2020 年 39 巻 3 号 p. 116-124
家具販売大手であるニトリは,2007年の大規模リコール事件を契機に,製品安全・品質管理を自社の最大のテーマとする方針転換を実施し,製造元企業への積極的な経営・技術指導や,自社の組織風土改革を推進してきている。それらの成果として,家具販売の競合他社を引き離して32期連続の増収増益,世界576店舗までの圧倒的な量的拡大を実現しつつも,経済産業省主催の製品安全対策優良企業表彰において二回連続で経済産業大臣賞(最高賞)を受賞するという快挙を両立した。製造物責任の時代を超えて,企業やその商品・サービスがどのようにして社会と共生していくのか,という視点で見るとき,今までのニトリの一般的イメージとは違う真の姿が見えてきた。
Nitori, a Japanese major furniture sales company, took the opportunity of a large-scale recall incident in 2007 to implement a strategy change, with product safety and quality management as its biggest theme, and actively conducted management and technological consulting for foreign manufacturers, in addition to promoting reformation of its corporate culture. As a result of these efforts, the company was able to increase sales and profits for the 32nd consecutive year, while achieving an overwhelming quantitative expansion to 576 stores worldwide. It has also won the Minister of Economy, Trade and Industry Award (the highest award) consecutively. From the perspective of how companies and their products and services coexist with society beyond the era of product liability, we can see the true figure of Nitori, that is different from its past image.
主に家具販売の分野で多くの消費者にとって馴染み深い存在であるニトリ(株式会社ニトリホールディングス)は,1967年の創業から,今年で53年目を迎えた。この間,32期連続の増収増益を実現し,2019年2月決算時には,売上高6,081億円,経常利益1,030億円に達した。店舗数も順調に増加し,2019年2月現在,世界576店舗(国内505店舗,台湾31店舗,中国37店舗,米国3店舗)まで拡大した。図1は同社のこれまでの成長の軌跡を表している。直接的な競合企業である大塚家具(374億円:2018年)や島忠(売上高1,401億円:2018年)に大きく差をつけて国内第一位である。

ニトリの成長の軌跡
出典:ニトリホールディングス資料
このような大きな成功の要因として,ニトリの場合は,創業期のエピソード(Business Breakthrough daigaku sougou kenkyu sho & Ohmae, 2016),あるいは製造小売モデル(Specialty store retailer of Private label Apparel Model [SPAモデル])の収益性の高さなどに焦点を当てた分析(Imura, 2011; Numagami, 2018; So, 2018)が多い。しかし,ニトリのこれまでの経営の実態および戦略の在り方をもう一段深く見つめると,従来のビジネスケース分析とは違うもう一つの重要ポイントが見えてくる。本稿が焦点をあてる製品安全と品質管理への果敢な挑戦の積み重ねが,それである。
