マーケティングジャーナル
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レビュー論文 / 招待査読論文
サービス・フロントライン従業員の創造性に関する研究の現状と今後の課題
瀨良 兼司
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2019 年 39 巻 1 号 p. 88-96

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Abstract

サービス提供企業と享受者(顧客)との接点となる,サービス・フロントラインで働く従業員が接する顧客のニーズは,多岐にわたる。この異質性への対応というサービス・フロントラインの課題を踏まえると,各顧客のユニークなニーズへの対応の必要があり,品質の標準化に基づく定型的な提案だけではなく,パーソナライズされた創造的な提案が求められる。サービス・フロントラインにおいて創造性を発揮する従業員は,顧客の潜在的ニーズを発見し,顧客の抱える課題を独自の対応で効果的に解決し,優れた顧客経験を生み出すことで,顧客との長期的な関係を築くことに貢献する。本稿では,サービス・フロントライン従業員を対象とし,創造性研究における蓄積を手掛かりとしながら,サービス・フロントライン従業員の役割や従事する職場を考慮したうえで,サービス・フロントライン従業員の創造性に関する研究の現状と今後の課題を提示する。

Translated Abstract

Employees in service frontline positions, which are the point of contact between service providers and customers, interact with customers with heterogeneous concerns. Given these service characteristics of needing to meet the unique needs of each customer, service frontline employees are required to answer regular questions based on quality standards and to deal with personal requests. Employees who demonstrate creativity are more likely to identify the potential needs of customers and to solve customers' problems in a creative and effective manner. This approach also contributes to creating a superior customer experience and building long-term relationships with customers. This paper presents the current status and future issues in this area based on a literature review of the creativity of service frontline employees.

I. はじめに

サービスのマネジメントでは,サービス利用者による主観的なサービス品質の評価を踏まえながら,その品質の向上に関連して,提供するサービス品質のバラツキを安定させることを志向した標準化が目指されている。一方で,サービス提供の標準化にともない,製品だけはなく,サービスについても,競合他社と同質的なサービスとなってしまうコモディティ化(Commoditization)が進んでおり(Bowen, 2016),顧客の経験価値に関心が向けられている(e.g., Pine & Gilmore, 1998; Schmitt, 1999)。これらを背景としながら,サービス研究において,顧客のサービス経験を向上させるマネジメントに対する関心が高まっている(e.g., Bowen & Schneider, 2014; Ostrom, Parasuraman, Bowen, Patricio, & Voss, 2015)。とくに,顧客経験のマネジメントでは,持続的な競争優位の構築を志向する中で,近年,サービス提供におけるマニュアル化の推進のような品質の標準化だけではなく,顧客接点の場において優れた顧客経験を提供するための,サービス・フロントラインにおける創造性(Creativity)が注目されている(e.g., Sok, Sok, Danaher, & Danaher, 2018; Sonenshein, 2016)。

サービス財は,従来から,物財のマーケティングとは異なる性質を持つことが指摘されている1)。このようなサービスの特性を踏まえて,サービス提供者と顧客との接点の場であり,提供者側にとってはサービス・フロントラインでもあるサービス・エンカウンター(Service encounter)を,適切にマネジメントすることの重要性が指摘されている(e.g., Bitner, Booms, & Tetreault, 1990; Payne, Storbacka, & Flow, 2008)。

サービス・エンカウンターにおいて,顧客に対しサービスを提供する従業員は,境界連結者(Boundary-Spanner)もしくはフロントライン従業員(Frontline employee)として,顧客と企業をつなぐ役割を担い,顧客とサービスを共同生産している(Bowen & Schneider, 1985)。このフロントライン従業員は,企業におけるマーケティング戦略の実行において,「マーケティング従業員(Marketing employee)」として,顧客価値を高めるために重要な役割を担っていると考えられる(Bitner et al., 1990; Moorman & Day, 2016)。

