マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
ブランド研究の現状と課題
久保田 進彦阿久津 聡余田 拓郎杉谷 陽子
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2019 年 39 巻 1 号 p. 61-74

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Abstract

ブランド研究はマーケティングにおける重要なテーマであり,現在も盛んに議論が行われている。そこで本稿では4人のブランド研究者が,いまなお広がり続けているブランド研究の現状や課題について語っていく。本稿は4つの短い論文の組み合わせから構成されるオムニバス形式であり,企業ブランドが組織におよぼす影響(阿久津論文),BtoBマーケティングにおけるブランディングの効果(余田論文),BtoCマーケティングにおけるブランドの機能(杉谷論文),そしてブランド消費をとりまく環境変化(久保田論文)という順序で議論が行われていく。ブランドという重要なテーマについて,4人の研究者が異なる視点から語ることによって,現代ブランド研究の多面性があらためて示されることとなる。

Translated Abstract

Brand continues to be an important academic topic in marketing. In this article, four brand researchers present and discuss current issues in expanding brand research. This article has an omnibus format consisting of four short papers that are discussed in the following order: 1. Influence of corporate brand on organization (Akutsu); 2. Effect of branding in BtoB marketing (Yoda); 3. Function of brand in BtoC marketing (Sugitani); and 4. Environmental changes around brand consumption (Kubota). These papers all include the important theme of brand, and their content clarifies various aspects of modern brand research through analyses from the different perspectives of four researchers in this field.

ブランドは幅広く,奥深いテーマである。このことは,1980年代後半にブランド研究が本格化して以来,数多くの研究者が,さまざまな課題について議論を続けてきたことからも明らかである。1990年代に盛んに議論されたブランド構築,ブランド拡張,ブランド・アーキテクチャーといった基礎的課題を経て,ブランド研究はいまなお広がり続けている。本稿ではこうした状況を踏まえ,4人のブランド研究者が,ブランド研究の今日的課題について,それぞれの観点から語っていく。

本稿は4つの短い論文から構成されているが,その順序には意味がある。ブランドは①優れた企業組織を実現する資源であり,②顧客と好ましい関係性をかたちづくる要素でもある。またそれは,③企業や顧客をとりまく環境から影響を受けるものでもある。ブランドは企業,顧客,環境という,異なる水準の3つの要素と深い関わりを持っているわけである。そこで本稿ではブランドと深い関係にあるこれら3要素について,内から外へ広がるかたちで論文を配置してある。

各論文ではそれぞれの研究者が,企業組織,BtoB顧客,BtoC顧客,ブランド環境について自由な視点から語っている。本稿の内容は包括的なものではないが,視点の広がりという点において優れており,現代ブランド研究の多面性を知るための手がかりとなるとなることが期待される。

I. 経営手法としての企業ブランディング(一橋大学大学院経営管理研究科 教授 阿久津聡)

本稿の目的は,ブランドの研究者として筆者がブランドの現状をどう捉えているのか,ブランドについて現在興味のあることや気になること等について読者の皆さんと共有することにある。さらにそれらを踏まえて,これからのブランド研究・実務について主張や提言を行うことにある。

本稿の要旨を先に述べておこう。まず,現在ブランドについて筆者が興味のあることは,経営手法としての企業ブランディングの研究と実践である。そして,これからのブランド実務・研究についての提言としては,まず「課題先進国」日本に溢れる新たな経営課題に直面している経営者には,経営手法として企業ブランディングの実践を推奨し,研究者には,それら実践事例の分析と検証を通した経営手法としての企業ブランディングの発展・確立を推奨したい。

筆者自身の研究を振り返ってみると,ブランド研究と並行して戦略論を専攻した背景から,ブランド戦略について考える機会に恵まれた(e.g., Aaker & Akutsu, 2002; Akutsu, 2002a, 2003, 2014)。そして,企業戦略を考える上で,企業ブランドは企業がマネジメントするすべての製品/サービス・ブランドの傘となるものであり,経営課題としてそのマネジメントの重要性が際立っていると常に感じていた。企業ブランドの位置づけから考えれば,企業ブランディングが当該企業の経営の在り方を方向づけるものであり,経営を実践するための枠組みを提供する一つの経営手法と捉えるべきものではないかと考えるようになった。

企業ブランディングを経営手法として捉える際に参考になる洞察は,Aaker(2014)Hatch and Schultz(2008)Stengel(2011)など,一部の経営実務書の中から見出すことができる。また最近,欧州系の,それもマーケティングというより経営組織論の学術誌を中心に散見されるようになった企業ブランディングの研究も参考になる(e.g., Brannan, Parsons, & Priola, 2015)。一方で,北米を中心としたマーケティングのトップジャーナルに掲載されるブランド研究の多くは消費者行動に焦点があり,経営手法として企業ブランディングを捉えたようなものを見つけるのは難しい。学術研究の蓄積はまだまだ十分でない状態といえる。そうした中,課題先進国である日本の企業が世界に先駆けて直面する経営課題にどう向き合えばよいのかについては,日本の実務家と研究者が解決策を提案していかなければならないのが実情だ。