創業期のエピソードは,おもに1970年代から1980年代であり,日本がいまだ高度経済成長期からバブル経済期にあった頃の話である。そこでの主眼は,似鳥社長(現代表取締役会長)が米国視察や有能なパートナーとの出会いなどを経て,いかにして従来的な家具販売業から「ホームファニシング業」の開拓に至ったのかという点である。つまり大きく言えば創業・起業の分析である。またSPAモデルのエピソードはおもに2000年代であり,IKEA社や良品計画社(無印良品)などとの競争において,いかにして高い収益性を発揮するかという点に主眼がある。つまりビジネスモデルと戦略の分析である。これらの分析は,ニトリというある意味で特異な成功を実現してきた企業を外側の視点から眺めて理解するためには有用である。しかし,特に2000年代後半以降から現在まで,ニトリがどのようにしてその特異な能力を維持し高めてきたのか,そしてその結果として競合各社に大きな差をつけて現在の地位に登りつめたのかを理解するためには,やや情報不足と言わざるをえない。本稿では,その情報不足を補い,ニトリという企業の中で,最近10年余りにおいて,何がおこってきたのかを,最新の取材とデータで明らかにしていきたい。
ニトリのビジネスモデルの特徴を表す際に,前述のようにSPAモデルというフレームワークを当てはめて分析をすることが多い。代表的なSPAは,たとえばユニクロやZARAなどであり,家具・インテリア分野よりもファッション・アパレル分野に多い(そもそも前述のようにSPAのAはアパレルの意味を表している)。無印良品も品ぞろえの約4割はファッション・アパレル商品である。なぜファッション・アパレル分野でSPAモデルが発展してきたのかといえば,衣類品の市場では,伝統的にデザインの模倣が容易で,しかも機能性による差別化が困難であるため,販売だけに特化した業態では過当競争による利益率の低下が起こりやすいからである。逆に言えば,製造から小売までを一貫することで商品差別化(主にブランディングによる)と高い利益率の確保がしやすくなるため,経営者の視点でみて,SPAに移行する明確な動機とメリットがあるわけだ。しかしニトリは,売り上げに占める家具比率が下がってきているとはいえ,いまだに4割を家具販売が占めていることが示す通り,無印良品とは事業内容が明確に違う。家具はデザインの模倣がそれほど容易ではないし,逆に機能性での差別化が可能である。それゆえ,家具製造は伝統的に高い技術が定着している特定の産地や工場,あるいは家具職人によって支えられている部分が大きく,このような製造の局在性ゆえに,販売だけに特化した業態でも一定の利益率確保と差別化が可能ということだ。唯一IKEAだけがそのような業態特性を打ち破って,家具分野でのSPAモデルをグローバル市場で成立させているが,IKEA以外の企業がそのようなビジネスモデルを追従しているという事実はないので,家具分野においてSPAモデルが一般的に現実的選択であると考えるのは正しいとはいえないだろう。ニトリは,IKEAと比較されることも多いため,ニトリも典型的なSPAモデル企業だと誤解されることが多いが,そのような分析だけでニトリの経営の本当の姿が捉えられるのか,慎重に再検討する必要があるだろう。
本稿を執筆するにあたって,今一度ニトリの約50年の歴史をふりかえってみると,たしかにサプライチェーンの川上に遡って,製品製造の体制を強化することに一貫して取り組んでいることが確認できるが,それはSPAモデルで強調されるブランディングによる差別化というよりも,製品安全と品質管理のレベルを高めるための手段であることが伺われる。より具体的にいえば,製品安全と品質管理のレベルを流通業であり続けながらも,「流通業基準」を超えて「製造業基準」にまで引き上げようという努力である。これは流通業が製品安全や品質管理の面で劣っているという意味ではない。流通業は,その業態特有の問題として,製品安全や品質管理について製造業よりも不確実な取引を許容しなければならず,その分だけどうしても基準がやや低くならざるを得ないという意味である。しかしニトリはそこに挑戦をしているのである。基本的には流通業でありながらも,流通業の通常の枠を超えて,製造元に対して,製品安全や品質管理のレベルを向上させるための働きかけを,まるで製造業企業がするのと同じような基準で実施しているのである。
ニトリがこのような挑戦を本格的に始めるようになったのには,実は大きなきっかけになった事件がある。ニトリが販売したIH調理器対応土鍋の購入者が,「特定の条件で使用すると,銀色の化学物質が土鍋から染み出してくる」と主張し,調査の結果,2007年5月に,ニトリがその商品を大量リコールすることになった事件(Sugiyama, 2014)である。銀色の化学物質の正体は微量の鉛やカドミウムであった。JIS規格には適合しており人体に影響が出るレベルではないものであったが,食品を取り扱う商品であったことから,9,800個の大量回収という結果になった。