実際に,サービス・フロントライン従業員が接する顧客のニーズは多岐にわたる。この異質性への対応というサービス・フロントラインの課題を踏まえると,各顧客のユニークなニーズへの対応の必要があり,品質の標準化に基づく定型的な提案だけではなく,パーソナライズされた創造的な提案が求められる。サービス・フロントラインにおいて創造性を発揮する従業員は,顧客の潜在的ニーズを発見し,顧客の抱える課題を独自の対応で効果的に解決し,優れた顧客経験を生み出すことで,顧客との長期的な関係を築くことに貢献する(Coelho, Augusto, & Lages, 2011; Sok et al., 2018; Stock, de Jong, & Zacharias, 2017)。このことから,顧客接点の場で活動するサービス・フロントライン従業員には,創造性の発揮が求められている(Bowen, 2016; Lages & Piercy, 2012; Schepers, Nijssen, & van der Heijden, 20162)

本稿では,サービス提供企業において,享受者(顧客)の接点となるサービス・フロントラインで活動している,サービス・フロントライン従業員を対象とし,従業員の創造性(Employee Creativity)研究における蓄積を手掛かりとしながら,サービス・フロントライン従業員の役割や従事する職場を考慮したうえで,サービス・フロントライン従業員の創造性に関する研究の現状と今後の課題を提示する。

II. 従業員の創造性に関する研究

1. 創造性の定義

ここではまず,本稿の中核概念である従業員の創造性(Employee Creativity)に関する定義を確認する。従業員の創造性とは,「目新しく(novel),組織にとって潜在的に有用な(potentially useful)アイデアを創出することであり,単に奇抜なアイデアというわけではなく,組織にとって短期的もしくは長期的に,直接的もしくは間接的に価値のあるアイデアを創出すること」と捉えられている(Amabile, 1996; Shalley, Zhou, & Oldham, 2004)。イノベーションとの関係については,組織的な成果の達成がイノベーションであり,創造性はイノベーションの最初のステップ(Shalley et al., 2004),あるいは問題解決のプロセス(Amabile, 1996)と位置づけられる。経営組織を対象とする研究において,イノベーションは組織(事業)レベルで捉えられており,創造性は個人レベル(Employee Creativity)や職場などのチームレベル(Team Creativity)で捉えられている(Amabile & Pratt, 2016)。つまり,個人やチームによる創造性が実行されることによって,組織的なイノベーションが実現するという理解である。本稿では,創造性について,問題に対する従業員の創造的な反応(Amabile, 1996)としての従業員個人の創造性(Employee Creativity)を対象に検討していくことにする3)

従業員の創造性に関する既存研究は,経営学分野において,主に組織行動論の領域で蓄積されており,その多くが,R&Dや新製品開発,ワークプレイス(職場)などの組織内における従業員の意識や行動を研究対象としている(Anderson, Potočnik, & Zhou, 2014)。マーケティング領域での創造性に関する研究においても,主に新製品開発の文脈で,これまで議論されている(e.g., Im & Workman, 2004; Moorman & Miner, 1997)。

2. 創造性を促進する要因

従業員の創造性をアウトカムとして捉えた際の,創造性を促進する要因としては,大きく分けて,個人要因(Personal factor)と状況要因(Contextual factor)という二つの要因が存在し,個人要因はさらに二つに分けられる(Amabile, 1983, 1988, 1996; Amabile & Pratt, 2016; Shalley et al., 2004)。個人要因の一つ目が,職務に関連するスキル(Domain-Relevant Skills)である。これは,職務を行ううえで必要な従業員の専門知識や技術的な技能のことであり,従業員の職務能力などがこれに該当する。二つ目が,創造性に関連するスキル(Creativity-Relevant Skills)である。これは,個人の認知スタイルや新しいアイデアを創出するためのヒューリスティックに関する暗黙知や形式知,職務を超えた仕事のスタイルなど,従業員の個人特性に関することである。例えば,創造的なパーソナリティを測定する創造性テストや,パーソナリティの五因子モデル(FFM; Five Factor Model)における経験への開放性(openness to experience)に関連している。