実際,今世紀に入ってから急激に高まった日本における企業ブランディングへの注目は,リーマンショックの前後からいったん下火になったものの,この10年は再び高まり続け,現在に至っている。近年みられる上昇の背景には,企業収益の回復基調が続いてきたこともあるだろうが,製販両面での海外進出,国内外でのM&A,財のサービス化などが進捗したことの影響が大きい(Akutsu & Katsumura, 2016)。また,少子高齢化等で人材が不足する中でよりよい人材を採用する為であったり,ブラック企業が糾弾され働き方改革や健康経営が期待される社会的ニーズに応える為であったり,特に創業者からの世代交代を控えた企業が,組織の求心力を人からブランドに移行する為に企業ブランディングに取り組んでいたりするケースもある。これらの内,日本が他国に先駆けて直面している問題による課題も少なくない。

こうした経営課題に取り組むために,企業ブランディングという経営手法が有効なのはなぜか。まず,これらの課題に広く共通するのは,国家間や企業間,企業と消費者,経営者と従業員といった,何らかの壁(つまり境界線)で仕切られた複数の対象者間の問題であることだ。そして,壁を隔ててこちら側とあちら側にいる人々の間で,少なからず異なる認識を揃えたり統合したりする必要がある,コミュニケーションの問題だということ。さらに,そこでいう少なからず異なる認識というのは,例えば価値観に関わるものであったりして,変容させることが簡単ではないものだということである。

こうした類の複雑な問題には,ブランドのような「象徴」を使ったマネジメントが有効である。そのことをどれだけ意識してのことかはとにかく,企業ブランディングへの注目は高まり,それに伴ってコーポレートブランド部など特に企業ブランドのマネジメントや全社的なブランド・マネジメントを担当する部署を設置する企業の数が再び増えている(Akutsu & Katsumura, 2016)。

筆者は以前から,企業の持つ「象徴資源」であるブランドの,境界線を隔てた組織と市場のギャップをダイナミックに統合していく推進力に着目し,それに基づいた戦略立案や経営手法について議論してきた(e.g., Aaker & Akutsu, 2002; Akutsu, 2002a, 2003, 2014)。さらに,コンテクストという概念を使って,組織と市場との認識のギャップをブランド・コミュニケーションで統合していくブランディングの方法論について提唱してきた(Akutsu, 2002b; Akutsu & Ishida, 2002)。象徴(=シンボル)の特性は意味を持つことあり,ブランディングの本質は意味のマネジメントにある。意味のマネジメントとは,自らの目的を達成するために意味を創造し,異なる認識を持った他者とダイナミックに共有していくことである。

企業ブランディングの基本も,組織と市場の統合にあることに変わりはない。ただ,製品を象徴する製品ブランドに比べて,会社組織自体を象徴する企業ブランドは,意味のマネジメントをする際に意識すべきステークホルダーが幅広い。特に会社組織を構成する社員は,顧客と同等もしくはそれ以上に意識すべきステークホルダーとなる。なぜなら,企業ブランドは組織としての企業を象徴するものであるため,組織の構成員である社員にとっては自らのアイデンティティを象徴するものとなり,彼らが生きる組織文化を反映した腹落ちするアイデンティティかどうかが,ブランドの信憑性(=authenticity)にとって極めて重要になるからである。

一方で,収益の源泉である顧客が持つ企業のイメージが重要なのは,それが収益と直接関連するからだけではない。顧客をはじめとする外部ステークホルダーが持つイメージが重要なのは,それが組織アイデンティティの形成に大きな影響を与えるからでもある。組織のアイデンティティが外部の持つイメージとかけ離れていても関知しないほど社内が独り善がりであることは問題だし,外部が持つイメージに過剰に反応して自分たちを見失うことも問題である。経営者の役割とは,社内の組織アイデンティティと外部ステークホルダーが持つ企業イメージの二つを上手く統合し,未来志向で発展させるためのメッセージを発信し,それを実現することにある。

そのために経営者そして企業自体が活用すべき象徴資源が,企業ブランドなのである。そして,その拠り所である理念を定め,社内外に浸透させ具現化させていくプロセスが,経営手法としての企業ブランディングの概要となる。図1は,社内のアイデンティティと社外のイメージを統合する企業ブランドの役割を図式化したものである。企業が課題に直面している時,組織文化を反映したアイデンティティと外部ステークホルダーによる企業評価を左右する企業イメージの間に少なからぬ隔たりがあり,そう簡単には統合できないのが常である。経営者は両者の声に耳を傾けながら,社員を巻き込み,さらには社員とともに外部ステークホルダーを巻き込んで,アイデンティティとイメージの持続的統合発展を指揮しなければならない。企業を成長・維持させていく上で,高い目的意識(=higher purpose)をブランド理念として持つことの重要性が最近の研究でも指摘されている(Aaker, 2014; Aaker & Akutsu, 2016; Stengel, 2011)。経営者には,社員にやりがいと自尊心を与え,社外ステークホルダーが大切にしている価値観に訴えかけるような理念(=mission, vision, values)を提示することが求められている。

図1

企業ブランディングの枠組み

(筆者作成)

本物かつ未来志向で自尊心を高めるアイデンティティの共有を実現するブランディングを実践するためには,経営者に加えて組織にも相応の能力が必要になる。筆者らはそれらの能力を一般化し,ブランディング・ケイパビリティと呼んだ(Akutsu & Nonaka, 2001, 2004)。ブランディング・ケイパビリティは一般化された概念であるが,企業ブランディングのプロセスは,国の文化や制度など企業を取り巻く環境と企業が直面する課題に強く影響を受けるものであり,そうした意味で課題先進国である日本の企業から新しい知見や洞察が生まれてくることが期待されるのである。