問題はこの発生原因が,当時のニトリの通常の製品安全・品質管理システムでは特定不能であったということであった。中国の製造業者から完成品としてニトリに納品された土鍋は,その段階ではもはやJIS規格にも適合しており,商品として何ら問題がないものに見えた。材料の取り扱いや製造方法にも特段の問題は見当たらない。問題発覚後に外部検査機関で検査を2度実施したが,問題を再現することができなかった。ではなぜ化学物質が染み出す現象が起こったのか。ニトリは,従来の検査方法を大幅に踏み越えて,製造業者の製造方法にまで分け入って1か月に渡る調査を実施した結果,ついに原因を突き止める。製造過程で,通常は使わない低温釉薬が使用されていることが判明したのである。この低温釉薬を使用すると,製造業者は焼きの温度を低く設定して土鍋を製造できるというコストメリットがある。また,通常の100ボルトのIH調理器で使用していればこの釉薬から化学物質が溶け出すことは皆無であるが,問題を発見した購入者は,たまたま電気機器の技術者で,通常の家庭では使用しない200ボルトのIH調理器を使用していたのである。高い出力のある調理器で使用すると,低温釉薬を使った製品は耐えられなくなり,化学物質が染み出すという仕組みだった。

回収された土鍋
出典:ニトリホールディングス資料
この原因を見つけ出すためには,釉薬の種類,および焼きの工程にまで知識のある検査者が製造工程に立ち入らなければならない。ニトリは,この事件が発生する2年前である2005年から,日本の大手自動車メーカーで海外の社長/検査主任技術者の経験を持っていた杉山清氏を専務取締役として招き,製品安全・品質管理体制の強化を開始していたが,土鍋事件以前の段階では,杉山氏の様々な提案は「流通業」としては過剰なものだとして,社内での支持もあまり高くなった。しかし土鍋事件の原因を突き止める過程において,杉山氏の経験が生かされたのであった。自動車工場で過去に経験した焼きのプロセス検査を参考に,焼きの温度を確認することの重要性を知っていたのである。事件以降,杉山氏への社内の支持は一気に高まり,バラバラに分散されていた品質組織を統一すると同時に,ニトリの製品安全・品質管理体制は,過去の「流通業基準」を大幅に超えて未知の領域に突入してゆくことになっていった。
「流通業」でありながら「製造業基準」の製品安全・品質管理を実現するとは,いったいどういう行為なのか。具体的に言えば,それは製造元企業のものづくりの現場にまで立ち入って,まさに源流に遡って,相手企業のものづくりや企業経営自体のレベルアップを促すという行為である。これはまさに杉山氏がかつて大手自動車メーカーで実施してきたやり方そのものであった。しかし,ニトリは前述のとおり,SPAモデルの企業とは言い切れない部分があるため,多くの商品については,製品設計をニトリ側から製造元に提案するのではなく,製造元が設計・製造した商品を納品してもらう形式をとっている。その場合,一般的には製造元に立ち入って製造方法や経営方法にまで口出しすることはほとんどない。しかしニトリはそれを実現している。しかも驚くことに,多くの場合は,有料サービスとして成立させているというのである。なぜこんなことが可能なのであろうか。それは,一言でいえば,お金を払ってでもニトリの技術者の指導を仰ぐことで,自社の技術者たちの生産技術が向上し,経営にメリットがあると考える工場経営者が多いからであろう。
ニトリの製品を生産しているメーカーは,多くが中国企業である。中国の製造業者は,世界中のアセンブリ型メーカーの下請け製造を受託したり,世界中の流通業に商品を納品したりしている。表1は,最近3年の間にニトリが源流に遡って指導をした企業のリストである。ここでもわかるとおり,全ての製造業者は,ニトリの直接競合企業にも商品を提供している。つまり,ニトリがこれらの企業に様々な指導をしてレベルアップさせてしまえば,ある意味で競合企業をも利することになってしまうのである。しかし,ニトリはそれも辞さずという姿勢で技術指導・経営指導を提供している。

ニトリが技術指導・経営指導をした海外製造業者
出典:ニトリホールディングス資料
ニトリの技術指導・経営指導は,かなり徹底したものである。一般的な技術指導といえば,製品の設計の不備を指摘して是正させたり,部品や部材の変更を指示したり,というレベルであることが多いが,ニトリの場合は,製造業者の工員の手技レベル自体の向上を促すための研修を実施したりもするという。例えば,最近は電子部品が組み込まれた家電品の販売も増加しているが,電子部品を製造する際には回路のハンダ付けの精度が故障防止のために重要である場合がある。そのため,ニトリの技術者が製造業者に赴いてハンダ付け教室を開催したりもしているという。