状況要因としては,職務における内発的モティベーション(Task Motivation)があり,外発的なサポートはじめとして職務の遂行に関連する要因を対象としている。例えば,職務環境や組織デザイン,リーダーの特性や職務における自律性などに関することである。先行研究では,個人要因と状況要因が,従業員の創造性を高める構成要素(component)として提示されており,これらの三つの構成要素が高いほど,全体的な創造性も高いことが指摘されている(Amabile, 1988, 1996, 1998)。

従業員の創造性研究において,創造性を促進する要因の検討は,Amabile(1983)を萌芽として研究が行われている。この創造性に関する研究潮流には主要な二つの流れが存在している(Coelho & Augusto, 2010)。一つが従業員個人の要因(個人要因)に関する研究である。この研究潮流では,創造的なパーソナリティや個人の認知スタイルを考慮した「個人要因」に関する研究が行われている。もう一つが「従業員の創造性に潜在的に影響を与えるが,個人の一部ではなく職務環境の次元にかかるもの(Shalley et al., 2004)」として定義される「状況要因」である。この研究潮流では,仕事の特性(Oldham & Cummings, 1996)や,同僚との関係(Amabile, Conti, Coon, Lazenby, & Herron, 1996),上司(マネジャー)との関係(Tierney & Farmer, 2004)などが検討されている。従業員の創造性に関する多くの既存研究が組織行動論の分野で行われていることから,職場を対象として,職務環境などの要因を考慮した状況要因である職務における内発的モティベーション(Task Motivation)に着目した研究が多く行われ,その研究蓄積が進んでいる(Anderson et al., 2014)。

このような,従業員の創造性を促進する構成要素の考え方を踏まえた個人要因と状況要因の検討という二つの流れについて,それぞれを統合する形で,個人要因と状況要因の交互作用の検討可能性が指摘されている(Oldham & Cummings, 1996; Shalley et al., 2004)。

3. サービス・フロントライン従業員への拡張

サービス領域における近年の研究においても,「従業員の創造性研究」の流れを踏まえて拡張させる形で,サービス・フロントラインにおける従業員の創造性に関する研究が蓄積されている。ここでも,創造性を促進する要因に関する研究が行われている(e.g., Agnihotri, Rapp, Andzulis, & Gabler, 2014; Chang & Teng, 2017; Coelho & Augusto, 2010; Coelho et al., 2011; Geng, Liu, Liu, & Feng, 2014; Gong, Cheung, Wang, & Huang, 2012; Gong, Huang, & Farh, 2009; Hur, Moon, & Rhee, 2016; Madjar & Ortiz-Walters, 2008; Sousa & Coelho, 2011; Van Dyne, Jehn, & Cummings, 2002; Wilder, Collier, & Barnes, 2014)。

III. サービス・フロントライン従業員の創造性研究

1. サービス・フロントライン従業員が従事する職場と役割

ここでは,サービス・フロントラインにおいて従業員が直面する状況要因を改めて確認する。境界連結者として,顧客接点の場で活動しているサービス・フロントライン従業員を研究対象とする場合には,状況要因として,組織行動論や人的資源管理論の分野において対象とされてきた職務特性や組織内の要因(職場におけるマネジャーや同僚との関係,雇用形態など)以外にも,顧客要因を踏まえた検討が必要であることが指摘されている(e.g., Bowen, 2016; Coelho et al., 2011; Stock et al., 2017)。サービス・フロントライン従業員を対象とした既存研究においては,サービスの相互作用性という性質によって,サービス提供者と顧客との価値共創が重要となっていることに注目し,顧客要因を,創造性を高める先行要因として扱う研究が蓄積されつつある(e.g., Coelho et al., 2011; Hur et al., 2016; Madjar & Ortiz-Walters, 2008; Sousa & Coelho, 2011; Wilder et al., 2014)。