例えば,企業ブランディングによって実現すべき課題として筆者が特に注目し,研究と実践の支援を心がけているのが健康経営の実践である。紙幅の関係で詳細は他の機会に譲ることにするが,健康経営とはRosen(1991)が提唱した「ヘルシーカンパニー」という企業のあり方を目指した経営で,社会的な要請に後押しされて日本で発展しつつある。従業員の健康の向上に積極的に関わることで企業の持続的な成長を達成しようとする経営を広く指しており,特定の経営手法として確立したものではない。一方で,企業ブランディングは健康経営を実現する一つの経営手法であると筆者は考えている。筆者らの調査によれば,どうやら企業ブランドが象徴する高い目的意識は社員に働きがいを感じさせ,より高い価値を顧客に提供することを助けるだけでなく,それによって生じる誇りや充実感が従業員自身の健康にもよい影響をもたらしているようなのである(Kitayama, Akutsu, Uchida, & Cole, 2016)。

II. BtoBブランド研究の課題と展望(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 教授 余田拓郎)

1. BtoB領域のブランド研究

BtoB領域のブランド研究は,消費財と比べて長い歴史があるわけではない。研究を遡っていくと,組織購買行動論の先駆的概念モデル(e.g., Webster & Wind, 1972; Sheth, 1973)の影響を受けた探索的研究に初期の接点を求めることができる。これらの研究は,意思決定が合理的であるという前提をもって行われてきた購買行動研究に,主観的評価の影響を加えたところに特徴がある。たとえば,サプライヤー企業のイメージやレピュテーション,あるいは製品の知覚された信頼性などの主観的要因がサプライヤー選択に影響しうることが指摘されている(e.g., Lehmann & O’Shaugnessy, 1974)。また,この時期の研究では,広告やコミュニケーションとの関連の中で議論されることも多い。購買に際して当該企業を知っていることによって,当該企業の製品への関心が高まることや売り手企業からのコミュニケーション・営業活動を進んで受け入れることなどが明らかにされている(e.g., Takashima, Takemura, & Ohtsu, 1996)。

一方,BtoB領域においてブランドを直接の対象とするようになったのは80年代後半以降の研究である。そこでは,BtoB取引であっても,ブランドに関わる戦略やマネジメントが重要であることが企業活動の実態に基づいて指摘されている(e.g., Sinclair & Seward, 1988)。この時期には,BtoB領域においてブランドに直接フォーカスした研究が散見され始めるのだが,マネジリアルな視点で具体的示唆を得ようとする研究は限定的であり,多くがブランドの重要性を指摘するにとどまっている。

90年代半ばになると,こういった活動実態に関する研究が,より広範な企業活動を意識し一般化を志向する研究へと進展する。その一つの潮流が,ブランド・エクイティ論のBtoBセクターへの展開を試みる研究群である。

ブランド・エクイティの成果との関連では,ブランド名が知覚品質に影響を及ぼすことやブランド認知がブランド選好に結びつくこと(Yoon & Kijewski, 1995; Hutton, 1997; Thompson, Knox, & Mitchell, 1998; Taylor, Celuch, & Goodwin, 2004; Anderson & Narus, 2004),BtoB購買においても消費財と同様にブランド力の違いによって,買い手が支払う価格プレミアムの水準に相違があること(Hutton, 1997; Bendixen, Bukasa, & Abratt, 2004; Alexander, Bick, Abratt, & Bendixen, 2008)など興味深い研究成果が報告されている。また,ブランド・エクイティの規定因に関する議論も活発に行われている(Kim, Reid, Plank, & Dahlstrom, 1998; van Riel, de Mortanges, & Streuken, 2005など)。知覚品質,イメージ,マーケット・リーダーシップ,満足度などがブランド・エクイティの水準に影響を及ぼすことが明らかにされている。ブランド・エクイティを概念モデルの中心に置く研究群は図2のようにまとめることができる。

図2

BtoB領域のブランド研究

Kim et al.(1998); Choi(2008)に基づき筆者作成)

2. BtoB購買における態度

BtoB領域におけるブランド研究を概観してみると,ブランドの重要性やブランド・エクイティとその成果や規定因に関する研究が蓄積されてきた結果,実務に対して一定の貢献があったといえるだろう。しかし,BtoB企業の多くがブランドの重要性を認識しつつも,ブランド力強化に向けた投資に躊躇しているのも事実である。

その理由のひとつとして,他の要因との関連の中で,ブランドが選択行動にどのような,あるいはどの程度の影響を及ぼすのかについての議論が充分に行われてこなかった点をあげることができるだろう。BtoB取引における選択問題は,QCD(Quality, Cost, Delivery)を中心に議論されてきた(e.g., Shibuya, 2011)。その一方,QCDとの相対的な関連の中で,BtoB企業のブランド・エクイティがどの程度成果と結びつきうるのかという点は必ずしも明確ではない。この点を明らかにするためには,QCDをはじめとする多様な属性の水準がブランド選択に及ぼす直接効果を考慮した上で,ブランドが購買に及ぼす(相対的な)影響の大きさを検討するべきだろう。この点を明らかにしなければ,BtoB企業のブランド投資がもつ相対的な重要性が不明のままである。