このような徹底した技術指導・経営指導を実現するためには,その製造業者がどの程度の実力なのかを正確に把握することも必要だ。それを支えているのは東京本社の品質業務改革室が実施している「ニトリ技術評価(現物解析)」の体制である。本稿の執筆にあたってその技術評価の現場を見学させていただいたが,まさに納品された商品をその場で完全に解体し,どのように製造されているのかを子細に理解し記録する作業が行われていた。これはまさにかつて日本の自動車メーカーが海外企業にキャッチアップするために実施していたリバースエンジニアリングの手法をそのまま応用したものであると感じた。しかも,単にモノとしてどう製造されているか,という視点だけではなく,ユーザーが実際に使用した際に発生しうる不具合を事前に予測し,それが発生しないような設計変更案までここで深く議論されていた。例えば家具であれば,各部接着面の接着剤の流し方の不良による強度不足の指摘や,ユーザーが頻繁に触る部分の角を丸める指摘,そのカバーをしている布の強度アップの指摘,など驚くほどきめ細かなレベルの議論がなされていた。
東京でこのようにしてリストアップされた改善点や提案は,すべて製造業者にフィードバックされる。製造業者の能力不足でそれらの全てを改善できない場合は,さらに技術指導・経営指導を繰り返し,製品安全・品質管理を向上させるサイクルを回していくわけである。
ところで,中国の製造業者との取引で特に注意が必要なのはサイレントチェンジ対策(Keizai sangyo sho seihin anzen ka, 2017)だと言われる。サイレントチェンジとは,製造業者が,取引先や委託元の企業に無断で品質を落とした部品に変更をしたり,より安価な製造方法に変更したりする行為のことである。製造業者が悪意を持って実施する場合もあるが,生産がこなれてくるにしたがって無意識にやってしまう場合もある。また製造業者が部品を購入している二次製造業者がいつの間にかサイレントチェンジをしてくる場合もある。多くの場合,サイレントチェンジされても見た目は変わらないのだが,性能は明確に低下しているので,事故の原因になりやすい。サイレントチェンジの発見と防止は日本企業にとってはきわめて大きな課題となっている。前述の土鍋事件も,一種のサイレントチェンジ事例といえる。Keizai sangyo sho seihin anzen ka(2017)の資料によると,製品評価技術基盤機構(NITE)が2007年以降で把握しているサイレントチェンジが原因だと推定されている製品火災事故が801件もあるという。
サイレントチェンジを発見し防止するために,ニトリでは品質管理の基本的手法である4M管理法(製造工程におけるMan, Machine, Material, Methodの4つMが変更された場合に,どのように変更されたのかを管理する手法)をベースにして,直接の下請け製造業者,二次製造業者にとどまらず,重要機能部品についてはさらにその先の材料メーカーや部品メーカーにまで品質保証契約を求めるという徹底したシステムをとっている。自動車や航空機などの領域では,このような方法が普及しているが,家具の領域でここまで徹底しているのは他に例を見ない。しかもニトリは前述の通り基本的には「流通業」社であるにもかかわらず,である。
ニトリがこのようなレベルの高い製品安全・品質管理を実現するためには,組織の風土や体質の変化が不可欠であった。ニトリが採用しているシステムは,小集団活動(ニトリワールドサークル [NWC])というものである。これは,ニトリグループ各社,および海外取引先工場などの現場の従業員や工員がチームを作り,それぞれが現場に直結する業務改善テーマを設定し,期間内にその改善にチャレンジするというもので,それを全社でコンペティション形式にして期間中で高い成果を出したチームを表彰している。NWCはすでに8年目を迎え,表1に示すように,年々参加チーム数が大きく増加している。2018年では国内238チーム,海外92社(チーム)が参加し,2016年との比較でも国内で約2倍,海外で約3倍の参加数になってきている。

小集団活動(NWC)の参加チーム数推移
出典:ニトリホールディングス資料