サービス・フロントライン従業員について,その役割に着目すると,顧客に対して直接サービスを提供する行動と,顧客に対して間接的にサービスを提供する行動がある(Bettencourt & Brown, 2003)。とくに後者の行動は,組織内に対する行動であり,組織や同僚とのコミュニケーションを促進させ,職務の効率化につながる行動である。サービスの提供の場である店舗環境はサービススケープ(Service scape)呼ばれており(Bitner, 1992),ここで発揮される創造性は,顧客に対するサービスに繋がるものの間接的であるといえる。

2. 創造性の扱いと評価の主体

サービス・フロントライン従業員の創造性についても,主に従業員の創造性研究に依拠して研究が蓄積されているが,創造性の扱いに関しては,サービス・フロントライン従業員が従事する職場を踏まえると,従業員の創造性研究が想定しているような,意識レベルで捉える研究と,これに加えて行動も含めて捉える研究が存在している。このことは,創造性を評価する主体とも関連する(Madjar & Ortiz-Walters, 2008; Stock et al., 2017)。従業員の創造性概念を扱っている研究においては,当該従業員によって創造性が評価されている場合と,当該従業員の上司であるマネジャーや,その同僚(サービス・フロントライン従業員においては顧客も含まれる)などの他者が評価している場合がある。前者においては,創造性を意識レベルとして,後者においては,創造性を目にみえる(他者が評価可能な)行動レベルとして捉えている。また,創造性を意識レベルで捉え,創造性によってもたらされる行動とは分けて検討しているものも存在する(e.g., Agnihotri et al., 2014; Wilder et al., 2014)。

前述のように,従業員の創造性概念は,「目新しく(novel),組織にとって潜在的に有用な(potentially useful)アイデアの創出」(Amabile, 1996; Shalley et al., 2004)として扱われているため,有用性に関しては,創造性を発揮する対象となる他者からの評価も考慮して検討する必要がある。とくに,サービス・フロントライン従業員の場合には,組織に内における創造性の発揮と,組織外である顧客への創造性の発揮という,二つの側面から検討する必要があるといえる。

創造性を行動レベルで捉える場合には,近接概念として,進取的行動(Proactive behavior)が挙げられる(Stock et al., 2017)。進取的行動とは,自分の役割や職務を自ら進んで拡張する行動や,職務において様々な工夫をする概念である。進取的行動に関する研究は,主に組織行動論領域において蓄積がある。この点は,サービス・フロントラインの創造性を検討する場合でも同様である。

サービス・フロントライン従業員の創造性について,行動レベルを捉えた概念には,組織行動論で議論されている進取的行動の他にも,職務記述書(Job description)で定められた役割に対する期待を超えるような,従業員の裁量的な行動としての役割外行動が検討されている。Stock et al.(2017)では,行動レベルとして,サービス・フロントライン従業員の革新的サービス行動(Innovative service behavior; ISB)を検討している。革新的サービス行動は,組織行動論において議論されている革新的職務行動(Innovative work behavior; IWB)を踏襲している。革新的職務行動(IWB)は,職務において新しく有用なアイデアの生成,アイデアの促進,アイデアの実現をする行動である(Janssen, 2000; Scott & Bruce, 1994)。その中でも革新的サービス行動(ISB)は,サービス・エンカウンターにおける,顧客に対する従業員個人のイノベーションを起こす行動を捉える概念である。これは,サービス・エンカウンターにおける顧客に対するアイデアの提案行動であり,標準的なレベルを超えた,サービス提供行動である。これとは対照的に,顧客とのインタラクションにおける裁量的な行動として,適応行動を挙げており,サービス提供における顧客に対する誠実なマナーを示す行動(Bettencourt, Gwinner, & Meuter, 2001)であるサービス志向型組織市民行動(service-oriented organizational citizenship behavior; S-OCB)として位置付けている(Stock et al., 2017)。Stock et al.(2017)では,革新的サービス行動と顧客志向行動を概念的に弁別し,顧客ロイヤルティの源泉として,前者を顧客歓喜(customer delight)をもたらす行動,後者を顧客満足をもたらす行動と位置付けて,顧客による評価を採用している。