BtoB領域のブランド研究についての二つ目の課題は,ブランド力と成果との因果関係が必ずしも明確になっていない点である。つまり,企業ブランドや製品ブランドの存在(水準)によって,BtoBの購買がどのように変化するのかについての論理がブラックボックスのままとなっている。この課題に対処するために注目すべきは,態度(attitude)概念である。態度とは,対象に対する一貫した好意的あるいは非好意的な感情的反応や判断的評価をさすものである(e.g., Lutz, 1991)。態度は,消費者行動の文脈ではもっとも中心的な概念のひとつとして扱われてきた。態度という概念を用い消費者行動を理解することによって,その法則性やメカニズムをより明らかにできると考えられたためである。一方,BtoB領域におけるブランド研究では,購買担当者の態度と行動意図との関連が十分に議論されてない。

たとえば,Lynch and de Chernatony(2004)は,BtoBの購買行動では経済合理性の他に,ブランドに対する感情が加わって,意思決定が行われることを指摘している。Lynchらは,購買組織では価格,製品仕様,納入,品質,サプライヤーの信頼性,カスタマーサービスなどの客観的な要素と情緒的なブランド価値の両方から影響を受け,そして売り手企業の企業ブランドが,買い手企業との情緒的な関係を形成するための重要な役割を果たすと主張している。ブランド価値がある条件下で購買意図に結びつきうるとしても,両者の関係に関する途中の因果は明確でなく,ブラックボックス化されてきたところにBtoBブランド研究の課題がある。この課題に対処するためには,ブランドへの態度を研究対象とすることによって購買意向との因果を特定することが欠かせないだろう。

そして,態度概念を取り込む際に重要なことは,これまでに蓄積されてきた組織購買行動論の研究成果を十分に反映させることである。購買への関わり方によってブランドの影響は異なる(Bendixen et al., 2004),あるいは意思決定者とユーザーはブランドの影響を受けやすい一方,インフルエンサーでは,耐久性や価格に(相対的に)重きを置く(Alexander et al., 2008)などの研究成果も報告されているが,こういった組織購買行動論の枠組の中でブランドを扱おうとする研究は意外にも限定的である。BtoBマーケティング研究で蓄積されてきた組織購買行動論に態度概念を組み込んでブランドの効果を議論することは,今後のBtoBブランド研究に欠かせない視点だろう。

3. 新たな可能性としての成分ブランド

BtoB領域のブランドは,マーケティング研究において長らく蚊帳の外に置かれてきたのだが,ウエブスターとケラーが,BtoBブランドの成功のためのガイドラインを整理し(Webster & Keller, 2004),また,コトラーらがB2B Brand ManagementKotler & Pfoertsch, 2006)を上梓するなど,体系化の動きの中で徐々に盛り上がりをみせている。一方,体系化の動きと平行して,新たな可能性に目を向ける研究も増えつつある。その一つとして近年注目されているのが,成分ブランドに関するものであり,今後のBtoB領域のブランド研究の重要なテーマと位置づけられる。

成分ブランドとは,Desai and Keller(2002)によれば,「特定ブランドにおけるキー属性が,別のブランドに成分(ingredient)として組み込まれたもの」(p. 73)と定義される。平たくいえば,最終製品を構成する一部の機能,部品,要素技術,サービスをブランド化したものである。

成分ブランドはビジネスでの実践が先行しており,これまでも多くの事例が報告されてきた(e.g., Kotler & Pfoertsch, 2010)。一方,理論研究としては,成分ブランドが最終製品に付与されることによって,その最終製品への消費者の反応がいかに変化するかについて検討されたものが中心となる。一般消費者を対象とした実験データを用いた実証研究が多く,コ・ブランディングや消費者を介してのプル効果といった枠組で展開されている。

これまでの成分ブランド研究に共通するのは,消費者の反応に基づく成分ブランドの効果に関するものであるが,今後注目すべきは,成分ブランドに関するより直接的な顧客企業に向けた効果やBtoB企業の組織内部に向けた効果だろう(Yoda, 2016)。

たとえば,成分ブランドを通して技術や素材の存在を広く知らしめることで,技術開発者が当初想定していなかった新たな需要(用途)を顧客企業側からのアプローチで発見することが期待できる。テフロンやゴアテックスといった利用可能性に拡がりのあるような新素材では,それを提供する企業にとっても思いもかけない用途が存在する。提供者側の視点では,発見することが容易ではない場合が多い。こういった多様な用途が想定される要素技術では,技術や素材がブランド化することによって広く一般に知れわたり,想定していない顧客企業から引き合いを得て,新たな需要を開拓することが期待できるだろう。

また,BtoB取引においては,製品説明や取引条件の交渉ややりとりが必要となる。対面営業に加えて,カタログや見本市,DM,テレマーケティング,WEBなどを通じて購買担当者は情報を探索したり,あるいは情報を受け取ったりすることになる。その際,成分ブランドが関与することによって,これが大きくかわる可能性がある。たとえば,成分ブランドは組織購買意思決定に必要な技術・市場情報を提供しうるものであり,追加的に必要とされる情報が節約されるとともに,売り手のマーケティング活動が効率的になることも想定される。

成分ブランドによる効果は,以上のような対外的なものに限らず組織内部に向けての効果も存在しうる。製品開発局面においては,成分ブランドが採用されることにより,製品開発の成果を高めたり製品開発のプロセスを促進させたりする可能性かある。ブランド連想は,属性,ベネフィット,態度にそって生じうる。技術が成分ブランド化することにより,その技術の属性レベルの連想だけでなく,それが消費者に対して何を提供するのか,つまりベネフィットに関する連想などをも包摂する可能性がある。これにより,単なる技術情報が具体的な市場情報と一体化することになり,成分ブランドがもつこの性質は,製品開発局面において,組織成員に対する市場志向の浸透や部門間のコミュニケーションの促進など,さまざまな効果をもたらすと考えられる。