NWCで設定される各チームの業務改善テーマは,国内と海外で大きな違いがある。国内のチームは,店舗で販売に携わる現場のチームや,物流に携わるチームなどが多い。それゆえ,店内での接客サービスでのテーマ設定や物流の効率化や高品質化のためのテーマ設定が多い。これらのテーマはいずれも消費者に近い部分でのサービス改善に深く関係しており,テーマ設定自体にも創造性が必要である。いっぽう海外のチームのほとんどは製造業者なので,従来のいわゆるQCサークル的な技術改善のためのテーマ設定が多い。そのようなテーマは,技術的な数値目標が設定しやすいので,テーマ設定自体にはそれほど創造性が必要ではないが,実際に改善を実現するためにはチーム員の創造性が必要になる場合も多い。
つまり,NWCのコンペティションでは,テーマ設定自体が創造的なチームと,その解決の取り組みが創造的なチームが共存していることになり,これらを統一的なルールで評価し表彰するのは,かなり工夫が必要である。また参加チームのコンペティションでの高いモチベーションを,それで終わることなく,実業務でのモチベーションアップにつなげるための運営上の工夫も重要である。ニトリでは,各チームのプレゼンテーションを全社で共有すると同時に,海外各社からの参加チームについては,東京本社へのインセンティブ出張の実施によってモチベーションアップを促している。面的な拡大によって,組織の風土や体質の改革に資する重要な施策として成長してきたNWCであるが,今後の課題としては,NWCで発見された様々な現場の課題をどのようにして全社方針へとフィードバックしてゆくのかをより体系的にシステム化することだと思われる。
ここまで説明してきた各種の施策や戦略が総合的に評価され,ニトリは製品安全分野での大きな表彰を何度も受けてきている。経済産業省が主催する製品安全対策優良企業表彰(通称「PSアワード」)にエントリーし,2008年に大企業小売販売事業部門銀賞,2011年と2103年に大企業小売販売事業部門商務流通審議官賞,2014年に大企業製造・輸入事業部門商務流通審議官賞を立て続けに受賞し,2016年には,ついに大企業小売販売事業部門経済産業大臣賞(最高賞)受賞まで上り詰めた。しかも2018年にも再びエントリーし,二回連続で大企業小売販売事業部門経済産業大臣賞(最高賞)受賞を成し遂げたのである。
PSアワードは,経済産業省が主宰する数少ない企業表彰制度の1つで,2007年に始まり,本年度(2019年)で13回目の実施になる。経済産業省のホームページ(Keizai sangyo sho, 2019)によると,以下のように趣旨が説明されている。
「本表彰は,製品安全に積極的に取り組んでいる製造事業者,輸入事業者,小売販売事業者,各種団体をそれぞれ企業単位で広く公募し,厳正な審査の上で,「製品安全対策優良企業」として表彰するものです。本表彰では,各企業が扱う製品自体の安全性を評価するのではなく,企業・団体全体の製品安全活動に関する取組について評価します。
(1)製品安全を確保するための体制を審査するとともに,特に優れた取り組みに重点を置いて評価します。(2)社内の体制(仕組み・ルール)のもとで,実際に行われている取り組みを重要視します。製品自体の安全性を評価するものではありません。(3)過去の製品事故やリコールなどの有無は問いません。むしろ,積極的なリコールやリコール回収率を高める取り組みなどを評価します。事故やトラブルの経験を糧に,どのように取り組みを改善したか,どのように体制を整備しているかなどを確認します。(4)本表彰の受賞企業・団体は,受賞公表日より「製品安全対策優良企業(PSアワード)ロゴマーク」を使用して,自ら製品安全対策の優良企業・団体であることを宣伝・広報することができます。」
ここで重要な点は,この表彰が,製品そのものを表彰するのではなく,製品安全に取り組む企業の姿勢や体制を評価し表彰するという点である。ニトリはこの表彰制度ができた当初からエントリーに積極的で,しかも前述の通り何度も受賞を勝ち取ってきている。この受賞をテコに活用して自社内の製品安全・品質管理の風土醸成や体制強化を進めてきただけではなく,「たとえば家電の領域に進出する際にも,PSアワードの受賞歴があるから,大手の製造業者もちゃんと相手をしてくれる」(杉山氏)というふうに,自社の経営戦略自体に対しても受賞事実をうまく組み込んできている。国内のニトリ社員は図3のよう受賞を示すバッジをつけて勤務している。

PSアワード受賞を記念するバッジ
出典:ニトリホールディングス資料