3. サービス・フロントライン従業員の創造性を促進する要因

前述のように,サービス・フロントライン従業員の創造性を考えるには,状況要因として,組織行動論や人的資源管理論の分野において対象としてきた職務特性や組織内の要因(職場におけるマネジャーや同僚との関係,雇用形態など)以外にも,顧客要因を踏まえて検討する必要があることが指摘されている(Bowen, 2016; Coelho et al., 2011)。これを踏まえて,既存研究では,サービス・フロントライン従業員の創造性を促進する要因として,「顧客要因」に関する検討が行われている。例えば,顧客からの情報(Madjar & Ortiz-Walters, 2008),顧客への信頼(Madjar & Ortiz-Walters, 2008),顧客志向(Sousa & Coelho, 2011),顧客との関係(Coelho et al., 2011),顧客への共感や期待(Wilder et al., 2014)などが挙げられている。

組織行動論では,新製品開発やオフィスなどの職場における従業員の創造性について研究が蓄積されているが,あくまでも組織内の活動に関心があるといえる(Anderson et al., 2014)。一方で,サービス・フロントライン従業員は,サービス・フロントラインという職場が,顧客との直接的な接点の場でもある。そのため,組織行動論や人的資源管理論が見過ごしている点である,顧客要因を検討する必要性が指摘できる(Bowen, 2016; Bowen & Schneider, 2014)。つまり,組織内を対象とした従業員の創造性研究との違いとしては,顧客に対する創造性を志向していることが挙げられる。

先行研究においても,顧客からの情報が,エンカウンターでの創造性発揮に結びつくことが指摘されている(Madjar & Ortiz-Walters, 2008)。サービス・フロントライン従業員には,顧客への課題解決をもたらす提案を行うにあたり,顧客からのニーズにかかわる情報の獲得が重要になると考えられる(von Hippel, 1994)。また,顧客との良好な関係性を構築することが創造性に影響を与えることが明らかになっている(Coelho et al., 2011)。このことから,顧客との良好な関係性が構築されることで,コミュニケーションが促されることが考えられる。そこから,顧客の潜在的なニーズを汲み取ることで,創造性の発揮につながると考えられる。したがって,サービス・フロントラインという職場における顧客の存在は重要であり,顧客からもたらされる情報は,サービス・フロントライン従業員が創造性を発揮するうえで考慮すべき要因であるといえる。

4. サービス・フロントライン従業員の創造性を阻害する要因

サービス・フロントライン従業員の創造性を促進する要因がある一方で,阻害する要因も存在する。それには,境界連結者として活動する中で生じる役割ストレスに関わる要因である。実際に,Coelho et al.(2011)では,役割の曖昧さが従業員の創造性にネガティブな影響を与えることが明らかになっている。また,サービス・フロントライン従業員にとって,創造性を発揮するためには,顧客に関する要因が重要であるといえるが,その一方で,顧客の振る舞いによっては,サービス・フロントライン従業員の創造性が阻害されてしまう場合も考えられる。阻害要因として,既存研究では,主に感情労働(emotional labor)に関わる要因が検討されている。とくに,感情労働の構成要素である表層行動が,サービス・フロントライン従業員の創造性にネガティブな影響を与える要因となることが明らかになっている(Geng et al., 2014; Geng, Li, Bi, Zheng, & Yang, 2018)。また,統計的に有意な結果とはならなかったものの,感情的消耗や顧客の無礼(Hur et al., 2016)や敵意のある顧客(customer aggression)(Stock et al., 2017)が,サービス・フロントライン従業員の創造性を阻害する要因として検討されている。

IV. 今後の課題

1. 創造性の先行要因に関する検討

従業員の創造性概念を,サービス・フロントライン従業員に拡張させた既存研究では,Amabileの提示した構成要素である「個人要因」と「状況要因」という二つの要因に関して,それぞれ個別に検討している。とくに後者の職務における内発的モティベーションを背景とした「状況要因」に関する研究が大半であり,Shalley et al.(2004)において指摘されている,個人要因と状況要因の交互作用の検討を行っている研究は,依然として少ないのが現状である。