BtoB取引の現場では,近年インサイド・セールスやデジタル・マーケティングといった新たなマーケティング手法が拡大している。そこにブランドを加えることによって,より効果的なマーケティング活動が期待できそうである。

III. これからのBtoCブランド戦略:ブランド構築における消費者の感情の重要性(上智大学経済学部 教授 杉谷陽子)

1. ブランドの現在

ICT(Information and Communication Technology)の発展と普及によって,マーケティングは大きく変わった。例えば,従来の宣伝活動はマスコミ媒体の活用が主であったが,現在では口コミ等のCGM(Consumer Generated Media)の影響力が無視できない規模となっている。このような市場の変化の中で,ブランドの役割はどう変化したか,そして,今後どう変化していくのだろうか。

ブランドの3つの機能 Tanaka(2017)は,ブランドの機能について,①素早い判断を可能にするための手がかりを提供する機能(認知的機能),②使用して心地よい(あるいは不快)という感情を喚起する機能(感情的機能),③ブランドのストーリーや意味を作り出す機能(想像的機能)の3つに整理している。

認知的機能とは,ブランドが品質をシグナリングし,購買意思決定を簡便化するヒューリスティックを提供しているということを意味する。つまり,無数の選択肢の中から一つの製品を選び出す際に,ブランド名が「これにしておけば品質は間違いないよ」という手がかりを与えてくれることで,我々の判断を楽にしてくれるということだ。同程度の価格ならば少しでも品質が良い製品を買いたいと考えるのが一般的な消費者心理だ。しかし,もしブランドという手がかりなくそれを実現しようとすれば,100個の選択肢があれば,その100個の製品の属性情報を丹念に調べ,比較し,最も品質の優れた製品を選び出す労力を払わねばならない。ブランド名は,これまでに多くの消費者がその製品を購入して満足してきたという歴史と定評を表すサインとなり,もし不具合があれば責任を取ってくれる問い合わせ先が明確に存在するという安心感を提供することで,品質保証を行う機能を担っている。

もうひとつのブランドの機能は,ブランドが消費者の快感情あるいは不快感情を喚起するという感情的機能(Tanaka, 2017)である。たとえば,世界的な知名度を持つラグジュアリーブランドは,その使用者を自信に満ちた誇らしい気持ちにさせ,幼いころからのなじみ深いブランドは,温かい安心感をもたらすだろう。倫理的不祥事を起こした企業のブランドは,恥ずかしさや軽蔑などの不快感情を引き起こすかもしれない。第三のブランドの機能として挙げられた想像的機能は,消費者がブランドに独自の世界観(ストーリー)や象徴的意味を見出す場合があることを指摘したものだが,これらのストーリーや象徴的意味は,ブランドが消費者にもたらす快感情や不快感情の源泉の一つである,すなわち,ブランドの感情的機能と関連が深い機能と言えるだろう。

情報化とブランド機能 さて,上記3つのブランドの機能は,今後の市場においても維持され続けるであろうか。

筆者はコンピューターサイエンス分野は全くの素人であるが,まもなく,我々の生活のあらゆる場面で人工知能(A.I.)が活躍し始めると言われている。A.I.に頼れば,100個の製品の属性を精査して,品質と価格のバランスが最適な製品を選び出すことなど一瞬の作業であろう。性能が数値化しやすい家電やコンピューター周辺機器などはもちろんのこと,食品や衣類などでも,各人の体質や体形,嗜好に合わせて,A.I.が商品を選んでくれるようにさえなるだろう。そうなると,ブランドの品質シグナル機能,ヒューリスティックを提供することで面倒な意思決定プロセスを簡便化するという認知的機能は,今後は意味を失っていくだろうと思われる。

A.I.ほどの影響力ではないとしても,現在すでに主流となっているECサイトのレコメンデーション機能や,大手口コミサイトの検索機能は,消費者が自分好みの製品にたどり着くまでの過程を十分に簡便化できている。したがって,認知ベースの意思決定においては,ブランドの重要性はすでに低くなりつつあると言えるだろう。

ブランドに対する自己ベース感情と他者ベース感情 他方で,ブランドの感情的機能はどうであろう。たとえば,ある人気ブランドに対して「おしゃれだ」「ステイタスが高い」という好意的イメージを持ち,それを所有したり身に着けたりすることで,我々は「誇らしい」「嬉しい」といった快感情を経験する。このような感情経験は,情報化によって影響を受けているだろうか。

ここで例に挙げた「おしゃれだ」「誇らしい」というブランドイメージや感情は,周囲の消費者が皆,そのブランドに対して同じような好意的評価を持っていることが前提となっている点に着目したい。つまり,自分一人だけがあるブランドを「おしゃれ」だと思っていても,周りのみんなから「それはダサい」と言われてしまえば,もはやそのブランドを誇らしくは感じられなくなる,ということである。我々が主にマスコミ媒体を通じてマーケティング情報を入手していた頃は,消費者は同じCMや雑誌記事等に触れてブランドイメージを構築していた。消費者の間には「ブランドイメージをみんなで共有している」という感覚が今よりも強く存在していたのではないだろうか。実際に共有できていたかどうかは,ここでは問題ではない。「みんな同じ情報を見ている」という認識があることが,「共有感」を生むということが焦点である。ブランドイメージの「共有感」があることが,「おしゃれだ」「誇らしい」というブランドに対する感情を支えていたのではないか。

