フェーズ1がブランドの構想,フェーズ2が経営戦略,フェーズ3がマーケティング,フェーズ4がコミュニケーション,フェーズ5が実行と管理を検討・実行するフェーズであると説明する。

ブランド戦略を検討するにあたり,全5フェーズで具体的に何を検討し,整理すれば良いか考えるためのフレームワークとして「統合的ブランド戦略フレームワーク」が紹介されており,フェーズごとに設定されている問いに答える形でまとめることができる。フェーズ1から4で具体的に検討・決定するべき事項は,それぞれ3事項,6事項,4事項,2事項であり,検討するにあたって活用する考え方,分析法,戦略モデル等,様々なツールが紹介されている。ブランド戦略の実行と管理を行うフェーズ5では,はじめにブランド戦略を実施するための組織の体制やあり方を検討する際の課題を明らかにした上で,ブランド価値測定に関わる課題や測定方法について既存研究の成果や現在広く使われている評価モデルなどを紹介している。第II部では様々なツールが体系立てて紹介されており,教科書としての知識整理と,実用書としての有効性のバランスがとられている。最後に著者は,ブランド価値測定自体が企業固有のノウハウであり,企業独自の指標を発見することが期待されている,とまとめている。実務を経験した著者ならでの締めくくりのように思われ,興味深い。

III.  第III部

「実践篇」では,企業ブランド戦略,ブランド拡張戦略,グローバル・ブランド戦略という3つのテーマについて,それぞれ学術的な視点と実務的な視点を合わせて論述している。定義や課題,背景や要因等,これまでの主な研究動向をまとめ,その内容を踏まえて,著者の経験と独自の考察を組み合わせながら,実際のマネジメントのステップや実践する上での注意事項についてまとめている。

3テーマの後に,著者が注目する様々な戦略や戦術を「ブランド戦略の諸相」として取り上げ,それぞれの課題と優位点についてまとめている。具体的には,「カスタマー・ジャーニー」やブランド名を使わないブランド戦略である「デ・ブランディング」,「パーソナル・ブランディング」,「ブランド・ジャーナリズム」等々,非常に興味深いテーマが並び,主に日本とアメリカのブランドの事例を用いて解説している。

IV.  第IV部

最後の「事例篇」では,カテゴリ別に整理された30社の事例が紹介されている。各事例は,手短に背景情報が紹介された後,タイトルに示されたテーマに沿った形で,実際に導入されたブランドや戦略の記述と解説が簡潔にまとめられている。興味があったり,実務で参考になりそうだったりする企業やブランド,テーマを拾い読みすることができて,非常に便利である。

V.  まとめ

本書は500ページを超える大著だが,各部,各章の位置づけと関連性が明確であるため,必ずしも最初から順番に読み進めなくとも理解できるようになっている。ブランド戦略の全体像の理解に加え,個別論点の把握もしやすくなっており,併せて数多くの事例を紹介しているため実務でも活用しやすい。特に戦略篇と実践篇では,実践ですぐに活用できるようなツールが網羅的に取り上げられており,そこに著者独自の考察と数多くの事例紹介が加わることで,理解を広げ,深めることを手助けしてくれるだろう。

 
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