Agnihotri et al.(2014)では,営業担当者を対象として,Amabileによる従業員の創造性を高める三つの構成要素を踏まえながら,Shalley et al.(2004)で検討可能性が指摘されている個人要因と状況要因の交互作用効果を検討している。個人特性として従業員のEQ(EI:emotional intelligence),個人能力として従業員の知識,職務要因としてマネジャーによるフィードバックを採用している。創造性を規定する個人要因と状況要因の交互作用に着目した分析が行われ,主効果においては各要因が創造性にポジティブな影響を与えることが指摘されている一方で,二つの個人要因とマネジャーからのフィードバックという状況要因との交互作用効果は,それぞれ統計的に有意な結果とならなかった。また,Agnihotri et al.(2014)では,営業担当者の職務特性から,マネジャーとの関係性に基づいた状況要因として,マネジャーからのフィードバックという要因のみを取り上げて検討するにとどまっており,サービス・フロントライン従業員が従事する職場において想定されうるその他の状況要因に関しては,コントロール変数等による条件統制も行われていないことが指摘できる。

このことから,サービス・フロントライン従業員の創造性を促進する要因に関して,既存研究において検討されている個人要因と状況要因との交互作用については,マネジャーによるフィードバックという状況要因の,個人要因との交互作用効果が見られないということや,サービス・フロントライン従業員が従事する職場において想定されうる「顧客要因」などの状況要因を踏まえて検討を行う必要があるなど,議論の余地があると考えられる。

2. 創造性の評価

先行研究において,サービス・フロントライン従業員の創造性を議論する背景には,顧客接点の場であるサービス・エンカウンターにおける当該従業員の創造性の発揮が,顧客の潜在的ニーズを発見し,優れた顧客経験を提供することで,顧客ロイヤルティなどによる顧客との長期的で良好な関係をもたらすことが期待されていることにあり,持続的な競争優位の構築に寄与することがうかがえる(Coelho et al., 2011; Sok et al., 2018; Stock et al., 2017)。一方で,前述のように,サービス・フロントライン従業員の発揮する創造性は,アイデアを創出するモティベーションレベルの「創造性」と,顧客接点における顧客への間接的な創造性発揮としての,サービススケープのような組織内への「進取的行動」,顧客接点における顧客への直接的な「革新的サービス行動」が挙げられているが,サービス・フロントライン従業員が創造性を発揮する対象を考えた場合には,直接的であれ,間接的であれ,顧客に対するものとなる。

顧客のサービス経験向上により,サービスの顧客参加において,顧客自身がサービス経験を創出する際に,自律性の高い顧客の存在が指摘されており,自律性の高い顧客のカスタマージャーニーを考慮したサービス経験を高めるマネジメントが求められている(Ostrom et al., 2015)。サービスの生産において積極的に参加する顧客の存在や,一方で,消極的な態度を示す顧客の存在も考えられる。実際に,サービス・フロントライン従業員が,顧客に対して創造性を発揮し,そのことが組織内のマネジャーに評価されたとしても,サービスの享受者である顧客が当該従業員の創造性を評価しない場合には,提供者側の創造性の発揮が,顧客にとっては過剰なサービスとなり,サービスの失敗をもたらすという負の側面も考えられる(e.g., Estelami & De Maeyer, 2002; Ku, Kuo, & Chen, 2013)。そのため,サービス・フロントライン従業員の創造性が顧客から評価をされた際に,過剰なサービスとならないような創造性の発揮を支えるマネジメントの組み立てを検討する必要があるといえる。