一方で,SNSやオンライン・口コミに日常的に接触している現在では,多くの人が同じ情報を目にすることは少なくなった。たとえ,みんなが見ているサイトがあったとしても,ネット情報は日夜更新されていくので,常にみんなが同じ情報を目にするわけではない。そうなると,ブランドイメージを他者と「共有している」という感覚は持ちにくくなるのではないか。筆者が所属先の学生15名に一人ずつ「いまキャンパスで何が流行っているか」「それを知ったきっかけは何か」を尋ねたところ,流行っていると回答されたブランドも,知ったきっかけも多様であった。日常的に接触する情報が多様化することで,「流行」の合意が形成されにくくなっている可能性がある。したがって,「おしゃれさ」のような周囲の合意を前提とする他者志向的なブランド評価は,情報化が進むほどに,脆弱で移ろいやすいものなっていくと考察できる。Sugitani(2018)では,ブランドのプレステージやファッション性の評価は,ネット記事によって影響を受けやすく,購買意図を予測する力は弱いことが指摘されている。

しかしながら,ブランドへの感情は複雑な次元を持つ。「おしゃれだ」「誇らしい」といった他者志向的なブランド評価と対比して,自己志向的なブランド感情,すなわち,ブランドへの愛着感情(brand attachment)について考えてみたい。

ブランド愛着とは,自己とブランドとの間の感情的つながり(Park, MacInnis, Priester, Eisingerich, & Iacobucci, 2010)のことであり,ブランドを自分らしいと感じたり,あたかも家族・友人のように親しみを覚えることを指す。ブランド愛着は自己とブランドと間の個人的なつながりに由来するため,周囲の意見に影響を受けにくいという強みがある(Sugitani, 2016)。自分が愛着を持っているブランドが,口コミで他人から悪く言われていたとしても,自分がそのブランドから温かさを感じている経験がゆるぎない事実である以上,影響を受けることがない。実験研究でも,ブランド愛着は悪い口コミを参照しても変化しにくいこと(Sugitani, 2016),ブランド愛着が高い場合には悪い口コミを参照するとむしろ購買意図が上昇することが示されている(Wilson, Giebelhause, & Brady, 2017)。

以上の研究知見からは,他者の意見が可視化されやすい情報化時代においては,ブランドのプレステージのような他者志向的な感情よりも,愛着や温かさのような自己志向的な感情を重視したブランドマネジメントが有効であることが示唆されるだろう。

2. これからのブランド研究

Sunaga(2018)は,情報化時代の消費者の意思決定では感情のような主観的な要素の影響は乏しくなり,ネットから得られる客観的で合理的な要素(品質やスペックなど)で意思決定がされるようになると主張したSimonson and Rosen(2014)に異議を唱え,むしろ消費者が安心して主観的で感情的な判断ができるのが現代である,と述べている。栄養素カプセルを飲めば効率よく健康的に必要エネルギーを補給できると頭ではわかっているけれど,料理を味わい,人と会話をしながら食事を楽しむということがやめられない,「そうした人間的な部分に目を向けることが,マーケターや消費者行動研究者にとって重要なことである」(Sunaga, 2018, p. 181)と論じている。

情報化時代のブランド・マネジメントも,同様ではないだろうか。すでに論じたとおり,ICTやA.I.によって,ブランドの品質シグナリング機能は意味を失っていく。マスメディアの影響力の縮小によって,流行はSNS等の仲間内に閉じられた狭い範囲でしか存在しなくなり,世間一般におけるブランドイメージの「共有感」は希薄化するだろう。ラグジュアリーブランドは,今ほどのステイタス感や顕示的意味合いを消費者に与えることが出来なくなるかもしれない。しかし,人はしばしば,なぜかわからないけれど,特定のブランドに強い思い入れを持ったり,ストーリーを見出したりする。自分に心地よいフィーリングを与えてくれるブランドを愛することに,ロジックは存在しない。今後いかにマーケティング環境が変わっても,ブランド愛着は,ブランドが愛される理由として機能し続けるのではないだろうか。

したがって今後のブランド研究は,論理を伴った熟慮型の意思決定ではなく,直感的・主観的な判断に焦点をあてるべきと言えるだろう。消費者がブランドや製品に好意的感情を抱くプロセスについては,まだ解明されていないテーマがたくさんある。A.I.が予測できない「意外な」購買行動こそが興味深い研究対象となるだろう。

IV. ブランド環境の変化1)(青山学院大学 教授 久保田進彦)

人々の心理や行動は,周囲の環境から影響を受ける。これは消費者とブランドの関係においても同じである。彼らがブランドをどのように感じ,どのような行動をとるかは,彼ら自身をとりまく環境から少なからぬ影響を受けている。このためブランド環境(正確にはブランドの外部環境)は,ブランド研究において無視できない存在となる。