我が国の製品安全行政は,いわゆる「製品安全4法」と呼ばれる法律が根拠となっている。製品安全4法とは,「消費生活用製品安全法」,「電気用品安全法」,「ガス事業法」,「液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律」の4つの製品安全法の総称である。これらを根拠に,適合商品にはいわゆる「PSマーク」を付与することで,安全な製品であるかどうかを見分けることができるようにしている。これらはすべて昭和36年(1961年)から昭和48年(1973年),つまり日本が高度経済成長期だったころに施行された法律である(Keizai sangyo sho seihin anzen ka, 2016)。この頃の基本的な考え方は,「安全なモノを作り,売る」というモノ発想であったといえる。日本社会がまだまだモノを欲していた時代であったから,モノの品質を担保することが政府の喫緊の課題であった。進化し続ける技術に対して,その技術を用いて安全とは言い切れないモノが増えてゆくことに,適正な歯止めをかけることが目的であったといえる。
その後,平成6年(1994年)に,国際的な情勢を鑑み,わが国でも製造物責任法(PL法)が施行された。PL法では,モノを規制するだけではなく,それを製造した企業,さらにはそれを販売した企業に責任を負わせることが明記された。つまり,製品安全を担保する責任対象として,モノを超えて企業を対象にした点が大きな変化であった。
しかし平成17年(2005年)から平成18年(2006年)にかけて,火器を使用する家庭用製品(ストーブや給湯器)で大きなリコール事件が複数発生(旧松下電器産業,パロマ)し,大量販売された製品を回収することが極めて困難であることが露呈した。PSアワードが開始されたのは,このような時代背景であった。つまり,たとえ企業を製品安全担保の責任対象として法整備しても,実際に大規模な事故が発生してしまうと,当該企業がどれだけ努力を重ねても,社会から安全ではない商品を取り除くことが困難であることが判明した時代であったといえる。そのような事態に直面し,経済産業省が重視したのは,企業が何(モノ)を売るか,という姿勢から,どのように(コト)を売るか,という姿勢へと,根本的に進化していく必要性であった。前述したPSアワードの趣旨をあらためて確認すると,まさにそのことの重要性が謳われており,事実,そのような企業姿勢の変化を成し遂げた企業がこれまで受賞してきている。ニトリが二連続で経済大臣賞を受賞した理由もまさにそこにある。
大量生産の時代が本格的に終わり,また企業経営やマーケティング戦略の競い合いに焦点が当たった時代もやがて終わりに向かい,現代は,企業やそれが生み出す商品・サービスが,社会とどのように共生していくのかが最大の論点になる時代に突入している。日本の生活者にとって,「不足していて困る」ようなモノはもはやほとんどなく,したがって企業がどれだけ生活者に「困りごとはありませんか?」と調査をしても,ほとんど有意な答えは得られないのが現在である。しかし技術革新は今後も続き,新しい商品・サービスは常に市場に流れ込んでくる。新興国の台頭によって,日本企業も否応なしにグローバルな競争に巻き込まれている。そういう営みを続けなければ存続していくことができないのが企業という存在であるから,企業活動は,今後ますます,「競争と共存」という自己矛盾的な問題を多く含まざるを得なくなっていくであろう。
そのような中,ニトリが創業期やSPAモデルでの競争期を超えて,2007年の「土鍋事件」を契機に,企業の存在意義の根幹に製品安全・品質管理というテーマを掲げるようになったのは,けっして時期的な偶然が重なったからではない。自社の利益という視点を超えて海外の製造業者に技術や経営の指導をするという戦略や,流通業でありながら製造業と同等の製品安全基準を自らに課している事実などは,まさに一見すると自己矛盾的にも見える。しかしそのような模索の中に今を生き抜ける成長企業の本質があるように思われる。「モノ消費からコト消費の時代へ」という表現をすると,単に製造業主体からサービス業主体の時代になったという捉え方をする場合もあるが,その背景にある根本的な企業姿勢の変化にも注意を向けることが重要であろう。ニトリは,まさにそのような好例として,今一度,ビジネスケースに描かれるべき企業である。
鷲田 祐一(わしだ ゆういち)
1991年一橋大学商学部を卒業。(株)博報堂に入社し,生活総合研究所,イノベーション・ラボで消費者研究,技術普及研究に従事。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程を修了(学術博士)。2011年一橋大学大学院商学研究科(現経営管理研究科)准教授。2015年より現職。