3. 創造性と標準化との関係

サービスの提供には,バラツキがあることが考えられることから,サービス・フロントライン従業員の職務おいても,マニュアル化によって,職務の標準化を高めることが,サービスの提供品質向上につながり,サービスの失敗を防ぐ役割を担うことで,顧客のサービス経験向上に寄与することも考えられる。しかし,サービスのフロントという職場では,標準化を高めることで,サービス提供の柔軟性がなくなり,顧客を歓喜させる機会を逃すという見方もできる。このような,創造性を発揮して顧客に提案を行う非定型的行動と,職務の標準化にともなうマニュアル化に基づいた定型的行動について,それぞれを相互に補完的な関係性と捉え,そのバランスを両立させる行動として,従業員の双面的行動(ambidextrous behavior)がある(Sok et al., 2018)。顧客接点において,標準化が可能なサービス提供においては,昨今のスマート化にともなった組織のフロントへの技術導入にともなって,セルフサービス型技術(Self-Service Technologies; SSTs)などによる顧客とのインタラクションが増加している。その一方で,サービス・フロントライン従業員による対面による顧客とのヒューマンタッチのコミュニケーションが果たす役割があり,当該従業員の顧客とのラポール構築程度が低い場合には,技術導入が顧客のサービス・エンカウンターの評価を低下させてしまうことが指摘されている。このことから,安直な技術導入に対する再考の必要が指摘されている(Giebelhausen, Robinson, Sirianni, & Brady, 2014)。以上から,サービス・マネジメントにおいて,顧客接点の場におけるサービス・フロントライン従業員の創造性の有効性について,職務の標準化との関係を踏まえて検討する余地があると考えられる。

1)  Zeithaml, Parasuraman, and Berry(1985)によれば,そのサービス財に固有な四つの要素として,無形性(Intangibility),異質性(Heterogeneity),同時性(Inseparability),消滅性(Perishability)が挙げられており,IHIP特性と称されている。

2)  Bowen(2016)では,サービス組織における従業員の役割について,主に四つの役割を提示している。一つ目が,新たなアイデアの創出や顧客ニーズを汲み取る能力を有する「イノベーター(innovator)」としての役割である。二つ目が,サービスのコモディティ化を回避するための,顧客接点におけるヒューマンタッチによる優位性の構築である「差別化要因(differentiator)」としての役割である。三つ目が,サービスの共同生産における技術と顧客との接点をアシストする「イネーブラー(enabler)」としての役割である。これには,Self-Service Technologies(SSTs)のような顧客接点の場で活用される技術(Meuter, Ostrom, Roundtree, & Bitner, 2000)が,エンカウンターの場面において活用される場合の,従業員の役割である。四つ目が,サービス提供者と顧客との価値共創における「調整者(coordinator)」としての役割である。

3)  経営組織における創造性に関する研究には,二つの研究アプローチが存在している(Sonenshein, 2016)。一方は,プロセスとしての創造性に関する研究である。この研究は,ルーティンの動態性(Feldman & Pentland, 2003)や組織との相互作用に関連して議論されている研究である。Sonenshein(2016)は,創造性とルーティンとの関係について,二元性(Dualism)ではなく二重性(Duality)として考えるべきであることを主張している。このアプローチは,主として社会学をディシプリンとした研究アプローチであるといえる。この領域においても,「創造性を発揮した組織的な成果として,イノベーションが実現する」と考えられており,とくに従業員の創造性が組織において実行されていくプロセスに対して関心があるといえる(Amabile & Pratt, 2016)。

もう一方は,アウトカムとしての創造性に関する研究である。このアプローチは,主として心理学をディシプリンとした研究アプローチであるといえる。創造性の研究は,初期には芸術家などを研究対象として,創造的なパーソナリティに関する研究が行われている。実際に,Gough(1979)の創造性尺度など,創造性を高める個人特性の検討がそれに該当する。その後,Amabile(1983)を萌芽として,経営組織においても,従業員が従事する職場という状況要因を考慮した,従業員の創造性を促進する要因やその成果に関する研究が行われている。本稿では,後者のアウトカムとしての創造性に関するアプローチに依拠しながら,従業員の創造性を促進する要因に関して検討を行う。

瀨良 兼司(せら けんじ)

神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程に在学中。修士(商学)。専攻はマーケティング,サービス・マネジメント。

References
 
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