消費者のブランド行動がブランド環境から影響を受けるということは,ブランド環境が変わることで,ブランド行動も変化することを意味している。たとえば最近では,モバイル端末の普及によって意志決定のスビードが増したり衝動的な購買が増えたこと,またそれによって消費者はロイヤルティを形成しないばかりか,ブランドを記憶さえしなくなってきたという指摘がある(Batra & Keller, 2016)。社会環境の変化やデジタル化の急激な進展により,消費者のブランド行動も大きく変化しつつあるといえるだろう。そこで本稿ではこうした動向を踏まえつつ,Bardhi and Eckhardt(2017)によって提示された「リキッド消費」(liquid consumption)という概念を鍵として,これからのブランド環境について考えていく。

1. リキッド消費

著名な社会学者であるBauman(2000)は現代社会の特徴として,社会全体が安定的でなく,また長期的でもなく,それゆえ人々の行動の準拠枠として十分に機能していないことを指摘した。そして,こうした流動的な状態にある社会を「リキッド・モダニティ」(液状化する社会)と命名した。

Bardhi and Eckhardt(2017)の議論は,このBaumanの考えを現代の消費にあてはめるかたちで展開したものである。彼女らは,今日増えつつある,短命で,アクセス・ベースで,脱物質的ないしは非物質的な消費を「リキッド消費」という概念で捉えるとともに,これまでの伝統的な消費を,永続的で,所有ベースで,物質的な「ソリッド消費」と位置づけ,両者を対比的に説明した。リキッド消費の特徴とされる,短命性(ephemerality),アクセス・ベース(access-based),脱物質ないしは非物質(dematerialization)について,Bardhi and Eckhardt(2017)を参考にして,簡単に説明する。

短命性 Bardhi and Eckhardt(2017)は「リキッド消費では特定の文脈においてのみ消費者に価値がもたらされ,しかもこの価値の有効期限はますます短くなっている」(p. 4)と述べている。価値が文脈特定的となることで,その寿命も短くなるというわけである。価値の短命化の背景には,社会構造の変化がより速くなっていること,技術の進歩によって製品ライフサイクルが短くなっていること,そして現代の消費システムの中に製品の陳腐化を知覚させる仕組みが組み込まれていることなどがある。

こうした短命性は非所有型の消費において顕著である。また製品そのものだけでなく,小売店におけるポップアップ・ショップや,さまざまなイベントが増加していることにも見ることができる。消費の短命化は,次に述べるアクセス・ベースおよび脱物質とも深く関連している。

アクセス・ベース リキッド消費の第2の特徴は,アクセス・ベースの傾向が強いことである。アクセス・ベースの消費とは「市場が介入できるものの,所有権の移転が生じない取引」(Bardhi & Eckhardt, 2012, p. 881)によって構成されるものであり,レンタル,リース,シェアなどによって実現される。こうした消費は,物質的な消費か,非物質的な消費かを問わず生じうるものである。

アクセス・ベースの消費は,十分な経済的手段を持たない消費者が,そうでなければ手の届かないブランドを,一時的にではあるが消費することを可能とする。また消費者を,財を所有することの負担から解放することとなり,結果的に消費者のライフスタイルの流動性を高めることとなる。さらにそれは,バラエティー・シーキングを促すことにもなる。たとえば一台のクルマを所有しつづける場合よりも,カー・シェアリングを利用する場合の方が,さまざまなタイプのブランドや車種を選択することになる。

ここで重要なことは,アクセスへの動機づけは,所有への動機づけと異なることが多いということである。また消費者は所有よりもアクセスする場合の方が,その対象を特異化(singularize)させない傾向があるため,対象を自分のものと感じにくく,対象との間に関係性を構築しにくいことも指摘されている。

脱物質 脱物質とは,同じ水準の機能を得るために,物質をより少なくしか(あるいはまったく)使用しないことである。消費における脱物質化は,たとえば有形財がサービス財に置き換えられたり,デジタル製品や情報製品(ソフトウェアなど)が普及したりといった具合に,非物質的な財(サービス財や情報財)が増加したことと,消費者自身がモノよりも経験を重視する傾向が強まったことで加速されている。

リキッド消費が脱物質という特徴を持つということは,そこにおいてより少ない所有が望まれる傾向があることと結びつく。Bardhi and Eckhardt(2017)はこうした傾向について,経験は所有よりも自己と密接に関連するため,人をより幸せにする傾向があるという研究を示している(Carter & Gilovich, 2012)。さらにモノよりも経験の方が,ラグジュアリーとして価値があると認識されるようになってきたことや,(後述するように,脱物質はデジタル空間での消費と深く結びついているために)消費者が複数のアイデンティティの間を自由に移動することを可能とすると指摘している。

2. ブランド消費の変化

リキッド消費が主導的な状況において,ブランド消費はどのように変化するのであろうか。Bardhi and Eckhardt(2017)の主張を参考にすると,少なくとも2つの変化が想定できる。第1は,より実用的で手段的なブランド消費が主流となるということである。彼女らはこうした変化について,消費者は象徴価値よりも使用価値を重視するようになると説明している。第2は,ブランドに対する愛着が弱いものとなり,また愛着の性質も流動的なものとなるということである。

それぞれについて説明する。まず実用的ないしは手段的なブランド消費を志向するということは,その時々の問題解決のために,費用対効果的な視点から複数のブランドを使い分けることにつながる。こうした使い分けは,消費者自身によって行われることもあれば,消費者とブランドの間に介在するプラットフォーマーが最適と考えられるブランドを逐次提示することによっても実現されるが,いずれの場合でも特定のブランドへのロイヤルティは低くなると考えられる。

次に,現代社会の特徴とされる個人化(individual­ization)や生活の断片化(fragmentation)は,伝統的で安定的な社会制度の中で暮らしていた時代と比べて,人々にいくつもの自分を使い分けながら生活を営むことを求めることになる。さらにデジタル空間では,複数のアイデンティティを切り替えながら対応することが容易であるため,この傾向はさらに促進されることになる(Bauman, 2000; Bardhi, Eckhardt, & Arnould, 2012; Bardhi & Eckhardt, 2017)。この結果,消費者は特定のブランドとの間に深い心理的結びつきを形成するよりも,それぞれのコンテクストにおいて,それぞれのブランドに,一時的に愛着を抱く傾向が強まる(Bardhi & Eckhardt, 2017)。いいかえれば,ある場面でブランドに愛着を感じていたとしても,場面が変われば他のブランドに愛着を感じることになる。ブランドとの関係において消費者が複数の自己を持つということは,マーケティング領域において以前から指摘されてきたことだが(Aaker, 1999),こうした多元的な自己の傾向が強まることで,特定のブランドへの傾倒は減少する可能性がある。

3. リキッド消費時代のブランド戦略

リキッド消費の広がりについて,ブランド・マネジャーはどのように対応したらよいのだろうか。この問題について,実務家からは「利便性」(utility)と「経験」(experience)が鍵となるという指摘がでている(Correia, 20162)

利便性を追求したブランドとなるには,消費者が最小限の努力でそのブランドを消費できるようにする必要があるため,ブランド選択や購買行動を省力化したり,自動化するための仕組みづくりが重要になる。具体的には,サブスクリプション方式での販売や,強力なプラットフォームとのアライアンスといった戦術に加えて,ブランドそれ自体の存在感(セイリエンス)高めることも有効であろう(Kubota, 2019)。

経験価値を感じるブランドとなるには,消費者にどのような場面で魅力的な体験をしてもらうかを検討する必要がある。どのような生活コンテクストにおいて,ブランドに魅力や愛着を感じてもらうかということある。また最近の研究では,消費者はAIアシスタントの「Alexa」のように能動的に感じられるもの(active object)に対して愛着を形成しやすいという指摘がされている(Hoffman & Novak, 2018)。消費者とブランドの間に活発な相互作用を展開することで,より豊かなブランド経験の提供を目論む戦略は,今後さらに増えていく可能性がある。

利便性と体験に加え,もう1つ考えうる戦略は,プラットフォーム・ブランドを目指すというものである。これはリキッド消費が進むにつれて,消費者が「価値へのアクセスを提供するブランド」に愛着を抱くようになると考えられるからである。たとえば,どの車に乗っても,電子キーがその人のパーソナル・セッティングを覚えているカーシェアリング・システムの場合,ドライバーにはいずれの車も均一的で,似ているように感じる一方で,快適な運転という価値へのアクセスを提供するカーシェアリング・ブランドに対して強い愛着の感覚を抱きうる(Bardhi & Eckhardt, 2017; Gruen, 2017)。さらに述べれば,消費者はバラエティ(多様性)とモビリティ(移動可能性)を備えたプラットフォーム・ブランドに,強い魅力を感じると考えられる。いつでも,どこでも,その場に応じて,最適な価値を提供してくれる基盤であることが,プラットフォーム・ブランドとしての魅力を高めるというわけである。

当然のことながら,これら利便性,豊かな経験,価値提供のプラットフォームという3つの戦略は,あくまでも現時点において考えうるものにすぎない。また利便性の高いプラットフォームや,豊かな経験を提供するプラットフォームという組み合わせが考えうるように,それぞれは完全に独立したものでもない。しかしリキッド消費の台頭という環境の中で,ブランドがとりうる方向性やポジションを示唆するという意味において,これらには高い価値があるといえるだろう。

1)  本稿は科学研究費助成事業(18K01885)の助成を受けたものである。

2)  utilityの本来の意味は「実用性」であるが,Correiaの主張する意味内容と照らし合わせたうえで,邦訳書でも用いられている「利便性」という訳語をあてはめた。

久保田 進彦(くぼた ゆきひこ)

青山学院大学経営学部教授。専門はブランドおよび広告コミュニケーションを中心としたマーケティング戦略。著書に『はじめてのマーケティング』『そのクチコミは効くのか』『リレーションシップ・マーケティング』(いずれも有斐閣)など。

阿久津 聡(あくつ さとし)

一橋大学ビジネススクール国際企業戦略専攻教授。カリフォルニア大学バークレー校博士(Ph.D.)。著作に『ブランド戦略シナリオ―コンテクスト・ブランディング』(ダイヤモンド社),『ソーシャルエコノミー』(翔泳社),『ブランド論』(ダイヤモンド社,訳書)など。

余田 拓郎(よだ たくろう)

慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。専門はBtoB領域におけるマーケティング戦略。著書に『ゼミナール・マーケティング入門』(日本経済新聞出版社),『BtoBマーケティング』(東洋経済新報社),『BtoB事業のための成分ブランディング』(中央経済社)など。

杉谷 陽子(すぎたに ようこ)

上智大学経済学部教授。専門は,消費者心理学。論文「ブランドへの愛着と購買意図:準拠集団におけるブランド採用の効果」(『マーケティング・ジャーナル』37巻3号掲載)にて,日本マーケティング学会2018年度ヤングスカラー賞受賞。

References
 
© 2019 The Author(s).
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